とある村にて ある旅芸人の話
空に浮かんでいた命の大樹が焼き払われ、跡形もなくなった。世界が一変し、魔物は凶暴化し、海は荒れ果てた。
怯え惑う村の人たちは泣きながら「いったいなにがあったのだ」とつぶやいて、天に向かって両手を合わせた。
絶望したり事態を正確に把握する暇もなく、ぼくの住んでいる村に魔物がやってきた。
その魔物は「奴隷になれば命だけは生かしておいてやる」と言った。ぼくたちに従う以外の選択肢などなかったので、ぼくたちはその日から魔物の奴隷となった。
そんな日々を変えたのは、神輿を担いだ不思議な集団だった。
世助けパレードと名乗るその人たちは、村の事情を知ると特に迷うそぶりもなく魔物の住処を訪ねてきた。
この日のことは忘れられない。僕の人生の転機だった。
「人間を奴隷にするなんて失礼しちゃう。許せないわ」
パレードの団長はそう言って笑った。
僕の頭を撫でて、いままで大変だったわね、と眉をさげ、魔物に働かされてボロボロになった汚い手に触れた。そうして、いたわるように抱きしめてくれた。
綺麗な服が汚れてしまう。それをいやがってみじろぎしても、中々離してくれない。
たっぷり十秒ほど僕を抱きしめたあと、団長はぱっと僕を離した。
「さ、魔物の住処を教えて。アタシがなんとかしてあげる!」
そんなことむりだ。村の男たちもかなわなかったのに、旅芸人に何とかできるはずがない。
心から思ったはずなのに、気が付けば魔物のねぐらの場所を指で示していた――。
僕に向かって笑いかける団長には、世界がすっかり変わり果ててしまったことへの悲壮感なんて、まるでなかった。
むしろ悲しみに包まれた世界を笑顔にさせるなんて骨が鳴る、と言わんばかりにしゃんと立っていた。まっすぐ前を見据えるキリリとした瞳と、反面柔和な笑顔がなにを見つめているのか、僕はそれが気になった。
団長はパレードのみんなを村に待機させると、単身でねぐらに向かったのだ。信じられない判断だ。ひとりで勝てるわけがないのに。
「大丈夫よ。オネーサマは無敵なんだから」
「アタシたちが付いて行っても足手まといになっちゃうのよねぇ……」
パレードの人はそう言った。絶対的な信頼を寄せる声音で。
実際、パレードの人の言葉は正しかった。
団長がねぐらに向かって一晩が経ち、村の誰もが「だから言っただろう」と、あきらめのため息を吐いたころ――団長は帰ってきた。
灼熱の息を浴びせられたのかすこしすすけた頬を拭いながら、にこやかに微笑んで。
「もう魔物は倒したわ! もうみんな自由なのよ!」
言ってることが信じられない村人がねぐらに行くと、確かに魔物が死んでいる。村を苛んでいた災厄を団長はたったひとりで倒し、村を解放してみせたのだ。
村長は涙を流して喜び、ぺこぺこと頭を下げた。
ありがとうとむせび泣きながら、村になにも蓄えがなく、礼が出来ないことを詫びる。
団長は首を振る。お礼なんて要らないわ、と。
「お礼なんかいいから、その代わり、アタシたちのパレードを見て元気になって! みんな、いくわよー!」
「はぁーい!!」
元気さの塊のような声で、パレードのみんなが手を挙げた。そこからは、もう、お祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎだった。
パレードのみんなは太鼓と笛の音に合わせて軽快に踊り始める。
旅をしているうちに人数が増えたという彼らの動きは、お世辞にも統率が取れているとは言い難い。
しかし、決して目を離せない魅力があった。
たどたどしくとも、へたっぴでも懸命に手足を振って踊る彼らの、なんと楽しそうなことか。そこには抗いがたい魅力があった。
そしてなにより笛を吹く団長の表情!
気がつけば村の誰もが体をゆすりはじめ、声を上げて笑い、歌い、踊り出していた。
「──これが、伝説の旅芸人、シルビア……」
昔聞いた名前を思い出した。世界中を笑顔にするため、一箇所にとどまらずにサーカスを転々とする旅芸人の噂。
そんなにすごい芸を見せてくれるなら一度見てみたいと、夢に見るほど願った。
その人が、目の前にいる。滴る汗を拭うこともせず熱中する様子は、僕を魅了した。
気が付けば僕は、団長が魅せる圧倒的な世界に熱狂していた。
身体の軋みを忘れ、心臓は痛いほど鼓動し、死にかけていた心が躍動したのだ。
──こんな人になりたい。
強くそう思った。
だから、旅立ちの日、僕はシルビアさんに声をかけた。
「僕も……僕も連れて行ってください! 僕もみんなを笑顔にしたいんです……! 雑用でもなんでもします、どんなシゴキにも耐えます! だから……!!」
寝る間を惜しんで練習した言葉は、うまく声にならない。たどたどしく、必死に思いを伝えたあと、シルビアさんの顔を見れなくてうつむいた。
シルビアさんは決して、僕をバカにはしなかった。
膝をついて僕に視線を合わせ、肩を撫でてくれる。
「ダメよ、そんなこと言っちゃあ。世界中を笑顔にさせたいなら、まずは自分が笑顔にならなきゃ!」
顔を上げると、シルビアさんは本当に嬉しそうに目を細めた。
「僕が、笑顔に?」
「そうよ。難しい顔してたら、お客さんを笑顔になんてできないわ。まずは自分が心から楽しむこと! それが極意なのよ」
「極意……」
僕はゴクリと唾を飲んだ。確かに思い返せば、パレードのみんなはいつだって笑顔だった。踊っているときも、そうでなくとも。シルビアさんの言葉は、ストンと腑に落ちる。
「──だから、どんな時でもくじけちゃダメっ! 覚悟をするなら、痛みに耐える覚悟じゃなくて、いつでも笑顔を忘れない覚悟をしなさい!」
「は、はいっ!」
「いい返事ね。あなた、いい旅芸人になれるわよ」
シルビアさんが僕の頭を撫でると、みんなから歓声が上がった。仲間になることを歓迎してくれているのだ。
あれよあれよとパレードの服に着替えさせられ、僕は──いえ、アタシはこうして、オネーサマの仲間となったのだった。
オネーサマはアタシに、とても大事なことを教えてくれた。旅芸人としてではない、人生を歩く上で様々なことを、アタシはオネーサマの背中から教わったのだ。
感謝してもしきれない。あのヒトがあの日、村にやってきてくれなければ、アタシは世界に絶望し、身投げしていたかもしれないのだから。
アタシはいま、オネーサマのパレードを離れ、一人旅芸人として各地を転々としている。
あの日オネーサマの姿に憧れた子供はもういない。あれから数十年が経ち、下積みを経てアタシの名もだいぶ売れてきた頃合いだ。
アタシのことを『伝説の旅芸人シルビアの再来』と呼ぶ人もいる。あのヒトの芸の素晴らしさを知る身としては、本当に過ぎた肩書きだ。でも人々がそうアタシを呼ぶのなら、オネーサマの再来になってみせよう。オネーサマの偶像を超えてみせよう、と思う。
あのヒトはいつだって優しくて、誰よりも強いヒトだった。
いつかオネーサマが話してくれた昔話。舞台の直前になると、いつもそれを思い出す。
オネーサマがまだゴリアテという名前だった頃。はじめて見たサーカスの景色。
──ホントはね、あの時アナタに言った言葉、アタシの言葉じゃないのよ。受け売りなの、アタシのオネーサマの。
少し照れたようにはにかんで、オネーサマはアタシにだけそのことを話してくれた。
はじめてサーカスを見て、その世界に魅了されたゴリアテ少年は、観劇の興奮もそのままに控室に突撃し、『弟子にしてほしい』と言った。どんな辛い修行にも耐えるから、と。 芸人は嬉しそうに笑うと、ゴリアテ少年に『人を笑顔にしたいなら、まず自分が笑顔じゃないといけないのよ』と諭した……。
――パレードのみんなが思うほど、デキた人間じゃないのよ、アタシ。騎士としても芸人としてもまだまだよ。受け売りばっかりだしね。
それを聞いた時、アタシはむしろ嬉しかった。
ある種の弱みを話してくれるぐらい打ち解けたのだと、そしてそれぐらいアタシが芸人として腕を磨いたからだと──そう思えたからだ。
受け売りだろうがなんだろうが、アタシにとってはどうでもいいことだ。オネーサマは勘違いしている。
アタシはあの時、オネーサマに救われた。ニセモノで借りものの言葉であれば、そうはいかない。
既にあの言葉は受け売りではなく、オネーサマの血肉になっている。だからアタシは感動したし、パレードのみんなもオネーサマに付いていくことを決めたのだ。
だからアタシにとってあの言葉は、オネーサマの言葉なのだ。
***
今日もパレードは大成功。控え室に戻った今も、観客席からの歓声で耳が割れんほどだ。
芸を見せたあとはどっと疲れる。だらりと疲れたすがたはファンの子達には見せられない。
「あ、あのっ、ナナシさんっ」
「あら、小さなお客さんね。どうやって忍び込んだの? うふふ」
気を抜きかけた瞬間背後から声をかけられ、あわてた背筋を伸ばす。
子供がキラキラした目でアタシを見つめた。
「今日の芸もすっごかったよ! おれ、チケット買えなくて外で布の隙間から覗き見てただけだけど、でもすっごかった!!」
「アラ、ありがとう。嬉しいからサインしてあげましょうか?」
「さ、サインはいいから、おれのこと弟子にしてくれないかっ!?」
その言葉にはキョトンとしてしまう。アタシが目を瞬かせると、
「なんでもするから! おれ、どんなきつい特訓にも耐えるよ! おれもナナシさんみたいになりたいんだ!!」
ズボンの裾を震える指で握りしめて、子供が俯いた。
あぁ、あぁ、これは──なんてことなの。
あの日のオネーサマも、こんな気分だったんだろうか。言われて慣れていただろうけれど、でも、アタシは。
この子はきっと、一笑されるかもしれないと怯えている。そんなこと、できるはずがないのに。
思わず抱きしめたい気持ちにかられながら、アタシは目をつむって首を振る。
「それはダメよ。どんな特訓にも耐えるなんて言っては」
「そ、そんな……」
絶望に染まる、目に涙をためた表情が愛おしい。アタシはゴクリと唾を飲み込み、息をしてそれから言葉を紡いだ。
シルビアさんがいつかのサーカスで言われ、アタシに言ってくれたあの言葉を。
「まず自分が笑顔にならないと、世界を笑顔になんてできないんだから!」
──きっと、この子もまた、いつか同じ言葉を子供に伝えるときが来るのだろうか。
オネーサマが守った命の大樹が大空で芽吹き、散り、また芽吹いている。
数えきれない木の葉のひとつひとつがアタシたちの命。
オネーサマが守ってくれた命と心をつないで、手渡して、そうしてアタシたちは歴史を作る。
それはどんなに尊くて、素晴らしいことだろう。
2017/08/29:久遠晶
シルビアの話。
ゲーム中、突然あの神輿が出てきた時にはめちゃくちゃ笑ったんですが、一人で旅していくうちにどんどんシルビアに感化される人が出てきて、同行者が増えてパレードになっていったことを考えるとシルビアは本当にすごいひとですよね。
それ以前の段階にもシルビアに会って本当の自分に気づけた……! というハンサム様もいますし、ダメ王子が騎士の誇りを思い出したのもシルビアのおかげですし。序盤で既にこれでもかとシルビアの魅力や他者にもたらす前向きなエネルギーを見せつけておいて、満を持してのパレード……!! そして、ゴリアテ!!!!
魅力を盛りすぎです。開発者がシルビアのこと好きすぎませんか?
もちろん、私も、大好きだ……!!
というわけで、シルビアが主人公と再会する前に立ち寄ったどこかの村のお話し。
本当は、ゴリアテ少年がサーカスの芸人に「どんな修行も耐えるから」と弟子入りを頼んだら笑って諭される……そのときかけられた言葉が、シルビアという旅芸人の人生哲学になった。
自分に憧れる少年に向かい、シルビアはあの日旅芸人に掛けられた言葉と同じ言葉をかけるのだった……。という方向の話だったんですけど、ぜんぜん違うものになりましたね。
ここまでガラッと変わることも珍しい……。
試験中。もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!