恋の爆弾


 ──俺ものことが好きだ。お前にも譲れん。
 ──そう、じゃあアタシたち、ライバルってわけね!

 そんな会話をもって、グレイグとシルビアは恋のライバルとなった。
 だからと言って、二人の関係が険悪になったりギスギスするかといえば、それはまた別の話だ。
 仲間内での色恋沙汰はパーティ分断を招きかねない危険なもの──と言うのが通説だが、だからこそ円満にいきたい。
 グレイグもシルビアも、己の感情で仲間に気を使わせるのは本意ではないのだ。あくまで自然に、との距離を縮めていこうと合意した。

 そんなわけなので、グレイグとシルビアの関係は恋のライバルというよりも、を遠くから愛でる同盟者のようでもあった。

「ダーハルーネには、二、三日は滞在するんですよね?」
「ええ、情報収集もしなければなりませんもの。それにせっかくですからお買い物もしたいですわ」

 の言葉に、セーニャがにこりと笑った。
 ダーハルーネは世界一大きな港町だ。市場は活気に満ち溢れ、露店には様々な国の物が並んでいる。
 どんなときでもこの街は明るさに満ちているのだ。

「ねぇちゃん、せっかくなら露店でも巡らない?」
「いいですね! じゃあセーニャも──」
「セーニャ、すまないが一緒に防具屋に来てくれないか? 魔法の加護のあるものを見繕ってもらいたい」

 シルビアの誘いを受けたより先に、グレイグがセーニャに声をかけた。
 セーニャはグレイグに快く頷いた。

「ええ、いいですよ。さん、すみませんがお二人で楽しんでらしてください」
「すまないな、魔法の物品の目利きは不得手で」
「そっかー残念! 途中で合流できたら合流しましょうよ、お昼も食べたいし」
「そうですね、ぜひ」

 セーニャとはそう言って笑い合う。二人の見えない角度で、シルビアがグレイグに目配せした。グレイグは軽く頷く。
 ダーハルーネに到着する前に、シルビアとは相談済みだ。どちらが先に誘うかをじゃんけんで決め、シルビアが勝った。グレイグも邪魔立てをする気は無いので、デートのお膳立てぐらいならば協力する。
 助け合おう、と言葉にして協力体制を敷いたわけではないが、自然とそうなったのだ。

「あたしはどうしようかしら、セーニャと一緒に新しい防具でも見繕ってもらおうかな」
「あぁ、そういえば私の槍、刃こぼれしそうなのよね……もそろそろ新しい武器にしたほうがいいんじゃない?」
「じゃあみんなで武器屋と防具屋巡りしようか」
「ワシは宿屋で先にゆっくりしとこうかのー」
「お前ら、情報収集の件忘れんなよ? ったくよー」
「カミュはどうする」
「俺も新しい武器が見たいからな、たちについていこうかな」

 やいのやいのと仲間たちが言い合う。自然と武器屋の前で別れる形となった。

「じゃあアタシたちは二人で買い物してましょうか、ちゃん」
「イェーイシルビアさんとおデートだーっ」

 はぐっと拳を握る。
 その陽気な表情と言葉は、シルビアが恋愛対象に入っていないことが容易に見て取れる。シルビアは笑いながらの肩に手を回した。
 シルビアはあくまで女友達として、との距離を縮めていく心づもりであるらしい。グレイグも負けてはいられない。しかし、果たしてどうやって距離を縮めればよいものか。
 今まで戦いしかしてこなかった無骨者は、つくづく恋愛には疎いものだ。
 グレイグは明日をどうやって連れ出すか考えながら、セーニャたちとともに防具屋へと入っていった。


   ***


 流浪の旅芸人であるシルビアが、同じく流浪の吟遊詩人であるに心惹かれるのは、ある意味当然のことだったかもしれない。
 世界中を笑顔にする、という果てのない夢を持つシルビアに、は心底感嘆したように頷いた。素晴らしいことだとほめたたえた。
 の夢は、自分の作った歌が後世に伝わることだと言った。吟遊詩人の語る唄は世代や地域によって微妙に旋律や言葉が変わる。そうして、時代に合わせて変わっていく唄の起源になりたいのだと。
 題名も知らないのに、自然と口ずさめる童謡。母が子に語り聞かせる物語。
 自分の死んだあとも、そうやって誰かの心に寄り添いたい。
 はそう夢を語り、シルビアもそれに共感した。
 旅芸人と吟遊詩人と、己が武器とする分野は違うが、そこには確かに共通する思いがあった。

 ――誰かの心に寄り添って、誰かを優しく包んであげたい。

 これがを好きになった理由というわけではないが、彼女に好意を持ったきっかけであったことは確かだろう。
 まずシルビアは旅芸人として、吟遊詩人としてのに好感を抱いた。そして、それがやがて恋愛感情に発展していくまで――さほど時間はかからなかった。
 しかし、との関係が進展しているかと言うと、これが見事に『脈なし』なのだった。

「あっこのアクセサリーかわいい~!」

 ダーハルーネの露店を歩く。様々な国の工芸品が並ぶ区画は見ているだけで楽しく、まったく飽きない。
 シルビアはと共に、一歩踏み出すごとに立ち止まり、やれこのアクセサリーがかわいい、これはちょっとセンスがない、でも服次第ではいけそう、と女子トークに花を咲かせていた。

「このイヤリング、セーニャに似合いそうじゃないですか?」
「ああ、あの子の長い髪にとっても映えるわね!」
「これなんかベロニカに似合うと思うんです。これはカミュさんかなぁ」
「アナタ、さっきからひとの見繕ってばっかりね」
「そりゃも~どれも綺麗ですもん。あ、この髪飾りもいいなぁ」

 アクセサリーを手に取りながら、うんうんと悩むにシルビアは笑う。
 似合いそうなものを見つけた時のぱっと輝く笑顔と、本人の好みじゃないかも、と顎に手を当てて考え込むしぐさが面白い。
 ころころと表情が変わって、見ていて飽きないのだ。

 ――かわいい! 頭撫でたい……ああでも、いきなりそんなことしたら変な人に思われちゃうわ。怖がらせちゃうかもしれない。

 シルビアは心のなかでそんな欲求と戦う。
 のことを意識していなかったときは、スキンシップとして気安く頭を撫でたり髪を梳かしたりしていたが、恋愛対象として意識してしまってからは気軽に触れられなくなってしまった。
 自分に下心が芽生えていると、わかっているからだ。それを察知されたくない。

ちゃん、人が……」
「あっ、すみません」
「いいのよぉ、すまないねぇ」

 通行人の前をふさいでいることに気づいたシルビアは、の肩を優しく引き寄せた。
 は抱き寄せられるがままシルビアの腕に収まって、それどころかコテンと首を傾げてシルビアに身を預けてくる。
 そのしなやかな感覚に、シルビアはたまらない気持ちになる。かわいい、と声を大にしてきゃーと叫びたい。

「これもかわいいですね~」
「そうねぇ」

 のほほんとした態度を見れば、体温が伝わり吐息が聞こえるほどの距離にがなにも感じていないことは明白だった。
 女子同士。恋愛対象外。
 その言葉がシルビアに重くのしかかってくる。

 ――恋愛対象のなかに入りたいけど、無理に意識させたら逃げられちゃいそう。はあ、先は長いわ。

 落ち込みはしないが、ためいきは吐きたくなった。
 気を取り直して、シルビアは露店の品物に目をやった。物色する。

ちゃんにはなにが似合うかしら~」
「あ、見繕ってくれますか? シルビアさんなら、ほんとに似合うのを選んでくれそう」
「もちろんよ。自分のものを選ぶのも人のを選ぶのも大好き、アタシ」

 牛歩で露店を移動しつつ、アクセサリーを物色する。そのなかで、ひとつのピアスが目に留まった。

「あ! これよさそう!」

 同時に声を上げ、手を伸ばす。自然に手が重なる。

「あら、ゴメンなさい。でも奇遇ね、同じのを選ぶなんて」
「そうですね。これ、シルビアさんに合うと思ったんです」
「アタシに? アタシは、ちゃんのほうが合うと思うわ」
「そうかな?」

 シルビアはピアスを持ち上げ、の耳元にあてがった。
 赤い小ぶりなピアスはの耳たぶで存在を主張し、愛らしさを彩るだろう。文句なしに似合っている。
 露天商が差し出した鏡を覗き込んで、はほんとだ、と唸る。
 の手がシルビアの手を覆う。ピアスを渡すと、はすこし背伸びをしてシルビアの耳にピアスを添えた。

「私にも似合うと思うけど、やっぱりシルビアさんだな~! つけてほしい!」
「この形なら確かにアタシにも合うだろうけど……でも絶対ちゃんだわ!」
「あ、じゃあ色違いってのはどうですか? お揃い!」

 が笑って首を傾げる。同じアクセサリーを身に着けることに、同性同士のペアルック以上の意味を見出していないのだ。
 色違いを探すに、やりとりを聞いていた露天商が声を出した。

「あ、その形はそれで最後だよ。結構凝ってるだろう? 作るのが大変だからね~」
「ええーっ! そんな~」
「似た形ならこういうのとか」
「これはちょっと違うんだよな~」

 はがっくりと肩を落とす。
 ため息を吐いたあと、シルビアに向き直る。

「じゃあやっぱりシルビアさんが着けるべきですよ! ていうか私がこのピアスつけてるシルビアさん見たいです」
「あらぁ、そんなに似合う?」
「はい! 趣味じゃないなら無理にとは言いませんけど、似合います!」
「……じゃあ、これ、買おうかしら」
「毎度あり!」

 露天商が手を打って笑う。ゴールドを払い、ピアスを受け取った。

「早く装備してみてください!」

 は早く早く、と嬉しそうにシルビアを急かした。その様子をみて、シルビアは微笑んだ。
 ピアスを持ち上げて、自分ではなくの右耳へ。

「えっ? ひゃっ」

 突然耳を触られ、むずがゆさには肩を竦める。しかしそれ以上の抵抗はない。
 髪の毛を掻き分けて、ピアスを取り付ける。

「うん、片方だけでも似合うわ! はんぶんこでどう?」
「いいんですか? じゃあお金半分出しますよ」
「いいのいいの! かっこつけさせてよ」
「でも」

 自身の右耳に取り付けられたピアスを指でなぞりながら、が言う。
 シルビアが頑として拒否するが、は譲らない。

「いいのよ。アタシ、こう見えて結構稼いでるんだから。ここでお金を出させたら騎士の名折れよ、騎士の!」

 財布を取り出そうとする手を掴んで止める。
 騎士の、と強調すると、やっとが引き下がった。

「じゃあ、ありがたく……。ありがとうございます、シルビアさん!」

 勢いよく頭を下げられる。差し出された頭のつむじを指で押したら、は呆れるだろうか。悪戯心が湧き上がる。

「お礼なんていいのよ。その代わり……つけてくれない? アタシの左耳にピアス」
「お安い御用です!」

 腰をかがめて、と視線を合わせた。
 は腕を持ち上げ、シルビアの左耳にピアスを装着させる。
 手を離してシルビアの顔を見つめ、「うん」と目を細めた。

「やっぱりシルビアさんに似合うなぁ」
ちゃんも似合ってるわよ~。ね、もうそのピアス以外つけないでね。お願いよ」
「そんなに似合ってます~? 照れるなぁ」

 耳から離れた手を取り、頬にすり寄せる。
 単純に感嘆するは、シルビアにされるがままだ。
 ……この分では一対のピアスを分けることが、騎士にとってどれだけの意味を持つか知らないのだろう。
 あるいは知ったうえで素通りしているのか。これもあり得る。あり得てしまうのが悲しい。

「……うおっほん。もう買わないなら、退いてもらってもいいかい?」
「アラ、ゴメンなさい」
「お熱いことで~」

 背後で人が詰まっていることに気づき、慌てて場所を移動する。

「露天商の人すごい顔してましたね……迷惑かけちゃった。恋人同士に思われたのかなぁ」
「そうでしょうね。アタシはそう見られて嬉しいけど」
「やだーシルビアさんったら! どうしよ、そうだったら光栄~!」
「あら、そしたらほんとに付き合っちゃう? 大事にするわよ~」
「シルビアさんの恋人は幸せだろうなぁ! 頼り甲斐あるし、綺麗だしかっこいいしかわいいし……」

 両頬に手を当ててはおどける。
 べた褒めだが、そこに色恋の感情がないことはまるわかりだ。単純に友人としてシルビアを称賛しているに過ぎない。
 その態度に、シルビアは傷ついたりがっかりするより先に、むしろ感動した。

 ――こ、こんだけ直球で行ってもダメなの!? ちゃんったら、どれだけ鈍感なのよ……!!

 これは同性の友達の枠から抜けていないからなのか、本人の資質によるものか。おそらく後者だ。
 同じ言葉を例えばグレイグやカミュ、でも、セーニャでも、誰が言ったとしても同じ反応をは返したに違いない。

 ――それにしたって鈍感すぎるでしょ!? そんなに恋愛対象外なのアタシ?!

 ――ああもう……逆に楽しくなってきちゃったじゃない!

 情熱に生きる旅芸人、シルビア。目標が壮大であればあるほど燃える人間である。
 恋愛対象でないなら構わない。甘んじていい友人で居よう。
 いつかシルビアの知らないところで、片割れのピアスの意味を知ればいい。
 いまのうちに振りまく冗談めかした直球の好意は、その瞬間の心のなかで適切に効果を発揮するだろうから。

「――グレイグさんも、恋人を大切にしてくれそうですよね!」
「え? ええ、そうね」

 シルビアへの称賛は、そのまま仲間の恋愛話にすり替わっていたらしい。正直聞き流していたが、適当に相槌を打つ。

「でも、最近大丈夫かな、グレイグさん……」
「どうかしたの?」
「気づきませんか、最近様子がおかしいんですよ。いやにこっちのほうを見てぼうっとしてたり……私の竪琴と歌を褒めてくれるんですけど、なんか、今生の別れを感じさせるほどしみじみ褒めてくれて……」
「ううん」

 様子がおかしいのはあなたに恋をしているからよ、とは言えず、シルビアは曖昧にうなずいた。
 は本当にグレイグを案じているようだ。グレイグも色々なものを背負って戦っている。愚直なほどまっすぐな性格でもあるから、思い悩んでいないのかが気がかりなのだろう。

「グレイグは強い人よ。でも心配なら、気晴らしに明日、ケーキにでも誘ってあげたら? 二人で」
「私、グレイグさんと二人で出かけたことないんです。余計に気を遣わせないかなぁ」
「なに言ってるの。アナタに元気出してって言われたら、コロッとやる気出しちゃうわよ。ああ見えて単純なんだから」
「あはは、シルビアさんと居る時の私みたい」

 喜んでいいのか悪いのか。

「ま、それは冗談にしても。……グレイグもホント、色々背負ってるものね」
「私もお話しにうかがっただけですけれど、壮絶ですよね……。私だったら立ち直れるかわかりません。人間不信になってもおかしくありませんから」
「――それで歩みを止めるような男じゃない、ってことね。昔っから真面目すぎて、単純だし、そのわりには悩み深いオトコだったけど。まあそこがグレイグのよさっていうか……」

 語りながら、なぜライバルを褒めたたえているのかわからない。
 本心の言葉ではあるが、これで自分ではなくグレイグを好きになられても困る。
 そう思いつつのほうをちらりと見ると、彼女もシルビアを見ていた。
 嬉しそうに、目を細めて。

「グレイグさんのこと、好きなんですね」

 には恥じらいがない。からかうようなニュアンスもなく、事実としてそう感じた、というだけの感想だ。
 信頼する仲間を持ち上げるシルビアを見るのが嬉しい、というふうに。
 その瞳に気恥ずかしくなり、シルビアは頬を掻いた。

「恥ずかしいから、こんなことアタシが言ってたって絶対グレイグに言っちゃダメよ」

 はい、とが頷く。
 ああ、だめだなぁ、と思う。
 と居ると、つい本心を喋ってしまう。


   ***


 雑談しながら市場を散策していると、海に面した広場に到着した。
 広場の中央では大道芸人がジャグリングをしてみて、まばらな人だかりが出来ていた。
 その横では露天商と思しき男が打楽器を鳴らしている。看板に楽器の値段が書いているので、音色が気に入ったら買ってくれ、という宣伝だろう。
 大道芸人と露天商はコンビではないらしい。思い思いに音を鳴らし、芸を見せている。

 うず、とシルビアのなかの芸人魂が騒いだ。大道芸人は中々手つきが慣れていて、ジャグリングの球を増やしたかと思えば空中で消し去り、別の場所から球を出したりして見せている。
 ――いいわ、いいわ、アタシもやりたい!
 しかしひとりであればともかく、いまはと一緒だ。勝手に参加することはできない。
 だからシルビアは、「どこかに座りましょうか?」と声を掛けようとし――を見た瞬間、声をなくした。

「シルビアさん、あれ、あれ! すごいです!!」

 シルビアの腕を引っ張り、は大道芸人と露天商を指差した。
 きらきらした眼差しは、目の中にいくつもの星が浮かんでいるようだった。
 頬は興奮に紅潮し、足は居ても立っても居られないというようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
 の考えが、手に取るように分かった。だからシルビアは、自分も興奮をさらけだした。

「ねえ、シルビアさん!」
「ええ! 行きましょうか!」

 シルビアとは広場に駆けだした。中央に躍り出て、手頃な石を拾って大道芸人と同じようにジャグリングを始める。
 驚いた大道芸人がシルビアを睨む。嫌そうな眼光をシルビアは笑って受け流し、先ほど大道芸人がやっていたものと同じ技をやってみせる。

「お? なんだなんだ、大道芸の対決か?」
「この人どっかで見たことあるような……?」

 技を競うように張り合っていると、やがて人だかりが出来てきた。
 そこで、二人の戦いを盛り立てるようにが竪琴を鳴らし始めた。時に軽快に、時に重々しく、時に荘厳に。
 シルビアと大道芸人の様子を見て行われる即興の演奏。
 シルビアもまたに合わせて芸の展開を変える。
 大道芸人と目と目で示し合い、時に失敗し、時に拮抗し、芸を競う――ように見せる。
 技の張り合いは、いつしか完全に即興のパフォーマンスとなっていた。
 いつしか露天商の打楽器もの竪琴に合わせて音を鳴らすようになり、ひとつの団体と化してしまう。
 時にはジャグリング、パントマイム。あるいは踊り。その場その場で、観客の反応に合わせて動きを変える、ひとつの生き物サーカスになる。

「あれってそういうグループなの?」
「いや? あの背の高いほうが急に乱入してきたんだよ!」

 やがて、騒ぎを聞きつけた見知らぬ楽器弾きや別の大道芸人までもが乱入し、規模がどんどんと大きくなる。
 ――ああ、いいわ、こういうの。
 流浪の旅芸人であるシルビアは、サーカスの巡行に参加しない限りはこうして広場で芸を見せて日銭を稼いでいた。そのなかで輪が大きくなり、別の芸人と即興で芸を合わせることも少なくない。
 振り回したこともあれば、振り回されたこともある。
 しかし、こんなにも。
 こんなにも芸がやりやすい相手と組んだことはない。

 観客に芸を見せる間、すっとは盗み見る。もまたシルビアを盗み見ている。シルビアの一挙一動を観察し、次を予測し、よりふさわしい旋律をその場で組み立てているのだ。
 ――かわいい子。これにはついて来れるかしら。
 芸の展開を急に変えると、が歯を食いしばって笑う。意図が伝わったようだ。
 なんて楽しいのだろう。
 は裏方に徹し、ひたすらに芸を盛り立てる効果音に終始している。
 観客は、それがどれほど難しいことしか知らず、花形のシルビアと大道芸人に注目している。そうあるべき・・・・・・なのだ。それが裏方の本懐なのだから。
 汗を浮かべながらも、は頬を持ち上げ、本当に楽しそうに笑う。その笑顔がまぶしい。
 ――こんな顔でサポートされたら、ますます好きになっちゃうわ。
 旅芸人として、欲しくなってしまう。
 世界中の人々を笑顔にする旅に、その傍らに、という吟遊詩人が居てほしいと――願ってしまう。
 だからシルビアは、背筋を伸ばして笑顔を作った。
 の目に焼き付くシルビアという旅芸人が、誰より素晴らしい演者であってほしいから。


   ***


「はあ~……やりましたね~」
「やったわね~……すごかったわ、ったら」
「シルビアさんこそ! 私、普段ああいう弾き方しないから……あーつかれた。一か月分ぐらい演奏した気がする」
「まあ、実際それぐらいのおひねりをもらったわよね」

 見せ物が終わるころには観客の人だかりはすさまじいことになっていた。おひねりと拍手が飛び交い、アンコールが鳴った。
 大道芸人には「伝説の旅芸人と一緒に芸が出来たなんて光栄だ」と泣かれ、露天商には打楽器が売れに売れたと感謝された。
 おひねりはシルビアが多く分け前をもらった。大道芸人が要らないと言うので、半ば無理やり渡したのだった。

「ここんとこパレードの大所帯で芸をすることが多かったけど、やっぱり個人で演るのも好きだわ! 誰も見ていないところから、段々お客さんが増えてくのがいいのよね」
「わかります! 聞き流してた人が立ち止まってくれるのが、ホントにうれしいんですよね」
「そうそう。初心を思い出すわ」
「本当に。……しかしホント、シルビアさんの芸すごかったな。私、演奏しなきゃいけないのに見とれそうになっちゃって……」
「見とれてよかったのよ?」
「だめですよ! 急に無音になったらお客さんがしらけるどこじゃないですよっ」

 真っ向からの正論だ。シルビアは笑った。人のプロ根性に触れると、シルビアの身体にも活力が溢れてくる。
 夕方、陽の落ちかけた暗がりのなかを、宿屋に向かって歩く。
 シルビアはさりげなくに身を寄せた。

「はぐれると危ないから、手、つないでおかない?」
「私、子供じゃないですよー」

 呆れたように笑いながら、はシルビアに手に指を絡ませた。
 たとえセーニャやベロニカが相手も同じようには答えただろうが、少なくともカミュやグレイグには許さない距離感だろう。
 同性の友達、というポジションはいいのか悪いのか。

「シルビアさんの手、少しガサガサしてる」
「あら、お手入れはしてるんだけど……ああ、それは火傷なの」

 がシルビアとつないだ手を持ち上げ、手の側面に触れる。やけどの跡に触られ、シルビアは説明した。

「火吹き芸ってあるでしょう? アレって火炎草を口に仕込むんだけど、慣れないころは肺活量での火力調整が出来ないの。だから最初はこう……手の中で火を吹いて火力調整するのよね」

 空いたほうの手で輪を作り、口元に持って行って息を吹く。

「その火傷の跡がまだ残ってるの。軟膏は塗ってるけど、中々消えないのよね~」
「努力のしるしですね。剣のタコも……」
「そうそう、昔とった杵柄ってやつね。今は短剣に転向したけど。努力のしるしというなら、ちゃんだって」
「これは竪琴のタコですね。指先がコチコチで、ちょっと恥ずかしいんですけど」
「立派な手だわ」

 シルビアが素直な気持ちを口にすると、は気恥ずかしそうにはにかんだ。
 この言葉は今日に伝えたどんな言葉よりも素直に、の胸の中に入っていったらしい。

「人の手を見るのが好きなんです。その人の、人となりが分かるから」
「そうね。人生が出るものね」
「だからそう言ってもらえると……その、照れます」
「本当のことよ?」
「赤面しちゃうからやめてください」

 がくちびるをとがらせて困った顔をする。
 シルビアは月明りに照らされたその表情を、ニコニコしながら楽しんだ。


   ***


 宿屋の明かりが見えてくると、シルビアとはどちらともなく手を離した。
 扉を開けて、ロビーでくつろいでいる仲間たちに声を掛ける。

「おーやっと戻ってきたか。広場の方で色々やってたみたいだな」
「あら、わかった?」
「そりゃあんだけ人だかりが出来ればな」

 ソファに座ったカミュが片手をあげて答える。
 ロウとポーカーをしていたグレイグが顔をあげ、硬直した。

「戻ってきたのか――な、そ、それはッ!?」
「あ、このピアスですか? えへへーいいでしょう! 残り一つだったのでシルビアさんと分け合いっこしたんです。ね?」
「ねーっ」

 と一緒に頷き合う。
 グレイグは説明されても、まだ硬直が解けていない。
 当然だろう。騎士であるグレイグは一対のピアスを分け合う意味を、よく理解している。
 ペアリングを左手の薬指に嵌めあうようなものなのだ。

 ポーカーの手札を覗き見るふりをして、グレイグに耳打ちする。

「結婚の約束したわけでもないから、安心して」
「……わかってないのか? は」
「幸か不幸かね」

 シルビアは肩を竦めた。あからさまに息を吐いて安堵するグレイグに苦笑する。
 立場が逆なら全く同じ反応をしただろう。

 ナナシはセーニャの方に歩み寄って、露店で買ったプレゼントを渡している。シルビアに向ける表情をセーニャにも向け、けたけたと笑っている。
 それを寂しいとは思わないけれど。
 軽く首を振って、耳元で揺れるピアスの感触を楽しむ。いつかこのピアスが正しくの胸に食い込んで、時限爆弾として作用してくれますように。
 そうして、が望んでピアスをつけてくれますように。

「グレイグさーん明日一緒にパフェに付き合ってくれませんか? なんかカップル限定のメニューがあるらしくてー」
「な、なに!? お、俺でいいのなら構わないが……」

 ――道のりはまだまだ長そうだ。
 シルビアは苦笑して、昔なじみにバトンタッチした。





2017/09/14:久遠晶
 円満(?)三角関係シルビア編。
 前回のグレイグVSシルビアに続きが楽しみです! と言うコメントもらって嬉しさで意識が飛んだあと、気が付けば書いていた。自分でも勢いがすごい。その節は反応ありがとうございますー!!
 ショッピングして大道芸してるだけなのになんかやたら字数が膨らんでしまった(一万文字)。なにをこんなに書くことがあったんだ……? なぞ。
 ジョジョで培ったうんちくが発揮されました! 騎士とピアスの意味に関してはネット検索してみるかうちの露伴夢を見てみてください。「んも~シルビアさんったら~」って書きながら悶えてました。
 とりあえず次回グレイグ編で一応終わらせるつもりですが、で、デートどうしよう……。
 シルビア編が予想以上に「シルビアさん!!!!」って内容になってしまったのもあり、張り合えるだけの内容が浮かびません(笑)
 こういうデートとかいいんじゃないの、とかあったらぜひぜひ拍手でもアンケートでも教えていただけると嬉しいです!


 試験中。もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!
萌えたよ こういうのもっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!