しがわれた手を握りたい
大聖堂でひざまづく。
セニカ様の石像に両手を合わせ、一心に祈る。
あの人の無事を。
しばしまんじりともせず祈りを捧げ続けてから、私はふう、と息を吐き出した。姿勢を崩し、立ちあがる。
「関心ですね、さん」
司祭様が私に話しかけてきた。
家での祈りを欠かしたことはなかったけれど、大聖堂でのしっかりとしたお祈りはあまりしてこなかった。そんな私が朝昼晩と欠かさず大聖堂に通い詰めるようになったのだから、司祭様にとっては見違えるようなのだろう。
私は口の端を持ち上げて笑う。
「ベロニカが心配ですか?」
「そりゃもちろん。でもセーニャと二人ならきっと大丈夫とも思ってます」
「信じて待ちましょう。あの二人が勇者様を連れてくることを」
「はい」
一礼をして大聖堂を出る。
高地に位置するラムダの街は肌寒く、風が強い。早朝の空は白くけぶっている。
髪の毛をすり抜けるラムダの風の匂いが、私は好きだ。
大きく伸びをし、一日の仕事に戻る。
井戸から水を汲んで畑の世話をし、よその家の子供たちの世話をする。ラムダは人口の少ない小さな街だから、子供の世話は街全体の仕事なのだ。
お昼になってまた大聖堂でお祈りをする。
自宅に戻り昼食の準備をしていると、うっかり包丁で指先を切ってしまった。
傷口から血がじわりと染み出しぼとぼとと床に垂れていく。
「あわわわ」
慌ててその辺の布で押さえ、止血する。棚から救急箱を取り出して薬草を探すも、ストックが切れていた。
「もう! ついてないなぁ」
これぐらいの怪我で司祭様に回復呪文を唱えていただくのは申し訳ない。私に魔導の才があれば、自分で回復できるのだけど。
ため息をついて料理を中断する。
ひとまず布を指に巻いて傷口を保護し、カゴを持って家を出る。
ここのところ、薬草を採りに行くのをずっとサボっていた。ものぐさせずに、ちゃんと森に入っておくべきだったなぁ。
道具屋で買ってもいいけれど、ろくに来やしない旅行者向けの値段設定だから高いのだ。だから、街の人間で道具屋で薬草を買う人はほとんどいないのだった。
路地の石段を降りて静寂の森へと入る。
子供のころはここでよくベロニカさんと遊んだものだ。
いじめっこにいじめられていた私のもとにベロニカさんが駆けつけてくれて、いじめっこを追い払ってくれた。うえーんと泣いている私の頬を、服の袖でベロニカさんはぬぐってくれたっけ。
……だめだ、寂しくなってしまう。
快活に野山を駆けまわるあの人がいないだけで、こんなにも寂しい。
落ち込みながら薬草を収穫し、ついでに山菜も摘みとっていく。
森の奥へ奥へと入っていくと、気がつけば川のほうまで出ていた。
清涼なせせらぎの音が聞こえる。川独特のしめっぽい空気が嫌いじゃない。
本来ならここで気持ちよく深呼吸のひとつでもするところだけど、私は思わず「ひょえ」と言って固まってしまった。
木々を抜けた先。さきほどまで死角になっていたところに魔物がいたからだ。
にたりと歪んだ大きな口に一つ目、青い肌。それはサイクロプスと呼ばれる巨人だ。
凶悪な面構えとは裏腹に自然を愛する魔物であり、ラムダとは自然保護の協定を結んでいる。だから恐れることはない。
警戒していなかったので驚いてしまったけれど、気のいい種族なのだ。
私は手を振って、サイクロプスの背中に挨拶をした。
「こんにちは~」
「……」
笑いかければ、サイクロプスも棍棒を軽く振って挨拶してくれるのである。
しかしサイクロプスはすこし様子が違う。
私を見つけると、にやりと頬を釣り上げた。どすどすとこちらに向かってくる。
「え? あ、あの?」
「ハラヘッタ……ニク……」
「うわああああ!?」
地鳴りのような呻きが聞こえた瞬間、踵を返して猛ダッシュする。
ちょっとちょっと、協定はどうしたの!?
サイクロプスは木々をなぎ倒すようにして向かってくる。身体の大きさが違うから、すぐに追いつかれる。
「──伏せなさい、!」
どこからともなく声が聞こえる。私は反射的に地面を蹴り、頭を抱えて転がるようにして地面に伏せた。
「爆裂呪文!」
頭上を熱が通過する。背後で爆発音が響き、サイクロプスの絶叫が聞こえる。
じゃり、と地面を踏む音が聞こえる。伏せた視界の端で、見慣れた赤いブーツがちらりと映った。
「失せなさい! さもないとベロニカ様の火炎呪文をお見舞いしてやるわよ!」
「グアアアッ」
サイクロプスが一目散に逃げていく音がする。地響きのような足音はすぐに遠ざかる。
私は思わず硬直して、動くことが出来なかった。
見知った声、見知ったブーツ。顔を上げられない。
だって、この声、は。私が慕ってやまない──。
人の足音が響いてくる。いやに軽い足取りで、赤いブーツが近づいてくる。
私のすぐそばまで歩み寄る。
「もう大丈夫。このへんも物騒になったもんね。けがはない? 」
この声は──やはり。
帰ってきたのだ。
ベロニカさんが。涙が溢れそうになってしまう。
「ベロニカさん! 会いたか──え?」
「え?」
「え?」
顔を上げた瞬間、視界に飛び込んできた姿に面食らう。
赤い帽子に赤いローブ。三つ編みの金髪が木漏れ日を浴びてキラキラ輝いている。凛とした快活な大きな目も見覚えがある──けれど、想定したものではなかった。
私を見下ろしていたのは、ベロニカさんによく似た子供だった。
私が驚くと、金髪の少女も驚いた。
「……え、えーと……」
「あ、そういえば忘れてた。旅の途中で魔物に魔力を吸われちゃってね。抵抗したら若返っちゃって……」
「べろにか……さん?」
「ええ。ふふ、面白い顔!」
少女──若返って子供になったベロニカさんは屈託なく笑うと、地面にへたり込む私の頬を包んだ。
ベロニカさんの手は暖かい。今目の前にいるこの人が本物だと、教えてくれる。
「ベロニカさん、戻ってきたってことは……」
「ええ、そうよ」
「おいベロニカー、どこだー?」
遠くのほうで聞きなれない声がした。男の人の声だ。
ベロニカさんは声のしたほうをすこしだけ睨んで、すぐ手をあげて合図した。
きっと、ベロニカさんの旅の仲間なんだろう。勇者様かもしれない、と思うと緊張してしまう。
「ここよ、カミュ!」
「おお、いたいた。ったく故郷にきてテンションあがるのはいいけど、いきなりどっかいくなよな」
「この子が魔物に襲われてたのよ」
「魔物に? 怪我は平気なのか」
ベロニカさんがコクリと頷いた。子供の姿になっても堂々とした人だ。以前と変わらない立ち振る舞いは、見た目のせいで尊大にすら見える。
青い髪の青年の背後から、セーニャが見知らぬ少年を伴ってやってきた。
私を見るとセーニャはパッと表情を輝かせる。目を細めて、にっこりと笑う。
「さん。お久しぶりです」
「セーニャ……は変わってないんだね。久しぶり……でも随分見違えた」
私は慌てて立ち上がった。服についた泥や木の葉を落とす。勇者様と旅のお仲間がお目見えしているというのに、恥ずかしいところは見せられない。
そんな私を、カミュさんと言うらしい青い髪の人が見下ろした。
「そいつが、例の?」
「そうよ。紹介しとくわね」
例の!? 例のってなんだろう。
腰に手を当てて胸を張るベロニカさんに、急に怖くなる。
「この子があたしの──」
「はじめまして! ベロニカさんの幼馴染のです!!」
気がつけば、ベロニカさんの言葉を遮ってそう叫んでいた。
「……幼馴染?」
「ベロニカさんにはお世話になってて! はい、そりゃもう! みなさんはもう司祭様たちにはご挨拶したんですか?」
「まだ大聖堂には立ち寄ってないですわ。その前にお姉様が──」
「セーニャ、黙んなさい」
「ですがお姉様」
「いいのよ、べつに!」
ベロニカさんが語気を荒くして言い聞かせる。セーニャは少しだけ眉を下げ、そうですか、と引き下がる。関係性は以前と変わっていないらしい。
あれ? そういえば。
「ベロニカさんたちは、なぜここに? 静寂の森にはなにもありませんのに……」
「どーだっていいでしょ、どーだって! あんたに関係ないものっ!」
ふんっ! とベロニカさんが鼻を鳴らしてそっぽを向いた。困惑する話に、カミュさんが肩をすくめる。セーニャが苦笑した。
***
なんとなく……ベロニカさんの機嫌がすこぶる悪いらしい。
ラムダの街はベロニカさんたちの帰還と勇者様を歓迎して精一杯のもてなしをしたけれど、ベロニカさんはずっとむくれっつらで目の前を睨んでいた。
村人に紛れる私と目があうと、ふんっと目をそらす。こちらを見てくれない。
なにか怒らせることをしてしまったろうか。
出発前夜に思いが通じ、やっと再会できたのに。
長旅で疲れているのか、それとも旅の間に仲間の人といい関係になってしまったのだろうか。
考え込むと止まらなくなって、際限なく落ち込んでしまう。
でもベロニカさんはあの夜、私に「待ってていい」と言ったから。
だから私は、太陽が落ち切った夜――宿屋に向かった。
ベロニカさんは魅力的な女性だ。子供の姿に若返ってしまったとしても、それでも人の好意を引き寄せるだろう。だから、ベロニカさんが私ではなく他の誰かを選ぶというのなら、涙を呑んで祝福したい。
そうなったらあの一夜を思い出に、ずっと歩いていこう。
もし振られても、ベロニカさんには涙を見せないぞ、と決意する。
緊張して宿屋の扉を開けると、ラウンジのソファにセーニャが座っていた。
「あら、さん。お姉さまなら二階ですよ」
「こんばんは。……いま、ベロニカさんのところに行っても、迷惑じゃないかな?」
「もちろん。さんが相手でしたら喜びますよ」
セーニャの微笑みには、なんていうか気品がある。双子なのに、ベロニカさんとは所作も表情も全然違う。
思わず見とれそうになる。セーニャのまわりは、時間がゆっくり流れているような感覚になってしまう。
「どうだろ……なんか、怒ってるみたいだった」
「お姉様が、さんに? ふふ、あれは拗ねてらっしゃったんですわ」
「すねる?」
「久々に再会できた恋人に『幼馴染』なんて言われては当然ですよ」
セーニャが眉をさげて困った顔をした。
その表情に、息が詰まってしまう。自分の耳を触りながら視線をそらした。
恋人……私が? ベロニカさんの? というか、知っていたのか、セーニャは。あの夜のことを……。
目を細めるセーニャは、なにもかもお見通し、という表情だ。
「こ、恋人……で、いいのかな、私が」
「決めるのはさんとお姉様です。私は二人を応援しておりますよ」
慈愛にあふれた声だった。
優しい瞳で見つめてもらう資格があるのか、私にはわからない。
「私……ベロニカさんに謝らないと」
「はい。いってらっしゃいませ。お姉様は奥の部屋です」
「ごめんね。ありがとセーニャ」
セーニャに礼を言い、階段を上がる。
奥の部屋の扉がかすかに開いていて、そこから楽し気な声が響いていた。
――ベロニカさんの声。妙にドキドキしてしまう。
「ちょっとカミュ、この本とってくれる?」
「ああ? 自分でとれよ、人を顎で使うな顎で!」
「この身長なんだから仕方ないでしょ?」
「ったく……」
「カミュとベロニカ ってほんと仲いいよね」
「どこが!」
勇者様がくすくす笑うと、カミュさんとベロニカさんのつっこみが同時に起きた。
廊下で聞いただけの私も思わず吹き出してしまう。なんて微笑ましいやり取りだろう。
先ほどセーニャの言葉を聞いていなければ、勝手に勘違いして落ち込んでいたところだ。でも今の私は、落ち込みなんかしない。
扉の隙間から見えない位置で立ち止まって深呼吸。
服の乱れを整えて、気持ちを落ち着かせる。
「あら、ちゃん……だったわよね?」
「わっ」
意を決して口を開こうとした瞬間、背後から声をかけられた。思わず身体をびくつかせると、相手――シルビアさんが「ごめんね、驚かせたかしら」と困ったように笑った。
湯上りらしく、髪の毛がすこしだけ濡れている。
「ご、ごめんなさい。びっくりしてしまって……」
「いいのよ。いきなり話しかけてごめんなさいね」
シルビアさんがにこりと笑う。体格のいい伊達男だと言うのに、立ち振る舞いやしぐさがとても柔らかくて人懐っこそうな方だ。
「用があるのはベロニカちゃん……でいいのよね?」
「――はい。そうです。お休みのところすみませんが……」
「ベロニカちゃん、お客さんよ」
シルビアさんが扉を開けて、ベロニカさんを呼ぶ。本を読んでいた視線が持ち上がり、私を見た。
「カノジョがアナタに会いたいって」
「おおっ、ベロニカも隅におけんのう!」
「……どうだか。単なる幼馴染だし。あたしたち」
ベロニカさんが頬を膨らませる。う、怒ってる。
でも、ベロニカさんは本を閉じてくれた。飛び跳ねるように椅子から床に着地して立ち上がり、私のほうへと歩み寄る。
「明日には始祖の森へと入るんでしょう。その前に二人きりで夜空でも見てみませんか」
「それ、デートの誘い文句のつもり?」
「だめですかね」
「ま、いいわ。あんたにしては上出来ってことにしといてあげる」
辛口の批評をしながらも、ベロニカさんはすこしだけ口元を緩ませてくれた。そのことに安堵する。
ベロニカさんを伴って階下へ降りる。ロビーを通り過ぎるとき、セーニャがにこりと微笑んでくれた。
街の広場まで歩いて、ベンチに座る。ベロニカさんに持参してきたひざ掛けを差し出した。
「ベロニカさん、寒くない?」
「ちょっと寒いかも……」
「こっちおいで、座ってよ」
身を寄せ合って、ひざかけを共有する。指先が触れ合うことにどきどきする。
「あの……さっきはごめんね。ベロニカさん」
「なにが」
「幼馴染とか言って。私、自信がなくて。ベロニカさんのこ、恋人が私だなんて言ったら、勇者様たちががっかりしないかなって……」
「あんたってほんとばかね。他人なんて関係ないのに」
どうして他人の目を気にするの、とベロニカさんは言う。迷いのない声で。
ベロニカさんはこういう人だ。心優しく、決して自分を曲げない。自分の信じるものを信じる。まっすぐ前を見る。
自信がなくて俯いてばかりの私とは大違いだ、とつくづく思う。
いつも私を守ってくれた背中。それを見上げ、追いかけるのではなく、ともに並び立ちたいと思ったのはいつだろう。
ベロニカさんの頬に触れる。子供の頬は私の手にすっぽりと包まれた。
肩を引き寄せてキスをした。記憶のなかよりもくちびるは小さくて、そのことに本能的に混乱する。
「……ん、」
受け入れるようにくちびるが開かれたから、舌を差し込んだ。舌の温度も、感触も、あの夜とは違う。
でも、この胸を焦がす衝動はおなじだ。より強くなってすらいる。ベロニカさんが好きだ。この人の心のなかに入りたい。
身体と身体で溶け合って、この人の奥深くまでもぐりこみたい。心の奥に私以外の誰かがいたら耐えられない。私だけを心のなかに入れてほしい。勇者様を導く使命も、守る使命も旅の仲間もどうだっていい。私だけを見ていてほしい。好きだ。どうしようもない。
真夜中の冷気に冷える身体を温めるようにキスをする。
ややあってゆっくりとくちびるを離した。
「……ベロニカさん。50年や70年ぐらいが経ってさ、私たちがしわくちゃのおばあちゃんになったら、ちょっと若返ったことなんてちっぽけだよ」
おでことおでこをくっつけて、夢想する。はるか先の未来を。ずっと寄り添っている私たちを。
「なによ……あたし、気にしてなんか」
「どうだろ、児童虐待とか気にしなかった?」
「それはあんたのほうでしょ」
ベロニカさんが照れ隠しのように私の髪をひっぱった。もちろん痛くはない。
ああ、なんてちいちゃな手だろう。10年まえ、私は確かにこの姿のベロニカさんに守られていた。
もちろん、今だってそうだ。勇者様を導き、勇者様をお守りする使命を持った人。双賢の姉妹、その姉。私の、誰より愛しい人。
「でも……そうね。そういう未来が来たらいいわね」
夜空を見上げてベロニカさんがつぶやいた。その目は好きじゃない。
その目がなにを見据えているのか、私は知らない。
ベロニカさんがなにを覚悟し、明日に臨むのか、知りたくもない。
「ベロニカさん」
「なに?」
「ベロニカさんが死んだら、私後追い自殺しますからね」
「ふうん――はっ!?」
大きな目が私を射抜く。もっと私を見てほしい。
「だから、命を捨てても勇者様を守るとか、やめてください」
本当はずっとここに居てほしい。勇者様より私を選んでほしい。
でも、ベロニカさんの使命と意思は止められない。止めたくない。だから私は送り出すしかない。
けど……だけど……。
自然と、ベロニカさんの手に重ねた指に力がこもる。
「貴方を待ってる私がいることを、忘れないで」
万感の思いを込めてつぶやいた。
目を見て言うことはできなかった。ベロニカさんの肩におでこを乗せて、すがることしかできない。
小さな肩だ。
あの夜私を受け入れて抱きしめてくれた身体が、今はこんなにも小さい。
肉体が子供になってしまったから、という物理的な理由でしかない。だけど、この身体に多大な使命を負っていると思うと、戦えない自分がもどかしかった。
おてんばだけど、本当は誰よりも優しいひとだ。大局を見据えて、他者への献身をよしとする人だ。
「……」
ベロニカさんが小さな腕で私を抱きしめ返してくれる。
だめだ。情けない。誰より不安なのはベロニカさんのほうじゃないか。
あの夜抱きしめてくれたベロニカさんにお礼がしたくて、私も同じように心を包んであげたくて会いにきたのに、結局私が包んでもらっている。
ベロニカさんがあやすように私の頭を撫でる。髪の毛をすくように指先がたどり――針で刺された痛みが後頭部に走った。
「あいったぁ!?」
「あ、間違えて白髪じゃない毛を抜いちゃった。ごめんごめん」
「え? ええ?」
どうやら毛を二、三本むしられたらしい。ベロニカさんは私の髪の気をふっと息で吹き飛ばすと、呆気にとられる私をよそにベンチから立ち上がった。
「なんか、あたしが明日死ぬみたいな深刻な空気出すのやめてくんない? さー」
「へ? でも」
「このベロニカ様がそう簡単に死ぬと思ってんの? もセーニャもカミュもシルビアも、おじいちゃんだってマルティナだって。全員このあたしが守ってみせるわよ!」
ベロニカさんが腰に手を当ててえっへんと胸を張る。
「だから、後追い自殺なんてする必要ないのよ。あたしは死なないんだから」
「うん……うん」
「――でもありがと、。あんたの気持ち受け取ったわ」
にかっと歯を見せて笑う表情は、私の好きなベロニカさんの表情だった。
「まさかしわくちゃのおばあちゃんになっても一緒にいてくれーなんて、情熱的なプロポーズをされるとは思ってなかったわ」
「ええっ!? い、いや、プロポーズでいいですけど! いいですけど! ちょ、そ、それならもうちょっとかっこいい言い回しにしますから……! や、やり直させて!!」
「だーめ。明日も早いんだから、あたしはもう寝るわ」
「うぐう」
そう言われると止められないなあ。
「……明日、見送りに来てね。。考えてみれば、あんたに勇者を紹介するって言ってたのに忘れてたわ」
そういえばそんなこと前に言ってたな。
あの夜のことを覚えてくれていたのが嬉しくて、私は笑った。
何があってもこの人を待っていよう。追いかけ続けよう。
ベロニカさんはどれだけ先を行っても、きっと歩みを止めて待っていてくれるはずだ。
そう思えば、私はなにがあっても心を強く持ち続けることが出来た。
大樹が燃え尽き、世界に異変が落ちて聖地ラムダも無事では済まなかった。
街のみんなは事態も把握できずに怯えて、勇者様たちの無事を祈った。
でも――私には不安なんてなにもなかった。
いつかベロニカさんが帰ってくる。勇者様やセーニャと一緒に街に顔を出し、「、元気してた?」と笑ってくれると――そう知っていたから。
そうしていつか、長い時の果てまで。しわくちゃのおばあちゃんになるまで、私とベロニカさんは二人で寄り添って暮らすのだ。
2017/10/03:久遠晶
書き終えて泣きそう。
ベロニカがこの後どうなったかは想像にお任せしますが、夢主の言葉でルート改変が起きてちゃんと帰ってくる大団円を信じたいな……。
もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!