求愛

 唐突でもあったが、本人にとっては考え抜いた結論なのだろう。
 般若は意を決して、叫ぶように懇願した。

……どうか、私と連れあいになってくれッ!!」
「……師匠?」

 は信じられないと言った様子でまばたきをした。
 言葉の意味を理解すると、瞬く間に目のふちに涙が盛り上がる。

「師匠……師匠! そんな、まさか、俺を……っ」
「必ず幸せにする……!」

 頬を赤らめ、は嬉しそうに破顔した。
 思わず、と言った具合に地面をけり上げて般若に駆け寄る。般若は手を広げてそれを迎え入れる体勢だ。
 普段が抱きつこうとするとイヤそうに抵抗する、あの般若が、全身でを受け入れようと待ちかまえている。
 相当なことだ。
 ――だが。

「ふざけんじゃねぇこのクソお師匠がァーーーーッ!!」

 が般若の胸におさまるより先に、般若の白面にの痛烈な正拳が突き刺さっていた。








 容赦のない一撃をもろに食らった般若は大きく後退し、背後の木に激突してずるりと身体を地面に落とした。
 その吹っ飛び加減を見るだけでも、の本気と、般若がいかにからの攻撃を想定していなかったことがよく理解できる。

「ガッハーーーーッ!? ……なぜ……」

 茫然とした般若がわなわなと震えながら消え入る声で呟く。
 当然だ。
 はいつでも般若に『愛しているぜっ』『たとえ世界がひっくり返っても俺は師匠のものさっ』などと愛を叫んでいたし、それを『うるさいから黙れ』とつれなくあしらっていたのは般若のほうだ。
 般若としてはが拒むとは思ってもいなかったに違いない。

 かつて、両親を亡くし行き倒れていたを拾ったのは、他でもない般若だ。
 差し伸べられた手は、進むべき方角を示し高く輝く月のようにには思えたのだろう。が般若に感じた忠誠と恩義に、いつしか恋心が付加されていったのはある意味で自然なことだったのかもしれない。
 だが般若はその恋心が自然だとは思わなかった。
『恋心のはずがない。父や主への忠誠を、若いから愛情と勘違いしているだけだ』
『すべてを蒼紫様に捧げた身。そんな私が、愛情になにかを返せるとは思わない』
 そう言ってはねのけたのが般若。
『師匠がそう言うならそれで構わないぜ。俺、師匠が振り向くまで気長にやるから』
 そう言って気さくに笑ったのがだ。


 思慕に蓋をし続けた般若がようやっと素直になった。
 その返礼が正拳突きなのだから、般若にとってはなにがなんだかわからないだろう。

 は俯いて、般若と同じようにワナワナと震えていた。だが、理由は般若とは違うだろう。
 怒りだ。
 拳を震わせるが抱くものは怒りだ。
 顔をあげると、はキュッっと眉をひそめて般若を睨んだ。
 白面の下で般若がうろたえているのが、遠目からでもわかる。般若は立ち上ることすらできず、に気圧され、一挙一頭足に注目して恐怖している。

「……いまさら、遅いか?」
「違う……嫌いになったわけじゃない……」

 般若の問いに、はか細い声で返した。
 ではなんだと言うのだろう? 以外に、答えを知る者はいない。
 思わず息をのむ。

「だって俺は……今のままで十分幸せなんだよ。それなのに『必ず幸せにする』――なんて、今の俺が幸せじゃないような言い方じゃないか。だからムカついて……つい」

 殴っちゃった、とは憮然とした表情で頭を掻いた。
 般若は硬直していた。仮面の下がいかなる表情か、ぜひ見てみたいものだ。
 般若がなんの反応もできずにいると、ぱちぱちと拍手が鳴り響いた。
 ひょっとこや式尉、べし見がの背後から登場する。

「泣かせるぜェ。よかったじゃねぇか般若……決死の告白が遅すぎたわけじゃなくてよ」
「式尉……み、見ていたのか」
「最初から今までな。いや、見てるだけで頬が痛くなる痛烈な愛情だったぜ」

 ひょっとこの言葉に般若はうろたえた。
 はべし見の言葉にうっと言葉を詰まらせ、恥ずかしそうに頬を染めた。
 慌てて立ち上ると、般若は衣服についた泥やホコリをはたきはじめる。は、それを手伝おうと駆け寄ろうとして、恥ずかしそうに足を止める。
 般若もの方を向くと、なにも言わず、ごほんと咳払いを返した。
 式尉はそんな初々しい反応をみせる二人にニヤリと笑うと、バンッと強くの背中を叩いた。

「で! お前さんの返事はどうなんだ? 愛しの師匠が答えを待ってるぜ」
「……う」

 発破をかけられ、は顔をいまだかつてなく紅潮させた。
 脂汗を垂らしてうめき、視線をあちらこちらに移動させる。
 般若はその様子を黙って見つめている。が困ったように般若を見ると、ああ、と力強く頷く。

「嬉しいに決まってるじゃないかッ! 師匠、愛してるーっ!!」

 次の瞬間は般若の腕に飛び込んでいた。
 全体重を軽々と受け止めた般若は、その勢いでの身体を振りまわす。
 もう一度、三人の高らかな拍手が鳴り響いた。

「アレ? 蒼紫様、庭で読書するんじゃないの?」
「……色々あってな」
「ほっぺた赤いよ? どうしたの?」
「いや」

 曖昧に笑う俺に、操は首を傾げた。
 障子を突き破って聞こえてくたの笑い声に操は慌てて耳を押さえると、むっと眉をひそめる。

「もー、、うるさい! だから戻ってきたの? に遠慮なんかしなくていいのに!」
「いいんだ。……そっとしてやれ」

 注意しようと走りだそうとする操を、手を掴んで止める。一目を顧みない二人のやりとりは、操には刺激的すぎるだろう。
 般若とから正式に報告がされるのはいつごろだろうか。今日の夜だろうか。とりあえず、真昼間からのくちづけは控えるように忠告してやるべきか。
 万雷の祝福はいつまでも鳴りやまない。
 その時部下にかける言葉を考えながら、ここからでは般若たちに聞こえないと分かっていても鳴り響く拍手に参加していたのだった。





2013/6/13:久遠晶
 騎龍暁光さま、リクエストありがとうございますー!
 精一杯書かせていただきました!
 ……が、なんだかリクエストにあまり添えていなくてごめんなさい。
 書いてみたら予想外に字数が少なかったのもあり、もう一本書かせていただきました。うおければそちらもご覧ください! 二本目は
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