マリンヌ先生の恋人



 マリンヌ先生の朝は早い──。
 まず、寮で寝ている教え子たちを起こすことからはじまる。

「立派なレディを養成する、大切な仕事ざますわ」

 最近は骨のある子が少ないと愚痴をこぼした。
 生活指導部であるマリンヌ先生の服装チェックは、誰よりも厳しい。常に生徒のことを考え、妥協を許さないのだ。
 近隣のモンスターが悪さをし、メダル女学院を襲ったことがある。マリンヌ先生はその時も決して怯まず、モンスターに対峙し、ブチュチュンパお得意のひゃくれつなめでの生徒指導を行なった。

「わたくし、本当はひゃくれつなめだなんて下品なこと、したくありませんのよ。ですが戦うしか道がないと言うのなら、全力でぶつかっていくだけざますわ」

 その時マリンヌ先生にコテンパンにされた者たちも、今はメダル女学院の卒業者。今頃立派なレディとして、生活していることだろう。
 このようにマリンヌ先生はどんな時でも生徒のことを案じ、考えている先生なのだ。



   ***


 このようにメダル女学院、生活指導部の教師として日夜働き、戦っているマリンヌだが、当然オフの日というものはある。
 メダル女学院の職員寮で寝泊まりする彼女は、月に一度、土日にメダル女学院から近隣の村に『帰省』するのである。
 メダル女学院から南にまっすぐ行った先。ブチャラオ村との中間にある、小さな村に。
 本来であれば一人で移動できる距離ではないが、彼女はモンスター──それもリップスの上位種であるブチュチュンパだ。口内に毒を持つ彼女に襲いかかる身の程知らずのモンスターは、メダル女学院そばには暮らしていないのだった。
 早朝メダル女学院を出て、村にたどり着くときには日が暮れている。
 窓から灯の漏れる家の戸を叩く。
 この瞬間が、マリンヌの幸せの瞬間だ。

「お帰りなさい、先生」

 扉を開けた男が、マリンヌを見下ろして花が咲き誇るような笑みを浮かべる。
 マリンヌのストレスが炭酸のように弾けて消えていく。胸の奥の奥から幸せが立ちのぼり、ブチュチュンパの習性として口内に唾液が溜まってしまう。
 できることなら、すぐにでも目の前の男に熱いキスをしたい。しかしそんなはしたないことは、レディの手本となるマリンヌに出来ようはずもない。
 己を律し、マリンヌは大きなくちびるを持ち上げてにっこり笑った。

「お久しぶりざます」
「一ヶ月俺と会えなくて、寂しかったですか?」

 男はにこにこしながら家の中へマリンヌを招く。逸る態度は、一ヶ月の不在が寂しかったのは自分の方だと言っているようなものだ。

「寂しいのはあなたの方ざます。わたくしは生徒の相手でいそがしくて、あなたのことを思い出すヒマなんてございませんでしたわ」
「もう、そんなこと言って、いじわるするんですね」

 マリンヌはいそいそと家に上がる。背後でガチャリと玄関の扉に鍵がかかる音がした──これもまた、マリンヌの幸せの音だ。
 人語を解し、人間社会で暮らすモンスターは少ない。戦う力を持たない人間は特にマリンヌを警戒してしまうものなのだ。それを──家に招き入れ、鍵をかけるまで信頼してくれている。
 そしてそれは同時に、ひとりのレディとして、胸が高鳴ることでもあった。
 この後の行為に、期待してしまっている。

 たわいもない会話をしながら食事を食べる。
 マリンヌは己の一挙一動が注目されていることを知っているから、普段よりもことさら意識して美しく、静かに、優雅にシチューを口に運ぶ。
 男はその様子を眺め、愛おしそうに目を細める。
 愛されていることを実感するのは、こんなときだ。

 と出会ったのは、彼がメダル女学院に『見学』に来た時だった。村で子供たちに勉強を教える教師であるは、メダル女学院の教育方法をこの村での教育に活かしたい、と、単身乗り込んできたのだ。
 出会い方は最悪だった。典型的な人間至上主義であったは、メダル女学院に暮らすまものの生徒たちに難色を示した。
 ――こ、ここではまものも勉強しているんですか。なんのために……。
 当然マリンヌはいい顔をしない。しかしメダル女学院の教師として、教育の在り方について討論を交わす度、マリンヌとは近い考えを持っていることがわかった。
 元々の人間至上主義というのも、身近に会話のできるモンスターがいないことによる偏見だった。それに気づいた瞬間の、の態度の軟化具合と言ったら!
 今となっては、は学校は違えど教育に携わる戦友のようなものだった。
 そして、一生を共に歩く――パートナーになっていた。


   ***


 多分──人間の男女であれば、愛し合うのはベッドになるのだろう。だが、マリンヌは人間ではない。布に粘液が触れると乾いたときパリパリになってしまう。だからマリンヌが彼とむつみあうのは、絨毯の上になる。
 は頬を赤くして服を脱ぎ始める。上体を晒し、マリンヌのくちびるに触れた。

「マリンヌさん……あなたは今日も綺麗だ……」

 マリンヌの上くちびるに、の小さなくちびるが触れる。ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てながら、の指がマリンヌのくちびるの隙間にもぐりこんだ。
 優しく侵入してきた片腕に舌をからませ、歓迎する。
 リップスやブチュチュンパにとって、くちびると舌は武器であり、人間でいう手足であり、感情表現のためのツールだ。しかし人間とブチュチュンパでは、くちびるの大きさが違いすぎて舌と舌による交信ができない。
 だからこうして、腕を舌に見立ててマリンヌの口内をまさぐるのだ。
 マリンヌの舌はの腕にとぐろを巻くように絡みついた。よだれをすりつけるように動く。応じて、の腕も大きな口の中を隅々まで摩擦する。
 人間の腕には関節が肩と肘と手首の3個しかない。当然稼動には限界があり、マリンヌにはもどかしく感じる動きだ。
 同種のブチュチュンパであれば、互いの孕む毒性も作用してもっと心地の良い酩酊が得られることだろう。そんなことはマリンヌ自身が一番よくわかっている。
 だがのキスが、マリンヌにとっては一番心地いい。
 ブチュチュンパのしなやかで弾力のある舌を押し返し、心地の良い強さで揉み、まさぐるのは人間にとっては重労働だ。彼はそれを、額に汗を浮かばせながら率先して行ってくれる。
 ──マリンヌへの愛ゆえに。
 そのことに心満たされないブチュチュンパなどいない。

「んぅ、ふぅ……さん、動きが上手くなってまいりましたざますね」
「本当ですか? よかった……」

 荒く息をしながらがくちびるを釣り上げた。献身が嬉しくて、マリンヌもその気になってしまう。
 舌を絡みつかせ、の腕の隅々までを摩擦する。強弱をつけ、唾液でマッサージするように。くらくらするほど熱いキスを送る。

「あぁだ、だめです、そんなにしちゃあ……!」
「気持ちよくなってもいいんざますよ。そうやって動いてるんですから……ふふ、あなたは相変わらず脇が弱いんざますね」
「だ、ダメですって、喋らないで……あはっ、あはははっ」

 くすぐったいですよ、とが肩を震わして笑う。その声がどんなにかマリンヌの心を揺らすか、彼はきっとわかっていないのだろう。
 もっと反応を引き出したくて、マリンヌの舌は踊るようにのたくった。
 そうしていると、はじめは息を吐き出すようだった笑い声が、どんどんとかすれていく。切羽詰まったものに変わっていく。肩を揺らしてが身をよじる。逃げようとする身体にのしかかり、軟体の身体で全身をさする。

「ひゅー、ひゅーっ、待っ、まりんぬ……」

 かわいい。かわいい。目の前の獲物が、美味しそうでかわいくてたまらない。
 己の魔物的な本能が頭をもたげ始める。
 そのことに気づいて、マリンヌは慌てての腕からくちびるを離し、からみつけていた舌を外した。

「ごっごめんなさい! わたくしとしたことが……!!」
「あ、ぁあ……」

 絨毯に身体を投げ出されたの目は虚ろだ。熱を出した少年が粥を求めるような表情に、マリンヌはおろおろとあたりを見回した。
 人間にとって、ブチュチュンパの吐息は毒だ。嗅げば身体はしびれ、猛毒が回り、痛みに対して非常に敏感になる。
 だからいつだっての体調に気遣いながら触れ合わねばならないというのに――忘れてしまった。
 まんげつそうの入っている引き出しはわかっている。駆け寄る時間も惜しくて、マリンヌは舌を伸ばして引き出しを開けた。
 舌でまんげつそうを漁り、取り出す。
 に差し出した。

さん、これを食べるざます! あぁ、こんなにつらそうに……」

 ふらついたの手が、まんげつそうをすり抜けてマリンヌの小さな手のひらを掴む。身体を起こして、マリンヌのくちびるに抱き付いた。

さんっ?」
「ふふ、びっくりしました?」

 頬を赤らめたがゆるりと笑う。マリンヌの飛び出た目は、キスを交わしていないほうのの指に指輪がはまっていることに気づいた。

「マヒガードのあるアクセサリーなんですって。旅人さんに無理言ってゆずってもらったんですけど、はは、結構効果あるみたいです……」
「もう、心配したざますよ」

 声だけは生徒を叱る威厳のあるものだったが、大きなくちびるの端が持ち上がっていては、どうしようもない。
 はマリンヌにだきついたまま、くちびるに頬ずりをした。

「あなたが好きだ」

 その言葉でどれだけマリンヌが満たされるのか、きっと彼は知らないのだろう。
 メダル女学院の生活指導部として、マリンヌは日々気を張り詰め、メダル女学院の風紀を守っている。作物が不作な年に、食料を求めたモンスターが怪鳥の幽谷からメダル女学院にやってきたときも、生徒を守るために果敢に立ち向かったことだってある。
 そのマリンヌが――の前では。
 どうしようもなくになってしまう。

「わたくしも……わたくしだって、愛してるざますわ。さんのこと」
「ふふ、嬉しいな。本当に……」

 はうっとりとした目で、マリンヌのとびでた目玉を見つめる。手を伸ばし、目の裏を撫でる。
 マリンヌは目を閉じた。目の裏を撫でる手がやさしさに満ちている。刺激に弱いそこは、本当ならばちょっとつつかれただけでも怖い場所だ。本能的に、体内に目玉を収納して身構えてしまう。
 相手がだから、マリンヌはされるがまま指先が生み出す官能に、酩酊することができる。

「――本当に、好きだ。マリンヌさん……あなたは綺麗だ」

 うわごとのように愛の言葉を囁きながら、は小さなくちびるでマリンヌのくちびるを精一杯愛でる。粘液にだって軽い毒性があるというのに、それでも。
 こういうとき、マリンヌはひどくもどかしくなる。
 人間とまもので、身体の成り立ちも構造も違うから、マリンヌとは身体と心でつながるすべを持たない。

 マリンヌが人間だったなら。あるいは、がブチュチュンパかリップスであれば。
 もっと深くつながり、心を通わすことが出来ただろうか。せめてブチュチュンパの粘液が人間にとって毒でなければ。

「ああ、俺は世界一幸せな男です。あなたという人を、こうやって独り占めできるんですから」

 が両手を広げ、小さな身体でマリンヌを精一杯抱きしめる。
 切ない考えは、それですぐに霧散してしまった。
 考えるだけ無駄なことだ。マリンヌはまもので、は人間であることは、どうあっても覆らない。
 それに、同族であったら出会うこともなかったかもしれない。
 メダル女学院の教師と村の教師として、討論をすることもなかった。喧嘩もしなかった。

 ――スーツの着こなしがダサすぎて見てられませんざます!
 ――なっ……! ま、まものなんかにファッションセンスがわかるんですか!?
 ――まものであるまえに、わたくしはメダル女学院の教師ざます!!

 今となっては懐かしいこの会話も、交わさなかったかもしれない。それはいやだ。
 だから結局、思考は無意味だ。
 身体は違い、思考も違い、成り立ちも違う。生きる速さも息絶える日も、違うだろう。
 それでもかまわない。
 いまここで、暖かい肌を寄せ合い、触れ合うことができるのだから。
 愛しているのだから。


 ***


 抱き合って共に眠りにつく、この瞬間が好きだ。
 夜目がきくことに心底感謝する。
 メダル女学院の寮に暮らすマリンヌは、明日の夕方には村を出て、再び長い時間をかけて寮に戻らねばならない。
 次に会えるのは一か月後だ。
 それまで寂しくないようたっぷり寝顔を拝んでおこうと思って、マリンヌは大きな目玉をぱちぱちさせて、愛しい人の姿を見守った。





2017/09/07:久遠晶
 パズドラに引き続きこの出だしまたやっちゃった……てへへ。
 マリンヌ先生好きなんですよ。年上趣味のブチュチュンパ……v  あまりマリンヌ先生やメダ女の話に絡ませられなかったので、オリジナルブチュチュンパの夢として出したほうがよかったかも……と思いつつ。でもマリンヌ先生が好きなんだい。しかしブリジットちゃん(主人公に新聞を読ませて口説いてくるやり手のリップス)も好きなので、もうほんと……モンスターが好きなだけでは、と言われると言い逃れ出来ない。
 でもブリジットちゃんもマリンヌ先生もかわいいもんね。仕方ないね。

 もしすこしでもいいね!と思っていただけましたら、拍手ボタンをぽちぽちしていただけると励みになります~。いやほんと……結構こういう人外夢って公開に勇気いるので……あなたの一クリックで救われる久遠晶がいる!
 なにとぞよろしくお願いいたします……。
萌えたよ 魔物夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!



2017/09/16:誤字修正。本当に失礼しました! ご指摘ありがとうございます。