はた迷惑な押しかけ女房


 人間はなんのために生きるのか。
 この問いは極めてあいまいかつ哲学的な話題になる。人によって違ってしかるべき命題だ。
 そのうえで私の答えを言わせてもらえば、知識を得るために生きている。
 知識を探求するのが生きる目的だ。
 この世のすべてを見通すまでは死ぬに死ねない。だから死なないための努力は惜しまない。
 魔物に襲われても勝てるように身体を鍛え、人間に騙されないよう勉学に励んだ。より強い集団に組し、人の恨みを買わないように立ち回った。
 私は学者だ。
 生きたい。死にたくない。すべてを知りたい。
 これらは生物すべてが持つ原初の本能であり、死なないために行動するすべてを、そして知識を得るために行動するすべてを、誰が非難できるだろう。

 だから私は、圧倒的に正しい。
 なにも間違ったことはしていない。


   ***

 クレイモランから他国にフィールドワーク中、世界に異変が起き、氷河のせいでクレイモランに戻れなくなった。仕方がないのではるばる壁画の調査でもするかとプチャラオ村に来てみれば、とっくのとうに壁画はなくなったあと。踏んだり蹴ったりでやさぐれていたところ、プチャラオ村に魔物が来ていたことを知った。
 大切なものを奪っていった竜。
 その話を聞いたとき、私は歓喜したのだ。

 喜びいさんで洞穴に行くと、その竜は薄く笑った。
 背後には牢屋があり、プチャラオ村で奪ったのだろう人間や金品がしまわれている。

「ほっほっほ。これは驚きました……こんなところまでノコノコ丸腰で現れる人間がいるとは……」
「突然のご訪問申し訳ありません。わたくしクレイモランで学者をしておりましたと申します。あ、これお近づきの霜降り肉です……今、すこしお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「おやおや、人間にしては礼儀正しいではありませんか」

 粗品ですが……と霜降り肉を差し出すと、竜――フールフールと名乗った――は、快くそれを受け取った。意外に話しがわかる。
 帽子をかぶり、魔導が折りこまれた服を着こむフールフール様は、クレイモランの古代図書館にいる竜博士によく似ている。上位種なのだろう。
 人間を見ただけで襲ってくる竜博士と違い、まず会話から入るところは非常に好感が持てる。

 フールフールは宝の山からちゃぶ台を取り出すと、「まあまあ座ってください」と私に差し出した。
 やかんに地下水を入れて、メラで温めはじめる。予想以上の好待遇っぷりだが、油断はできない。正座は崩さないようにしよう。

「貢物とは好感が持てますね。それで、なにをききたいのです?」
「えぇと、フールフール様の好みのタイプについてお伺いしたいのですが……」
「は?」
「つまり、人間を人生の伴侶にすることは可能か、というところをですね」
「すみません、話が見えないのですが」
「単刀直入に言います! 結婚してください!!」
「結婚! 結婚ですか、中々大きく出ましたね! 構いませんよ!」
「本当ですか! やったー!」
「――ってオーケーするわけないじゃないですか!! やだー!!」

 フールフール様が勢いよく裏拳をくらわしてきた。反射的にのけぞって避けるものの、風圧で革の鎧がビリビリに引き裂かれた。
 私は慌てて両手をあげた。ふざけてないことを必死にアピールする。

「お待ちください! 今から私を娶ることによって生じるフールフール様のメリットを三章仕立てで解説しますから!!」
「いったいなんなんですか、あなたは」

 立ち上がりかけたフールフール様が、ぼやきながらも着席した。
 本気で殺されるかと思ったけど、意外に寛大だ。もしかして先ほどの裏拳は単なるツッコミだったのだろうか。

「望んで竜の花嫁になると言い出すとは。我が身を差し出し、村人を解放してくれ……という献身でしょうか」
「あっいや別に村人はどうでもいいですね」
「あっはい」

 返事のテンポがいい。
 フールフール様の背後にある牢屋から、「どうでもいいんかい!」という野次まで飛んできた。
 お湯が沸いた。フールフール様は急須でこぽこぽ入れ、お茶を私に差し出した。
 それは何気ないしぐさであるが、きわめて高度な身体能力と魔力、知能を有していることを端的に伝えている。
 やかんの鉄が痛まない程度にメラの火力を調整することはとても難しく、竜が使うことを想定されていない人間用の急須をたやすく扱える繊細さを持っていることになるからだ。

「ではまず第一章、私の目的から説明します。といっても端的に言えば『死にたくない』に集約されますね」
「ほほう。そのため私の寵愛を得ようと?」
「その通り! 私は学者です。研究途中で死んだら化けて出る自信がありますが、腐った死体になると知能が著しく低下するので研究どころじゃないですからね」
「アンデッドになることはいいんですね……」
「命の大樹が燃え尽きた今、転生した先で研究するってのも非現実的ですので。世界も太陽が見えなくなったり色々異変が起こっていたりで魔物が凶暴化して手が付けられなくなってたりして、人類お先真っ暗感ありますから。ここはやはり一発魔王様の配下になり、生かしていただくことが建設的かと!」
「はぁ……」
「第一章:私の目的、終えてもいいですか?」
「まあ理解はしましたが……」

 この話最後まで聞かなきゃだめ? と言いたげな視線が痛い。

「第二章は私を配下にした場合のフールフール様のメリットですね。わたくし学者なので頭がいいです。人間を滅ぼす作戦立案なら任せてください!」
「言うことが物騒すぎますよォ!? あなた仮にも人間でしょう? ためらいはないんですか?」
「研究するのが私の人生の第一目的ですから、研究さえできれば友達が人間から魔物にすり替わってようと特に何も感じるものはないですね……」

 目を見て言うと、フールフール様はうさんくさそうに目を細めた。
 私という人間の扱いを図りかねているのだろう。
 覚悟を示す為、武器を持たず丸腰で来た。言葉による意思疎通が出来ると信じて。そのことを、目の前にいる竜種はくみ取ってくれている。
 そのうえで、仲間に引き入れるべきか、竜としての威厳をもって私という不敬者に死の制裁を与えるべきか、決めあぐねている。

「――お気持ちはわかりましたが、それなら『部下にしてくれ』と言えばよかったのでは? 結婚を申し込まれる意味がわかりませんね」
「いやあ、出来れば結婚がいいですね。部下よりも嫁って立場のほうが安心できるし、それに……」
「それに?」
「それに、竜が好きなんですよ。長命で、物知りで、美しい。生態も骨格も思考も、調べても調べても謎ばかり。学者の探求心が刺激されると同時に、女として胸の高鳴りを感じます。ありていに言えばフールフール様に惚れました」

 正座のまま、拳を使ってフールフール様の眼前に移動する。
 身体からすると小さな、三本指を握りこんだ。冷たい。竜は系統で言うなら爬虫類に近いのだろう。

「私をフールフール様の大切なものにしてください。私が最も大切なものは自分の命ですけど、フールフール様のために精一杯使うと約束しますよ、私は」

 心臓がドキドキして、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
 大きな目を剥くフールフール様を愛らしい、と思った。愛おしいと。

「ま、まあ大切なものを捧げると言うのなら、その向こう見ずなおバカさに免じてここに置いてやってもいいのかもしれません……? 友達からなら……?」

 ぐるぐる目で首を傾げるフールフール様は目に見えて混乱している。
 そりゃあ、いきなり人間に愛の告白をされたら戸惑うだろう。私だって戸惑っている。でももう惚れてしまったのだから仕方ない。

 押しかけ女房になるにはあまりにもひどいプレゼンと口説き文句だと、自分でも思う。でもこれ以外でなんといえば伝わるだろう。
 人間なんて元々興味なかった。私が興味あったのは私の食い扶持と、竜の生態だけだった。
 古代図書館にいる竜博士とお近づきになりたくて学者になった。話しかけると襲ってくるから、立ち向かうために戦闘能力を身に着けた。
 会話が通じなくて、仕方なく殺した。殺してしまったので、せめて無駄のないようにと解体して肉を食べて革を作って生態を調べていたら、いつの間にか古代図書館の竜は私から逃げるようになった。
 ああそうだ、私は研究のために生きていたんじゃない。研究は単なる副次的な行為でしかなかったのだ。
 今更そのことに気がついた。

「私はフールフール様に会う為に生まれてきたんです!」

 私の人生の目的は、学問ではなく愛に尽くすこと、であったらしい。
 こうして私は晴れてフールフール様の部下兼お友達として、嫁の座を虎視眈々と狙うことになった。
 牢屋にいる人間たちの非難の視線とブーイングはもはや、二人の門出を祝うファンファーレにしか感じない。





2017/09/19:久遠晶
 アンケートでの「フールフール様にアレコレされたいです!」という票をいただいて書いたもの。アレコレされてないですね……すみません!
 アレコレされたい、の部分を完全に忘れてました。ま、まあ小ネタということでここはひとつ……。
 私は結構こういう、人間の倫理踏み越えてる夢主+人外の組み合わせが好きなのですが、いかがでしたでしょうか。
 次点はフールフール様にしまわれちゃう内容でした。そっちのほうがよかったかな……。
 ささやかなお茶請けになれれば幸いです。
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萌えたよ 魔物夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!