ここからはじまる



 チュンチュンチュンと鳥が鳴る。
 白んだ太陽が眩しくて目を覚ます。

「んん~……」

 ふと目を開けた瞬間、カミュの顔が視界にとびこんできた。
 あまりの距離の近さにぎょっとする。飛び起きそうになってから、昨夜なにがあったのかを思い出した。
 ああそうだ、ぼくはカミュと一線を超えたのだ。

 改めてまじまじとカミュを観察してみれば、昨日までとは少し感じ方が違う。
 昨日、眉根を寄せながらぼくを見下ろした青い目は閉じられて、あどけない寝顔を晒しているではないか。
 昨日、うっすら上気していた頬。汗を垂らした小鼻。気持ちよさそうにへにゃりと持ち上がっていたくちびる。
 ……ダメだ。朝っぱらから盛ってしまう。

 改めて、カミュはいい男だ。顔の作りが。そう、顔がいい男なのである。
 キリッとしてるのに妙に童顔なところとか、結構ぼく好みだ。
 下世話な妄想を働かせそうになり、あわてて首を振った。
 しかし、ぼくらは名実ともに恋人同士になったわけで、そのまま一線まで超えたわけで、下世話な妄想を働かせてもバチが当たらない関係になったわけで──はっきり言って嬉しい。
 胸のあたりがじんわり暖かくなってしまう。
 気を入れてないとくちびるがだらしなくニヤついてしまう。

 ぼくらはいま同じベッドで横向きに寝ている、というだけなんだが。
 腕枕しても怒られないかな。そろそろ起きなきゃいけない時間だから、あれだけど。
 頭撫でたりはどうだろうか。頬触ったりとか。起こすか。起こさないといけないのだが。

「あんま人の顔ジロジロ見んなよ」
「うわ。起きてたのか」

 身体を動かそうとしたらカミュが目を開けた。清快な青空の色をした瞳がぼくを見つめる。

「ごめん、起こした?」
「別に、前から起きてた。お前の寝顔が面白くてな」
「まじかい」

 ちょっと恥ずかしい。白目とか向いてなかったろうな。
 カミュはもぞもぞ起き上がると、んう、と大きく伸びをした。ぼくもカミュも薄着だけど、二人で寝ていたおかげで寒くはない。
 身体が熱を持っているから、クレイモランの極寒の朝も辛くないのだ。

「身体、大丈夫か?」

 ぎこちなく上体を起こしたぼくを見て、カミュが眉をさげて心配そうな顔する。
 ぼくは苦笑した。昨夜を共にしたわけだが、男とするのはお互いはじめてだったもんでお楽しみになるどころではなかった。
 まだ棒が入っているような感覚がして入り口がひりひり痛い。けど、動けないわけではない。
 肩を竦めて笑った。ベッドから降りて寝間着から普段着に着替える。

「すこし違和感はあるけどそれぐらい。大してつらくはないよ」
「悪かったな、昨日は……」
「それはお互いさまだろ。ほら、カミュも早く着替えろよ」
「んん」

 カミュが呻いて返事をする。
 さて、今日はどうしようかな。昨日キラゴルドを倒したばかりだから、多分今日は休養日になるだろう。
 市場を散策するか宿で休むかだけど、昨日の今日で宿にこもったらカミュが責任を感じるだろう。実際カミュのおかげで腰が痛いことは確かなのだが、不要に気を遣わせたくはない。


「んー?」

 ベッドの上でいつものフードに着替えながら、カミュがぼくに話しかける。
 なんとなく、二人同時に食堂に降りていくってのも座りが悪いな。一緒にいるだけで関係に気づかれるとは思わないけど、妙に意識してしまう。万一気づかれたら仲間に気を遣わせるだろう。

「好きだぜ」
「ん……は?」

 思わず変な声が出た。荷物を整理する手が止まる。
 カミュはしてやったり、という顔でぼくを見ていた。にやりと頬を持ち上げて、歯を見せて。
 立てた膝に肘をのせた仕草は、カミュの座り方だ。記憶を失って決まりが悪そうに正座する姿しか見ていなかったから、妙に懐かしくなる。

「そういや言ってなかったと思ってよ。まぁた昨日みたいな流れになるのはゴメンだからな」
「悪かったよ、それは。ぼく先行ってるな」
「おいおい。反応ぐらいしろよな。そのまま行くつもりかよ」
「だってそれぐらい知ってるし」

 ため息交じりにこたえながら背中を向けた。昨日あんな会話して、一線を越えて。それでカミュの気持ちがわからないなら、それは流石に鈍感すぎるというものだ。
 扉を開けようとして、逡巡する。このまま逃げるのも癪だ。

「お前はどうなんだよ? オレのことどう思ってんだ?」

 カミュが追い打ちをかけるようなことを言う。ニヤニヤ笑っているのが見ないでもわかった。「やってやった」と思っているに違いない。驚くぼくをみて楽しんでいるわけだ。
 そう言う態度にはカチンとくる。予想通りにいかしてたまるか、という反骨精神が湧き上がる。
 ドアノブを下げて扉を開けた。

「――ぼくも、好きだよ」

 ああくそ、ひどすぎる。声が震えかけてしまった。
 カミュはクッ、と腹から息をだして笑う。

「耳が赤いぞ」

 うっさい。
 背中越しでの返事に逃げたからぼくの負け。
 ぼくはせめてものプライドで、ため息を吐くことだけは我慢した。さっさと階下に逃げようとした瞬間、隣からきゃあ、という歓声が上がった。

「アラうれしい。アタシも好きよ、ちゃんのこと!」
「わああシルビアさん!」

 シルビアさんが長い両手を伸ばして、ぼくの頭を抱きしめた。
 わしゃわしゃと髪の毛を乱され、慌ててしまう。

「挙式はいつにする? パレードのみんなも呼ばなくちゃね!」
「ちっ、ちがいます、誤解、誤解ですっ」
「あら~そんなこと言って乙女の純情弄んだっていうの~最低~」

 けらけら笑いながらシルビアさんが言う。開け放された扉から部屋の中を見やって、「あらカミュちゃん」とつぶやいた。

「アナタたちやっとくっついたのね。じれったいんだから。お幸せに~」

 ホールドしていたぼくの頭をぱっと離して、シルビアさんは手をひらひらさせながら浮ついた足取りで階段へと向かっていく。
 ぼくとカミュは互いに顔を見合わせて、ぽかんと間抜けな顔をした。

「……筒抜けだったのか? もしかして」
「まじかぁ~っ」

 恥ずかしすぎて顔から火が出そうなんだが。シルビアさんにだけだと思いたいところだ。


   ***


 朝食を食べた後、予想通り今日は休養日となった。
 自由行動なわけだけど、さてどうしたものか。
 仲間たちがあれこれとしたいことを挙げ始める。

「それなら防具屋に行きたいわ。装備を整えないと」
「俺は宿で鍛錬でもしていよう」
「せっかくじゃから市場に行きたいのう。黄金病の件でかなり経済的にダメージを受け取るようじゃから、すこしでも金を落とさんと」

 ロウさんの言葉はもっともだ。ぼくも頷く。

「確かにそうですよね。じゃあロウさん、ぼくといっしょに」
「お前はオレと道具屋」

 言葉の途中で、カミュが割って入った。ぼくの服の袖をくいくい引っ張って。

「薬草類も準備しとかねえといけねえだろ。あと組み手に付き合ってくれよ。記憶喪失の間、ろくに体動かしてなかったからよ」
「あぁ、それもそうか。わかった。ぼくでよければ相手になるよ」
「なまりすぎてて、お前じゃないと相手にもならねえからなぁ~」
「待てよ、聞き捨てならないなそれは……!」
「はいはい、ケンカしないの。じゃあちゃんはアタシとデートね!」

 シルビアさんがぱんと手を打った。
 が頷いて、今日の方針が決まったのだった。


 そんなこんなで道具屋で聖水やら飲み薬やらを見繕いながら、隣のカミュを見やる。
 カミュがあんなふうに人の会話に割って入るってのはなかなかないことだ。しかも、事前に予定していたわけでもないのに「オレと道具屋」などと。決定事項のように。

「? オレの顔になにかついてるか?」
「いや、カミュは結構嫉妬するタイプなのかと考えてた」

 笑いかけると、カミュはきょとんとしたあと座りが悪そうに「あー、」とうめいて視線をそらした。

「悪いかよ。昨日の今日だぜ、昨日の今日」
「そういうものか? ぼくは特に気にしないけど」
「お前ってほんと淡泊だよな……」
「執着しても自分の心が乱れるだけだと思うと、なんかこう……恋愛に対するエネルギーは必要最小限におさえようとしてしまう」
「それオレに言うか? はあ、今までお前と行き違ってた理由がなんとなくわかったよ、いま」

 耳が痛い話だ。カミュがに惚れていると勘違いしていた件は、いつまでもネタになりそうだ。
 でもカミュはこういうことを引き合いに出していじったり笑ったりはしないタイプだろう。だからこれは、ぼくが勝手に申し訳ない気分になっているだけなのだ。

「勝手に一歩引いて、譲った気になるのはもうやめろよな」

 胸が痛い言葉だ。
 カミュだって、きっと人のことは言えない。カミュはもともと長男気質が板についていて、人に譲ることに抵抗があまりないタイプだ。ベロニカとはしょっちゅう衝突していたけれど、最終的に譲るのはいつだってカミュだった。それに妹さんの一件もあってか、昔はどうにもぼくらと一線を隔てていた。
 だから、この言葉は、――これからは一歩引く気はない、という意思表示でもあるのだろう。

「……ぼく、こう見えて結構過激だぜ。カミュについてこれるかなぁ」
「なに言ってんだ、オレよりよわっちーくせに」

 カミュは嬉しそうに目を細めた。
 うーん、なんとも座りが悪い。してやられてばかりな気がする。頬がすこし熱くなっている自覚がある。クレイモランの極寒の風のせいだ、ということにしておきたい。
 組み手の時には覚悟しとけよ。絶対負かす。
 人知れず決意するぼくの隣に、カミュがいる。
 なんとカミュはぼくが好きだと言う。正直かなり驚きなことで、正直まだ夢なんじゃないのか、と疑う気持ちがある。
 ――でも、それって……幸せな疑いだ。
 これが現実だったら幸せすぎる。もうちょっとなにか不幸が起きないとつり合いがとれないんじゃないか、なんて贅沢な感情だ。
 カミュはぼくを淡泊だと言うけれど、理性がちゃんと仕事をしてくれているだけだ。
 でもカミュがそう言ってくれるなら、すこしは欲望に素直になってもいいかもしれない。好き! という思いをオープンにしたって、ばちは当たらないはずだ。

「カミュ、稽古のあとなんだけど」
「ん? なにかあるのか?」
「抱きたいって言ったら怒る? あ、上下はどっちでもいいんだけど――グハァッ!?」
「お前一回海に落ちて来い」

 思い切りすねを蹴られた。
 くっそ、人体急所をこうも容赦なく……! ぴょんぴょん飛び跳ねて痛がるぼくを放置して、カミュは道具屋のおっちゃんから薬草類を購入する。
 そのまま、ぼくのことなど構わずずんずん歩いて行ってしまう。
 これは結構怒ってるらしい。

「カミュ、機嫌なおせって。悪かったからさ。昨日の今日のデートだろー?」
「だれがデートだ、バカ」

 振り返ったカミュから悪態が飛んでくる。ぼくはすこし、笑いそうになってしまった。
 カミュはいつも通りの表情で、クールを気取っているけれど。
 服の隙間から見える空いた胸元と首筋がほんのり赤くなってちゃあ、ポーカーフェイスも意味がない。
 これはクレイモランの極寒の風のせいか、どうなのか。
 ぼくの問題発言のせいだ、ということにしておこう。





2017/09/29:久遠晶
 前回の次の日。まったり絆を深めていってほしいです。

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萌えたよ こういうのもっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!