争わない三人

 シルビアは、現在のパーティの面々をとても気に入っていた。
 勇者を筆頭とし、相棒カミュ、双賢の姉妹、賢者ロウに武闘家マルティナ。パーティの戦力バランスという意味でなくとも、性格的な面でも釣り合いが取れている。
 特にとカミュのコンビは素晴らしい。カミュが前に出すぎた時にはすかさずが制し、その逆も然りだ。
 デルカダール国を共に追われ、逃げ延びる為に二人手を取り合った。過酷な環境を生き抜いたからか、二人の絆は極めて強固だ。
 若さゆえの血気盛んさか、二人して先走ることもあるが──それはシルビアやロウたち、年長者がサポートしてやればいいだけだ。
 とカミュに、セーニャとベロニカ。
 若さ溢れる彼らのことを、シルビアはとても好ましく思っていた。

 だからシルビアは、彼らのうち誰が恋愛相談をしてきても、全力で力添えをしたことだろう。
 この子に好かれた子は幸せだわ──そう、心から思える者たちなのだから。


 しかし──あぁ──なんということだろう。
 シルビアは目の前で繰り広げられる会話に内心で頭を抱える。腕を組んで、顎に手を当てた。

「いや……ここはが付き合ってやれよ、な」
「でもカミュだって新しい短刀が欲しいって言ってたじゃない」
「いやいや」
「いやいやいや」

 が新しい武器を見繕いたいと言った。するとに思いを寄せるとカミュが諸手を上げ、『相棒が同行すべきだ』と言った。
 お互いに身を引いて相手を立てようとした末の遠慮合戦だ。
 恋のライバルになる気がなく、相手ならを任せられると譲ろうとする。
 もカミュも心優しく、誰かの為に尽くせる人間であることがよくわかる。しかしその様子を見せつけられるシルビアや、本人はたまらない。
 側から見ていると面倒ごとを押し付けあっているようにしか見えないのだ。
 助け舟を出してやりたいが、どちらかに肩入れするのは片方に悪い。かといって、「じゃあちゃんは私と一緒」と言って双方から睨まれたくはない。
 せめて遠慮合戦は宿屋の外でしてくれないだろうか。宿屋のカウンターに立つ女将が、ロビーでのやり取りを見てくすくすと笑いをこらえている。

 シルビアがどうにも出来ずに困っていると、今まで黙っていたベロニカが手を叩いた。
 ロビーのソファーからぴょんと立ち上がり、の腕を掴む。

「じゃあ、はあたしと一緒。それでいいわね」
「いやっ……いやいや! それはダメだろ!」
「ダメだよそれは!」

 突然話に割って入られたカミュとが慌てて止める。その態度に、ベロニカが静電気のような苛立ちを帯びるのがシルビアにも伝わる。
 さっさと告白するなり口説くなりしなさいよ、まどろっこしいんだから──。
 ベロニカの考えが手に取るようにわかる。竹を割ったような性格の彼女のことだから、もっと過激なことを考えているかもしれない。

 しかしカミュとの気持ちも理解できなくはない。
 カミュとがキャンプ場でへの想いを打ち明けた日、その話を聞いてしまったのはシルビアだけではない。ベロニカは業を煮やして「そんなに遠慮しあってるならあたしがもらうわよ!?」と口走っている。
 もカミュも『相手になら任せられる』と考えているだけで、本心では彼女の隣に立ちたいのだ。
 現状ライバルとしてベロニカはもっとも脅威であり、との接触をいやがるのは当然の帰結だろう。
 そんな二人の複雑な心理など知らないのだろうベロニカは、止めに入る二人にムッとした。

「二人ともと武器屋に行くの嫌なくせに、あたしとが二人になるのは止めるってどういう了見よ」
「それは……ねぇ? カミュ」
「そ、そうだよなぁ?……」

 言いにくいことを鋭く切り込んで行くベロニカには容赦がない。
 不機嫌なベロニカと、曖昧に答えるとカミュ。
 なにも知らないがうろたえる。

「え、えーっと……どうしたのみんな……仲良く、仲良くね?」

 わけもわからず泣きそうになった瞳が周囲を見渡し、シルビアを捕らえた。
 すがるような表情をするに、ため息を堪えた。
 ──しょうがないわね、まったく。
 四人に歩み寄り、の肩を抱いて抱き寄せる。これはとカミュへのペナルティのようなものだった。

「みんな遠慮してるなら、今日はアタシが一日ちゃんを独り占めしちゃうからね」
「シルビアさん……!」

 救済の光を得たようなまなざしで、がシルビアを見上げる。
 カミュとは一瞬物言いたげな顔をしたものの、シルビアが相手なら、と頷いた。その態度にベロニカの不機嫌が増すのがわかる。あたしのときは嫌がるくせに、と思ったのだろう。

 ──全くこの子たちったら、本当に。
 
 シルビアは苦笑すると同時に、なんてかわいい子たちだろうと微笑ましくなった。



   ***


「さっきは助かりました。ありがとう、シルビアさん」
「アラ、なんのことかしら? ショッピングに付き合ってくれて、礼を言うのはアタシのほうよ」

 知らないふりをして首を傾げると、は困ったように微笑んだ。
 昼下がりのレストランには人が多い。住民や旅人が席を埋め、ウェイターが駆け回っている。

「わたし、さんやカミュに嫌われてるのかな。最近二人の様子がおかしくて……」

 ――まあ、そういう話になるわよねえ。
 肩を落とすを見ながら、シルビアは考えた。
 親友に遠慮してを譲ろうとする態度は、から見れば二人になることを嫌がって押しつけあっているようなものだ。

「身に覚えがまったくないんです。なんだかベロニカも最近二人にイライラしてて、ちょっとギスギスしてるし……」
「考えすぎじゃないかしら」
「でも明らかに避けられてます。今日だって……」

 なんと返事をすればいいのか悩む。
 嫌われてるんじゃなくて愛されているのよ、と言えば話は早いが、たちの気持ちを踏みにじるだろう。
 ベロニカが不機嫌になるのもわからなくはない。外野としては変によそよそしく振る舞われるより、はっきりと告白してもらった方が気を使わずに済む。竹を割ったようなぱっきりした性格であるベロニカはなおのことやカミュの態度に困っているのだろう。
 シルビアとて同じ気持ちだ。三人の関係に亀裂が入っていくのを黙って見ているわけにはいかないが、かと言って無遠慮に立ち入るのも違う。
 シルビアが返事に悩んでいる間、は肩を落としてみるみるうちに落ち込んでいる。

「わたし、パーティから離脱したほうがいいのかな……。さんにもカミュにも嫌われてるなら、それが一番気を遣わせないですよね」
「まぁ、そんなことないわ! そんなの絶対ダメよ!」
「シルビアさん」

 潤んだ瞳がシルビアを見つめる。
 それもこれも、すべてやカミュが互いに気を遣い合った結果だ。相棒に譲って身を引く美しい友情も、しかし思い人を傷つけていたら意味がない。

ちゃんも、カミュちゃんもちゃんを嫌ってなんかないわ。その……男心は複雑っていうか、なんていうか……。ほら、特にちゃんは、大変な生い立ちと使命を背負っているじゃない……」

 頭を巡らしながら、を納得させうるにたる理由を考える。
 なぜ自分が、に言い訳をしたりごまかしているのだろう。騙しているようで気分が悪いが、嘘は言っていないはずだ。

「──つまり、余裕がないのよ。ちゃんもカミュちゃんも。大人のように見えて、まだまだ子供だもの」
「余裕が、ない……。確かに、勇者の責務も、相棒の役目も、私には想像できないほど重たいものでしょう。パーティのみんなに当たってしまったり、よそよそしくなってしまうのは仕方ないのかも……」

 はシルビアの言葉を受け、勝手に理論を構築して勝手に納得していく。根が素直で優しい子なのだ。
 シルビアはそれをいいことにウンウンと頷いた。もっとスマートにの不安を取り除いてやれればよいのだが、立場上にもカミュにも肩入れできない以上曖昧な態度になってしまうのは仕方がない。

「確かに、あの子たちの反応は最近変だわ。でも、仲間なら受け止めてあげなきゃね。……ひどいこと言われたり、いじめられるなら別だけど!」
「ふふっ、そうですね! 少し心が軽くなりました! ずっと悩んでたので……」
「嫌われてなんかいないから、そこは安心してね」
「よかった。ベロニカさんまで最近ギスギスしてるから、怖かったんです。あの三人に嫌われたら私、泣いちゃうから」

 胸を撫で下ろして、がはにかんだ。緊張のほどけた柔らかい笑みだ。
 その頬の赤みにはパーティ離脱の不安がなくなったことによるもの以上の、なにかがあるような気がする。
 シルビアは瞬きの回数が多くなるを、食い入るように見つめた。ドキドキしてしまう。恋の芽吹きを見つけた瞬間、シルビアは他人事ながらひどく嬉しくなる。美して繊細なものを見つけた喜びに胸がいっぱいになる。

「……もしかしてあなた、三人のうちの誰かに……」
「ええっ! そ、そんなわけ……」

 首を振るの言葉は、じょじょに尻すぼみになっていき、レストランの喧騒の中にかき消えていく。ごにょごにょと語尾をごまかし、はジュースのストローに口をつけて言葉を飲み込んだ。
 シルビアは不用意に突っ込んでしまったことを少し後悔した。反射的にたずねてしまったが、これで肯定が返ってきて、恋愛相談に発展したら少し困る。カミュと──どの名前が出てきても、片方に悪い気分になってしまう。
 だから、が否定するのなら、それがどんなに見え透いた嘘でも引きさがろう、とシルビアは考えた。

 顔を真っ赤に染め上げたは、ストローに息を吹き込んでジュースをぶくぶくと泡立たせながら、ちろりとシルビアを見上げる。

「もう、ちゃんったらお下品よ。泡ぶくぶくさせるの禁止!」
「ご、ごめんなさい。焦ると癖で……。──わ、わたし、そんなにわかりやすく顔に出てますか……?」
「それは」

 眉を下げた困り顔。シルビアは言葉に詰まった。こんな聞かれ方をされたら、否定も肯定もできない。
 カミュやへの気遣いと、目の前の女の子の恋を応援してあげたいという様々な感情がめぐるシルビアの心中を知らないは、ずいっとシルビアへ身を乗り出した。
 気づかぬうちにテーブルの上で握りこんでいた拳を、が掴む。暖かで柔らかい手に包まれる。

「ど、どう思いますかっ!? シルビアさん的に! 脈あるかな!? 避けられてるんだからやっぱり脈なしですかね!?」
「ちょ、ちょっと!?」

 突然の剣幕に流石のシルビアもうろたえる。がテーブルに肘をついて身を乗り出した拍子に、食器やグラスががたりと揺れた。
 その物音に周囲の喧騒が一瞬静まり、シルビアたちのテーブルに視線が集中する。は気づかない。大きな目でシルビアをまっすぐに見つめて、必死な様子で手を握りこむ。

「もうダメなんです。好きなんです。見てるだけでドキドキして……! わ、私じゃやっぱり釣り合いませんかね!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……!」

 そもそも三人のうち誰を好きなのかもはっきり聞いていないシルビアにも答えられるわけがない。この子だろうか、と目星はつくものの、確信があるわけではなかった。

「私、私──。お願いシルビアさん、本当のことをはっき言ってください……!!」

 顔を真っ赤に染め上げるはとても可愛らしい。困らせたくなるし、この子に好かれた相手は幸せだ、と思う。心から。
 シルビアはゴクリと唾をのみ、覚悟を決めた。
 こんなに真剣な目でシルビアに相談を仰ぎ、どうか本当のことを言ってくれと訴えている。
 カミュやに対する遠慮はあれど、この瞳を見てなお知らぬ存ぜぬを突き通せるシルビアではない。

 ──ちゃんやカミュちゃんたちには悪いけど、アタシはこの子の恋を応援するわ。

 心の中でそう謝罪し、シルビアは目元をゆるめて微笑んだ。
 空いていた手をの手へと重ねる。

「貴方にそう言われて、嫌がるコはいないわ。ちゃん、アタシは──」

 思ったことを素直に口に出そうとした瞬間、ハッとしたシルビアは口をつぐんだ。
 ピリッと背筋に突き刺さる、殺気めいたものを感じたからだ。
 慌てて視線を横にやると、仁王立ちしたベロニカがテーブルのすぐそばに立っている。
 地鳴りのような重低音が鳴りひびかんほどの迫力に、シルビアはひくりと口元を引きつらせた。

「べ、ベロニカちゃん……ど、どうしたの?」
「レストランがどこも埋まっていましたので、相席をお願いしようかと……」

 ベロニカの傍らに佇むセーニャがゆるりと微笑む。呑気な様子だが、ベロニカは笑っていない。

「お二人で何を話していらっしゃったんですか? 恋のお話なら是非私も伺いたいですわ」

 セーニャの言葉に、シルビアはと繋いだ手を慌てて離した。
 しまった。よからぬ誤解をされたかもしれない。が顔を真っ赤にしてうろたえているのだから、誤解はさらに加速しているだろう。

「……邪魔したんなら、帰るわ。シルビアさんが相手なら嫌がる理由もないもの」

 ぼそりとベロニカが言う。シルビアやが弁解する暇もなく、踵を返してレストランを出ていってしまった。

「お姉さまったら、どうしたんでしょう?」

 意味に気づいていないセーニャが首を傾げてキョトンとした。


   ***

 さてはて、その後もとカミュの遠慮合戦は変わらなかった。ベロニカの態度も表面上は変わらない。しかし、シルビアやと二人きりになるのを嫌がって、さりげなく距離をとる。
 どうやって誤解を解いたものかとシルビアが悩んでいると、不意にそれは起きた。

 キャンプ泊が決まった日。
 焚き木用の枝や食料を探して森に入った時、不意にベロニカに話しかけられた。
 ロウやマルティナ、セーニャが物資を探してキャンプ場を離れている隙を見計らって呼び出された。
 やカミュ、シルビアを前に、ベロニカは少し居心地の悪そうな顔をした。息を吸って気分を整えて、ベロニカは意を決した様子で口を開く。

「あたし、が好き! 譲れないから! よろしく! ……それが言いたかっただけ。ごめんね、シルビアさん」
「オレたちにはなにもなしかよ!? ていうかシルビアもおっさんも……まさか……」

 まさかライバルなのか、という視線を向けられ、シルビアは苦笑した。
 ハキハキして、物怖じしないベロニカの態度はとても好感がもてるが、彼女はとても重大な勘違いをしている。真剣に悩んで自分たちをこの場に呼び出したのだろうことはわかっているが、だからこそシルビアには微笑ましかった。
 ──なんてかわいくて、なんて誠実なのかしら。この子たち、全員大好きだわ。

「アタシはちゃんとはそういうのじゃないから、三人とも頑張ってね!」
「え? そ、そうなの? あたしてっきり……」
「アタシ、三人の誰かに肩入れする気はないけど、ちゃんの恋の味方ではあるから、よろしくね??」

 シルビアは言うだけ言うと踵を返して、女神像に守られたキャンプ場を離れて物資を探しにいった。カミュたちもシルビアを追いかけることはしない。

 きのこや木の皮を剥ぎながら、シルビアは思う。
 今後とカミュ、ベロニカ、の関係は大きく変わるだろう。遠慮し合っていたとカミュだが、ベロニカがはっきりと宣言をした以上は黙ってはいられまい。
 三人に言い寄られたら、はどんな顔をするだろう。きっとオロオロとうろたえて、それは可愛い顔をするに違いない。

 パーティ内の恋愛沙汰は不和を生むからご法度だ──とは俗に言うが、あの四人であれば痴情がもつれることはないだろう。
 ならばシルビアは信頼関係の崩壊を考えて胃を痛めたり慌てるより、彼らの恋愛模様を外野として楽しむべきなのだ。
 結局の恋の相手は聞けなかったが、困り果てた彼女が相談してきたら、その時は全力で相談に乗ろう。
 それが、残りの三人のためにもなるはずだから。

 流浪の旅芸人シルビアは、普段は固定のパーティには入らない。街から街へと移動する際、臨時でパーティを組むだけの刹那的な関係しか作ってこなかった。それが人脈を繋げ顔を広める手段でも合ったからだ。
 今はこのパーティにいたい、と強く思っている。勇者がなにを成し遂げるのか見たい。世界中の人々を笑顔にするため旅をする芸人として、世界を救う旅に同行したい。
 彼らがなにを見て、なにを感じるのか見ていたい。
 そう考えて、シルビアは自分が思っている以上にこのパーティそのものが大好きになっている自分に気がついた。





2017/12/31:久遠晶
 スランプ中。復帰用に書いたもの。  ベロニカ参戦の兆しが見えたものの、ネタが思い浮かばないため続きません。だから代わりに考えて。
 ということで、今後こうなるとうれしい、こうなってほしいなどありましたら下のフォームから送っていただけるとうれしいです。詳細であればあるほどありがたいです。

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萌えたよ こういうのもっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!