清らかな人
ベロニカさんは、なんというか……すごい人だ。
生まれたのは私のほうが数か月早いのに、魔導の才能は全然ちがう。勇者様をお守りし、導くために生まれた双賢の姉妹。
竹を割ったような性格で、覚えたての呪文をぶっぱなすおてんば気質。
ちょっと乱暴そうに見えるときもあるけど、決して動物や植物は傷つけない、優しい人。
同じラムダに生まれ、同じように育ったけれど、私とは世界の違う人だと、そう思っていた。
だから私は、ベロニカさんが勇者様を探す旅に出発する前日――混乱していた。
「あんた、あたしになんか言うことないわけ?」
赤いローブを羽織ったベロニカさんが、私に人差し指を突きけて顔を覗き込む。
すこし頬を膨らませるベロニカさんはなにかを怒っているようだけど、心当たりはない。
夜更けに私の家に押しかけてくるぐらいなのだから、よほどのことなのだろうが。
とりあえず玄関から部屋に誘い、お茶を振る舞った。
「えと、いってらっしゃい、勇者様と出会えるよう、そしてご無事をお祈りして――」
「ちっがーう! そういう他人行儀なのはいらないわ。あたしとあんたの仲でしょ?」
わかってないわね、とベロニカさんが眉を顰める。乱暴なしぐさでお茶をずずっとすすった。
そのしぐさにちょっとびくついた。これ以上なにか言ったらメラが飛んできそうだ。
しかし、思考を巡らせても思い至るものはない。私は肩をすくめて身を小さくしてしまう。
「すみません、思いつきません」
「……そう。明日旅に出る女が夜更けに来てるってのに、なにも言わずに送り出すわけね。あんたは」
「そ、そんないじわるな言い方しないでくださいよ! ベロニカさん」
「まあ、いいわ。あんたに言わせようとしたあたしが間違いだったのよ」
ベロニカさんの言葉はとげとげしい。気づかぬ間に悪いことをしてしまって、それを怒って訪問して来たのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
でも、本当に心当たりがないのだ。
ベロニカさんが旅に出るのは――悲しい。いやだ。ずっとここにいてほしい。
だけどそれは、幼馴染のわがままに他ならない。だからベロニカさんに言うべきことはない。
自分で淹れたお茶を睨む。緑色の小さな湖に映る私は、なんと陰鬱な顔をしていることか。
「あたし、あんたが好きよ」
「はあ、そうですか――へ?」
顔をあげる。ベロニカさんは綺麗な三つ編みをいじっている。頬を少し染めて。
喉がひきつった。受け答えができない。
う、とかえ、とか呻く私に、ベロニカさんは何も言わなかった。ただ枝毛を探し続ける。
「……なにか言いなさいよ」
「だ、だって。それは、幼馴染として――」
「単なる幼馴染に、夜更けに告白しにくる?」
「ひょえ」
ド直球の言葉に小さな悲鳴が漏れた。
頬を染めて、頬を膨らませたベロニカさんが私をうかがう。
手に汗がにじんだ。
だってそうだろう。動揺しないはずがない。
ずっと、ずっと子供のころから好きだった。
ガキ大将にいじめられていると、いつも駆け寄って助けにきてくれたベロニカさん。泥の付いた私の頬をぬぐって、もうしょうがないわね、と言って笑ってくれた。
魔法がうまく覚えられなくて暴走させてしまった私を、ベロニカさんは身を挺して助けてくれた。
幼馴染への感謝と憧憬が恋愛感情になっていくのに、そう時間はかからなかった。
「あんたはどうなの? あたしのことどう思ってるの」
「そ、そりゃ……好きですけど」
ああ、言ってしまった。子供のころからずっと隠してきたのに。
言っちゃいけなかったのに。
ベロニカさんは私の言葉に、嬉しそうに頬を持ち上げた。まるで私の返答を、見透かしていたかのように。
「そう。ならいいわ。、」
「ま、ま、まってベロニカさんっ!?」
「え?」
イスから立ち上がったベロニカさんが、私の元まで歩み寄って頬を摺り寄せてきた。
抱きしめられそうになり、私は慌てて彼女の肩を押す。
ベロニカさんは眉をへしまげて、不服そうに私を見た。
「な、なにをする気だったんですかいまっ!」
「なにってキスに決まってるじゃない」
絶句。はじらいってものがない。
「か、仮にも嫁入り前の娘が……」
「だぁーって、女同士じゃ結婚できないじゃない。ラムダはおかたいものねー」
「けけけけけっこん」
さっきから爆弾発言ばかりを投下されている。こっちの身にもなってほしい。
走ったわけでもないのに息切れしてくる。心臓がどきどきして、思考が糸をむすばない。
「だ、だめですよ……だってあなたは双賢の姉妹。勇者様をお守りする使命があるし、それに……」
「ええ」
「……それに、あ、跡継ぎのことだって」
自分で言って、落ち込んだ。ベロニカさんに寄り添う、見知らぬ男の姿を幻視してしまった。
私の妄想上の結婚式のなかで、ベロニカさんは見知らぬ男に寄りそって幸せそうな笑みを浮かべている。私は群衆としてそれを祝福している。涙を流すことすら許されず、勝手に失恋を味わっている。
目の前にいる現実のベロニカさんは、「ああ、なんだそんなこと」とあっけらかんとしている。
「跡継ぎなら平気よ。セーニャがいるもの」
「そ、そういう問題じゃあ……!!」
「そういう問題だわ。だってあたし、好きでもないオトコに身体許したくなんてないし。それが使命だとしても、最初ぐらいは望んだ人としたいもの」
それはまあ、そうだろう。
気持ちとして理解する。
私が曖昧に相槌をうつと、ベロニカさんはうん、と頷いた。
「あたしはあんたが好きよ。あんたはどう? あたしとキスするのはいや?」
私の肩を掴んで、私の目をまっすぐに見すえる。
すみれの花のような淡い紫の瞳に見つめられると、息が出来なくなる。
うそがつけなくなってしまう。
口をつぐんで目をそらす私の顎を取り、ベロニカさんが身を寄せる。
「そんな聞き方、しないでください。いやって……言わなきゃいけないの、言えなくなる」
「バカね、真面目なんだから。昔っからそう。目に涙溜めて、我慢して、隠したつもりになって……まあ、きらいじゃないけど」
ベロニカさんのくちびるが、私のくちびるに触れた。
柔らかくて暖かい。
両頬を挟まれ、髪を掻き上げられる。
だめだとわかっているのに、触れた温度が熱くて、拒否できない。
呼気を吸いあうようなくちづけはぎこちない。お互いはじめてだからだ。
「んっ……はっ、んう……」
どちらともなく吐息が漏れる。押し付けあうキスは、やがて舌でつつくようなものに変わっていく。
気が付けばベロニカさんの肩に腕を回し、すがるように求めていた。
キスするたびにかすめる鼻先、顎、すり寄せる頬、それらがすべて気持ちいい。
胸が熱い。涙が出てくる。
舌をからめせて、唾液を交換しあって飲み下した。
素肌に触れたくて、どちらともなく服を脱がせ合う。
――私でいいの、ベロニカさん。
――あんた、ホント昔っから自信がないわよね。いいから、ほら……
ベッドにもつれこんで、シーツの上で素肌を絡ませた。
私の涙が、ベロニカさんの胸元に垂れていく。
明日になればベロニカさんは居なくなる。旅に出てしまう。それがつらい。かなしい。いやだ。
勇者様を守る使命を負った人。戦いの果てに、死んでしまうかもしれない人。
それがいやだ。恐ろしい。
「大丈夫よ、あたしはかならず戻ってくるから。勇者様をつれて、あんたに紹介してあげる」
子供をあやすようにベロニカさんが頭を撫でる。
一番不安なのはきっとこの人なのに、それでも私を気にして家に来てくれた。
まるで歳の離れた姉のようだ。
産まれた時間で言うなら、私のほうが数か月早いのに。
「あたしがあんたにうそついたこと、あった?」
そう言って微笑まれては、泣いてはいられない。
いつだって私を助けてくれた細い腕。しなやかな掌。
掌を重ね、握りしめ、私は出来の悪い笑顔を浮かべた。
「あなたのこと、待ってていいですか?」
私が尋ねると、ベロニカさんがきょとんとした。
困ったように頭を掻いて、それから私の頭を小突く。
「だめだったらこんなとこ来てないわよ、バカ。何度も言わせないでっての」
髪の毛を軽く引っ張られ、私は笑った。
この人が旅立ち、そして帰ってくる。いつになるかはわからないけど、きっと帰ってくる。
そのとき、もうすこし頼りがいのある大人になっていようと思って――涙をこらえて笑った。
2017/09/14:久遠晶
セーニャと一緒にラムダを旅立つ前夜のイメージ。
アンケートでr18の大人ベロニカとの百合、とのコメントを受けて書きました。ひとまず習作。こういう感じでいいんでしょうか?
ちゃんとした百合のエロはハードルが高く、ソフトなものになってしまいました。今後練習していきたい。
試験中。もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!