奮い立たせる者


 不思議な感覚だった。
 悪魔の子が目の前にいる。敵ではなく、仲間として。
 16年前から、王は勇者を世界に災厄をもたらす悪魔の子として追い立て探し続けた。悪魔の子を憎むようにとご命令なさった。
 だから一介の兵士である俺も、伝承を信じ王の言葉を信じ、平和を脅かす悪魔の子を憎んだ。
 のこのこと城にやってきた悪魔の子を捕らえ、牢獄に押し込んだ時には「こんな愚かな子供に、世界を壊すような真似が出来るのか」と思い、その馬鹿さを笑った。
 グレイグ将軍がイシの村に手心を加え、大砲で家を壊し、住民を捕らえるだけにとどめた時には、正直「グレイグ将軍は優しすぎる」と心中で非難した。

 そんな俺が、最後の砦の最前線に立っている。イシの村の人々と手を取り合い、助け合っている。
 変な感覚だった。
 なにより、悪魔の子が俺たちデルカダール兵を見て一度も憎まれ口を言わないことが。
 本来、殴られてもおかしくない。殺されたって文句は言えない立場だ。俺にいたっては一度、ユグノア城跡でに一太刀浴びせている。
 悪魔の子よ、裁きの時だと叫び、防戦しかできないことをいいことに命を奪おうとしたのだ。
 しかし悪魔の子は――いや、勇者は――ひそやかな笑顔のみで笑って許した。
 俺を。俺たちを。笑って許したのだ!!
 それを――それを――、笑って許す、と。
 呪いでも受けているんじゃないのか、という邪推でもしてしまうほどの博愛だ。勇者の御心の広さというやつだろうか。
 平凡で狭量な俺にはわからない。俺なら無実の罪を着せた王を、魔王に操られていたと知っても恨み続ける。直接攻撃してきた兵士ならせめて一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まない。
 結局、生まれもった血筋も、使命も違うということだ。王族の直系であり勇者の使命を与えられた存在と、平民である俺を比較することそのものがおかしいのだ。


 魔物たちが吼える。俺たちに向かって、牙を突き立てようと荒れ果てた大地を駆ける。
 恐れおののいた馬があばれ、俺は地面に転げ落ちてしまう。尻もちをついたまま、魔物の牙から逃げられない。
 もうだめだ、と思った瞬間、今まさに俺を捕食せんとしていた魔物が切り伏せられた。俺は最初、英雄――グレイグ将軍が助けてくださったのかと思った。だが違った。
 俺をかばったのは、勇者だった。
 あっと言うまに魔物を切り伏せ、自分の怪我を回復するより早くに俺に駆け寄りホイミをかける。

「あ、あなたは……どうして……」

 うまく言葉が言えない。俺の無事を確認した勇者はにこりと笑うと、片手剣を携えて魔物の群れに駆けていく。
 グレイグ将軍の背中を守るように背を合わせ、連携して魔物を倒していく。
 俺は意味が分からなかった。

 ――なんで、自分を迫害した俺たちに、こんなに優しくできるんだよ。

 胸がじくりと痛んだ。
 グレイグ将軍と勇者の手助けも出来ない自分が恨めしい。あそこに切り込んでいっても、俺はかえって足手まといになってしまう。
 俺は勇者に、なんの謝罪も返礼もできない。


   ***


「ああ、よかった! 無事だったのね、さすが私の!」

 将軍たちと共に砦に戻ると、イシの村の少女が勇者に飛びついた。勇者の手を握り、心の底から無事を安堵する。
 しばし喜びに浸っていた少女は、はっと気づくとみるみるうちに頬を赤らめた。手を離し、慌てて手を振った。

「やだ、あたしなに言ってるんだろう。あたしのじゃないよね、えへへ」

 見ているだけで甘酸っぱくなる表情で、ごまかすように笑う。
 俺も含め、焦燥した兵士たちの雰囲気が和らぐのがわかった。看護婦も兵士を手当てしながら、耳をそばだてている。
 エマという少女は、イシの村でもとびきりの美少女だ。泣き出したい身の上だろうに泣き言も言わず、もくもくと己のやるべきことをやり、甲斐甲斐しく兵士の手当てや食事を作ってくれている。
 兵士のなかにファンだって多い。そんな子が、いつも周囲を気遣って気を張り詰めていた少女が、年相応に柔らかい表情をし、泣きそうに喜んでいるのだ。
 ――そうか、生きてるかどうかわからない幼馴染ってのは、勇者のことだったのか。
 俺はぼんやりと思い、勇者の返答に期待した。
 勇者はこういうとき、どう返すのだろう。

 勇者は黙って、首を振った。

「え?」

 勇者の返答が聞き取れなかったのか、エマが目を見開いて聞き返す。
 俺も耳をそばだてた。

 ――エマので、いいよ。

 少女の小さな手のひらをにぎりしめて、勇者はゆるりと笑う。目の前にいるものの罪をすべて赦すような、すべてを洗い流すような微笑みで。
 エマはその言葉に驚いて、目に涙をためてうつむいた。

……あたし、本当はすごくこわいの。でもなら大丈夫ってわかってる……」

 勇者の使命の邪魔は出来ないと、わかっている言葉だった。

「だから、待ってるね」

 再び戦いに赴く勇者の使命を、彼女はよく理解している。
 エマが勇者に寄り添い、その肩を勇者が軽く抱きしめる。泣いた少女をあやすようなしぐさだが、それ以上の関係であることは明確だ。
 きゅっと目をつむる勇者が眉をしかめているのを見て、そこでやっと俺も気が付いた。
 勇者とて、普通の人間なのだと。
 イシの村で育ち、16歳の誕生日に旅立った。そして悪魔の子と言われ、故郷を失った。
 グレイグ将軍の計らいで村人は全員生かされたが、牢獄からここまで逃げる途中に何人かは死んでいる。
 ここにいるのは――本来であればイシの村で己の使命など知らずに過ごし、死ぬはずだった少年なのだ。
 再会できた幼馴染を泣いて抱きしめ、その体温を離れがたいと感じる。泣かせたくないのに泣かせていることに眉をしかめる、心優しい少年。
 どこにでもいる少年だ。
 そこでやっと、俺たちがという少年からなにを奪ったのか、突き付けられた。


   ***


 王が戦う。その背中をお守りする。魔物を切り伏せる。

「次から次へと……! すごい数だ!」
「怯むな!! ここに向かう魔物が多ければ多いほど城内が手薄になる! とグレイグの戦いが楽になると知れ!!」
「はっ!」

 口から出た弱音に、王からの強い叱責が飛ぶ。
 長らく隠居していたとは思えない戦いぶりに、俺たちも負けていられない。剣を握り直して、正眼に構える。
 戦場で死ぬなら本望だ。一秒でも長く砦を守れればそれでいい――今まで、そう思っていた。
 だがそれじゃだめだ。
 王もグレイグ将軍も、そして勇者も。まだ諦めていない。
 なら、俺だって諦めてたまるか。
 俺たちデルカダールが奪ってしまったもののために、イシの村を――最後の砦を守る。守り切る。
 旅に出るあのお二人が、心配しないように。


   ***


「しばし留守にするが、砦を頼んだぞ」

 グレイグ将軍が兵士のひとりひとりにお声をかけてくださる。肩を叩かれ、俺は伸ばしていた背筋をさらに伸ばした。
 城を落とし、モンスターの拠点をつぶしたからかわからないが、勇者の顔色はここにきたときよりすこしよくなっている気がする。

、お前も声をかけてやったらどうだ」

 勇者を見つめる俺の視線に気づいたのか、グレイグ将軍が勇者に声をかける。
 気まずい。向こうはユグノア城跡で切りかかったのが俺だと気づいてなくとも、気にしてなくとも、俺は気にするのだ。
 声をかけられた勇者はすこし慌てたあと、恐縮をするように会釈をした。グレイグ将軍の背中に隠れてしまう。
 見かけによらず、シャイなのかもしれない。
 思わず吹き出すと、グレイグ将軍も笑った。

「行ってくる」
「はっ。砦のことはお任せください。……それと、さん。エマちゃんに悪い虫がつかないよう見張っておきますんでそっちも安心してくださいね」

 俺が言うと、何をバカなことを、とグレイグ将軍が苦笑した。勇者がむせる。
 こうやってからかうと、本当に少年だ。
 多分この砦は、この世界で唯一、勇者が少年になれる場所だ。
 勇者が魔王を倒し、世界が平和になるその日まで。この砦を守り切れれば、ささやかな罪滅ぼしになるだろうか。
 思いを新たにし、今日も今日とて砦を守って見張り台にのぼる。
 いつか勇者が帰ってきた時、真っ先に気づけるこの立場に感謝しながら。





2017/09/02:久遠晶
 最後の砦でエマが出てきた時には自分が信じられなかったし3DSを持ちながらボロボロに泣きました。
 魔王にぶっつぶされて魚になってて世界がやばいことになってた絶望感と、導きの教会で死にかけていた伸ばす手をとれない歯がゆさ、しかしそんな勇者の代わりに英雄が手に取ったときの火傷するような熱さ!
 しかし世界どうなってんだ……という状況でエマが出てきた時には、ホントもうこの世界に残った唯一の救いレベルの心境で安堵しましたし、横で見ていたプレイ済みの兄に「ザボエラじゃないよね……?」と確認してしまった。
 エマちゃん生きててよかったなぁ……はあ……っていう話。
 地味に初のカップリング観測夢小説なので、書けて満足。テンションの上がり方が違う!
 主人公には幸せになってほしい。

 試験中。もしいいね!と思っていただけましたら押していただけると励みになります!
萌えたよ こういうのもっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!