争えない二人
「カミュってさぁ、恋愛ってしたこと……ある?」
「はぁ? なんだよ藪から棒に……」
勇者が唐突にそう言ったのは、キャンプ場での野宿中のことだった。
ベンチ代わりの丸太に腰掛け、焚き火を見つめながら傍らのカミュの様子を伺う。
カミュはすこし戸惑った声を上げて、周囲を伺った。
ベロニカは慌てて目を閉じて、毛布の中で寝こけているふりをする。暗闇になると、焚き火が弾ける音や左右で眠るセーニャやの寝息が、よく聞こえた。
狸寝入りが功を奏したのか、カミュはすこしホッとしたように息を吐く。
「いきなりどうしたんだ、気になる女でもいるのか?」
──あっ、はぐらかした。
ベロニカはそう思う。返事をするふりをして質問に質問を重ねて、答えをはぐらかしている。それに気づいているのかいないのか、がはにかむ気配がする。
「ちょっとね」
これもこれで、思わせぶりというか、なんというか。
盗み聞きをしながら、どうにも心がムズムズしてわくわくするのを感じた。会話に混ざりたくて仕方がないが、ここでベロニカが起きて話しかけたら会話そのものがなかったことになってしまうだろう。
「カミュはどう? 好きな人とかいる? 恋人とか、今気になってる人とか……」
がカミュの様子をチラチラと伺っているのが、目で見て確認しないでもわかった。
勇者は心優しく慈愛の心に満ち溢れた青年であったが、反面、おっとりしすぎていて頼りなさげに感じることも多い。口下手ぎみで、こう言った相談事の時には要領を得ない喋りをする。
――ああもう。何が言いたいのよ。はっきりしなさいよ。というかこんな話題、人が寝てる横で言わないでよ!?
どうしても耳に入ってきてしまうし、盗み聞きした気分になってしまう。
ベロニカに出来るのは「うぅ~ん」と唸りながら寝返りを打ってみることだけだ。
カミュがうぅ、と呻く音がした。
沈黙が流れる。
「……い、いるって言ったら……なんかあるのかよ……」
目を瞑っているから、ベロニカにカミュの表情はわからない。軽く目をそらし、ふてくされた表情をしているのだろうか、とぼんやりと想像した。
「そ、それって仲間の誰か?」
「……………………お前は、どうなんだよ」
質問に質問で返すカミュの反応は、の言葉をそのまま肯定していることと同じだ。
湧き上がる恋の匂いに、ベロニカは二人の様子を伺いたくてたまらなくなった。盗み聞きの罪悪感は吹っ飛んでしまう。そもそも聞こえるように話す二人が悪いはずだ。
カミュの想い人。誰だろう。
セーニャ? ? 大穴でシルビアということも考えられる。ベロニカ自身はないだろう、カミュとベロニカをしょっちゅう子供扱いするし、喧嘩を楽しんでいる節がある。セーニャというのも姉としてはいただけない。
とするとかシルビアであってほしいところだが、シルビアとカミュが特別仲良しというわけでもないので、消去法では説が一番濃厚だ。
――こんな面白いこと、仲間が寝てる前で言うなんて無用心にすぎるわ!
口元に手を当てて笑いをこらえながら、ベロニカはワクワクを抑えられない。
そののち、が「うん」とうなずくのが聞こえた。
「好きな人がいる。……パーティのなかに」
ひゃーっ! とベロニカは叫び出したい気分だった。
これは完全に恋愛相談である。いったい誰なの今すぐ言いなさい、と詰め寄りたくてたまらない。寝たふりをしていなければ足をバタバタ動かしていただろう。こらえきれず足先だけで暴れた。
「そ、そうかよ…………」
「カミュもでしょ…………」
は確信しているようだった。
カミュはなにも言わない。言えないのかもしれなかった。
「の惚れた女って、」
「カミュが好きなのって、」
「……」
「……」
二人の言葉が重なり、途切れて沈黙になる。
「…………。先に言っていいぞ」
「いや、カミュからでいいよ」
「いやお前から」
「いやカミュから……」
「いやいやいや」
「じゃあじゃんけん」
「三回勝負?」
譲り合ってぐだついたコントのような会話になる二人。何回かじゃんけんを繰り返し、すべてあいこで終わっている。
「じゃあ、同時に言おうぜ! 名前!」
「あぁ……それならいいか!」
譲り合った末の折衷案だ。
いいからさっさとしゃべりなさいよ──と突っ込みたいのをベロニカはこらえる。
「じゃあ、せーの、……」
「………………やっぱりか……」
「ちょっと、カミュ!」
同時に言うと言ったくせに、カミュは相手の名前を言わなかった。
だけが思いを明かす羽目になり、怒ったような声を出す。
「……カミュ?」
「そうか……お前が……」
カミュがガックリとうなだれるのが、見なくなってわかった。
は困ったような声でカミュを読んでいるが、外野のベロニカにはその理由はよくわかった。
──そう。カミュもが好きなのね。
勇者が恋敵と知って動揺しているのだろう。口は悪く粗野であるが、カミュは心根の優しく青年だ。
パーティに深刻な亀裂を入れることは絶対に望まない。「これだから色恋沙汰は嫌なんだ」と頭を掻いているだが、悪態の本心は要するにパーティの調和を気にしてのものなはずだ。
呻くカミュには確信を得たらしい。
「やっぱり、カミュも……」
気まずい沈黙が下りる。
物静かで控えめなもまた、パーティの調和を重んじる。ここで元気よく「じゃあおれたちライバルだね」なんて笑い合える性格ではないのだ、二人とも。
焚き火が弾ける音がバチバチと聞こえる。
なんとなく、ベロニカまで居心地悪くなってしまう。盗み聞きをしている手前文句はつけられないが、こうやって気まずくなることそのものがパーティの不和を呼びかねないのではないか。
「二人ともお似合いだと──」
「お前ら相性いいと思──」
「……」
「……」
互いに譲る言葉を同時に言い合って、再び沈黙。
「お、俺はしがない盗賊だしよぉ……勇者様にはかなわないって! も多分お前が……」
「勇者だなんだって言ったって、ぼくは単なる田舎者だよ! それに、はカミュの前だとにこにこしてて楽しそうだ」
「そうか? お前といるときのは……」
「そんなことないよ! カミュとの方がお似合いだって!」
「なに言ってんだよ自信持てって!」
恋敵同士とは思えない会話だ。
ベロニカは内心で頭を抱える。
お互いに譲り合って、相手がよりに相応しいという話題で喧嘩するなんて、考えられない。せめて奪い合って喧嘩になるはずだ、普通なら。
──そこが、普通の喧嘩にならないのが二人のいいところなのかもしれないけど……。
カミュは粗野に見えて、パーティの機微をとてもよく見ている男だ。
がおっとりしているのでその分カミュが前に出てパーティを引っ張ることが多いが、もしが前に出るタイプであればカミュは大人しく一歩引いてを見守ったことだろう。
二人とも他者に合わせることが板についており、その結果が現状の譲り合いである。
「カミュを見る時の目は、普段と違うんだよ」
「それを言うならが褒めてくれると嬉しいってあいつ、」
口論は終わらない。
──だんだんイライラして来た。大事なのはの気持ちだってわからないのかしら。
だんだんと険悪な雰囲気になりながら譲り合いを続ける二人に焦れて、ベロニカがうるさい!と毛布を剥いで身体を起こした。
ベロニカが起きているとはみじんも考えていなかったらしい二人が身構える。その間抜けな表情にもいらいらした。
だから立ち上がったベロニカは腰に手を当てて仁王立ちした。
「じゃあ、あたしがもらうわよ!? いいのね!?」
ベロニカがやけくそで言うと、隣で寝ていたシルビアがブフーッと息を吐いて肩を揺らした。
そのことに三人とも気づかなかったのは、幸か不幸かわからない。
2017/09/21:久遠晶
VSになり切れなかったVSもの。
一応アンケートコメントを受けてのもの。勇者たまもカミュくんも根が優しいし譲るのが板についてるキャラのイメージがあり、こんな形になってしまった。えへへ。
ベロニカの「あたしがもらうわよ」が、そんなのいやでしょ? という発破なのかガチなのかはご想像にお任せします。どっちでもおいしいv
試験中。もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!