かさぶたぶたぶ剥がしてススメ!


 タイジュの国は、森のなかにひときわ大きく立った大樹に作られた国だ。
 大樹の枝を切り、中を彫り、家を作る。大樹は我々民と寄り添い、共に成長していく。樹齢は何万年と言われているけれど、こまかいところは把握できないぐらい昔の昔のそのまた昔――というやつだ。
 なにせ国が作れるくらいの大きな木だから、生活は大変だ。うっかり地面に落ちてしまったら生きていない。旅の扉からの移動がほとんどだ。
 それでも、私はタイジュの国から引っ越したいとは思わなかった。
 私たちを支えてくれる命の木。国そのものだった名もなき大樹が好きだった。

 ――なんでこんなことを今話しているかって? 決まっている。

 朝起きたら、地面に寝ていたからだ。

 肌寒さに目を覚ませば、切り立った岩の上に身体があった。
 周囲を見渡してもなにもない。木がない。森がない。葉っぱがない。ただただ崖。岩。砂。

「えっ!? な、なに!? 家は? タイジュは? わたぼう様は!?」

 タイジュの守り神たる精霊様の名前を呼んでも、反応がない。
 風の冷たさと心細さに身震いする。
 寝てる間に、旅のとびらを開けてしまった?
 そうとしか考えられない。タイジュの民は足での移動よりも、旅のとびらというワープ装置での移動を主にする。夢遊病の自覚はないけれど、寝ぼけて動き回ったあげく、家にある旅のとびらから変なところにワープしてしまったのだろう。
 手早く腰に手をやる。
 ……パジャマなので、当然武器がない。
 そもそも未成年に武器は危ないからと、お母さんが持たしてくれないけれど。
 ため息を吐く。家に帰ったらどやされるな。

 ようくあたりを見渡せば、山々の間からお城のような建造物が見えた。街に行けば土地の名前がわかるし、タイジュへも帰れるはずだ。
 しかし、裸足で夜通し歩き、やっとのことで街についたわたしを待っていたのは――ひどく衝撃的な言葉、だった。

「タイジュの国? どこだい? そんなもん」
「ここはデルカダールだけど………」
「旅のとびら? タイジュ? 意味わかんないこと言う子だね、もう」

 とにかく街の人が冷たい。そして治安が悪い。
 パジャマ姿で裸足の私がよほどみすぼらしく浮浪児のように見えるのか、街の人は私が話しかけると嫌そうに顔をしかめるのだった。
 タイジュの国について尋ねても、誰もが知らない、と言う。これは浮浪児をいじめているのではなく、本心からの言葉のようだ。
 ダメ元でもう一度街の人に話しかける。人のよさそうなご婦人は、私の言葉にいぶかしんでから、ああ、と手を打った。

「タイジュ? ああ、命の大樹のことだね」
「命の大樹……?」
「ほら、あれのことよ。おじょうさん命の大樹も知らないのかい?」

 ご婦人は空を指差した。その指先をたどり、私も空を見上げる。
 空の上に島が浮かび、大きな木が生えてきた。

「あの葉の一枚一枚が私たちの命。葉が一枚落ちれば人も一人死に、また芽吹く時にはこどもが生まれる……」

 伝承の話だけどね、とご婦人は笑う。
 確かに、いかなる魔法的アプローチなのかわからないけれど、空に浮かぶ大きな木を見れば、そんな伝説が生まれるのも納得というものだ。
 タイジュの国であんなもの、見たことがないけれど……。
 あれだけ大きい浮島なら、タイジュの国からだって見通せるはずだ。年々成長を続けるタイジュの木は標高何千メートルという高さなのだから。
 逆に言うと、タイジュの国からは見えないということは、よほど遠くにワープしてしまったということか。
 ――そこまで考えて、はたと気づく。
 これでは、理解のプロセスが逆だ。

「あっ、ち、ちがいます! 私たぶん、あそこから落ちてきたんです!!」

 必死に訴える、
 なんらかの理由でタイジュの国が地面から浮いて、そこから落ちたと考えたほうが理論的に妥当な気がする。
 しかし私の言葉を聞いたご婦人は「あっはっは」と笑い、「面白い子だね、ほんとに」と言った。

「もし病院から抜け出してきたんなら、さっさと帰んなさい」
「あ……」

 だめだ、頭の変なひとと思われたらしい。
 このまま話していてもらちがあかない。地理に詳しい人に地図をもらわなきゃ――と思ったころ、曲がり角から兵士の姿が見えた。
 私を見つけると、ああ、と頷いて駆け寄ってくる。

「そこのきみ! こんな時間になにしてるんだ!」

 職務質問だ。私はとっさにダッシュで逃げる。
 兵士さんにきけば一番手っ取り早いとは思いつつ、あそこで捕まったらどうしようもない気がした。


 街の外まで出て兵士さんを撒いて、肩で息をする。
 いったいここはどこだろう。デルカダールなどという国、聞いたことがない。
 旅のとびらでワープしてしまったのなら旅のとびらを見つけないといけないし、空に浮かんだタイジュの国から落ちてしまったのなら、なんとかしてあそこに戻らないといけないのだ。
 しかしながらそのための手段がない。
 「そうびE:ぬののねまき」であるところのわたしは無一文の浮浪者に等しい。
 しばらく路銀を稼ごうにも、どこのうまのほねとも知れないパジャマ姿の私を雇ってくれるところなどないだろう。
 つまり詰んでる。
 どうしよう。
 街に戻ったらまた兵士に見つかりそうだし、そうなると色々面倒くさい。保護してもらえればいいけれど、不審者として投獄されてしまったらかなわない。

「あっ、頭の悪そうなニンゲンがいるぞ!」

 頭を抱えていたら、草むらの方からそんな声が聞こえてきた。

「あいつなら脅かせるかなぁ……どうだろうなあ……やるだけやってみるかぁ……」

 心の声がだだもれだ。
 しばらく待っていると、草むらがガサガサ動き、やがてなにかが飛び出してきた。

「わあっ!!」

 透ける水色、ぽよんぽよんのボディ。どこからどうみてもスライムだ。
 私の顔までジャンプして、大口を開けて叫んだスライムは、ぽてんと地面に落ちると無言で私を見つめてきた。

「……なんで驚かねえんだよ……」
「いや、だって、そこにいるのわかってたし……」
「うわっ、俺たちの言葉がわかるのか!?」

 ぴきーぴきーと鳴きながら驚くスライム。
 そんなに驚くようなことでもない。モンスターマスターに憧れるのであればまもの語の読解は必須スキルだろう。
 そう、つまり私はまものが好きだ。なので驚くことでもない。

「そりゃあ、わかるよ。わからない言葉もあるけどね」
「変な人間がいたもんだなぁ、その服装で察するべきだった」

 痛いところを突いてくる。
 スライムはじとっと私を睨んだ。思う反応をとってくれなくて、気分を害したらしい。

「まあいい。それなら実力行使だ……食われたくなきゃ、有り金寄こせ!」
「うわぁあっ!?」

 不意にスライムが跳ね、私の右腕に噛みついてきた。慌てて左腕で引きはがそうと力を入れるも、柔らかい身体はぬるりとすべってつかめない。
 痛い痛い!
 確かスライムに噛まれたときは炎を近づけると驚いて離れるんだったか。そんな簡単に火なんて起こせないよ!

「うわああ痛い痛い! やめて! 離して!!」

 スライムの身体をべしべし叩く。その辺の石を掴んで、右腕にあざができることも構わずスライムを叩きまくる。
 そのかいあってかスライムの牙が外れた。

「なにしやがる! 痛ぇだろうが!!」

 今度は顔にのしかかられた。重くはないけど息ができない。鼻と口にゼリーが入り込んでくる。
 バランスを崩し、膝が折れて腰を地面にしたたかに打ち付けた。

「むぶぶっ……!!」

 スライムは私の顔に身体をぐいぐいと押し付けてくる。すぐに酸欠になり、肺が痛みはじめる。

「んんーっ! むぐ……ッ!!」

 口の中に入り込んだスライムの身体を思い切り噛んでやる。
 地面をまさぐり、指先が掴んだ木の枝で思い切り殴りつけた。

「あいっったー!!」

 痛みに飛び上がったスライムがぴょんぴょんと跳ねる。そこをひのきの棒で真横に殴りつける。
 街を取り囲む塀にストライクしたスライムは、数秒塀にくっついたあと、ずるずると地面に落ちていく。

「ま、参った!!」

 スライムがこてんと横たわる。こころなしか身体がべしゃべしゃになっている。たぶん、あともう一突きしたらとろとろになるだろう。

「やめて! 殺さないで! ボク悪いスライムじゃないよ!!」
「さっきいきなり襲い掛かってきたでしょ!?」
「まものの世界はいつでも弱肉強食なんだよ!!」

 命乞いの態度じゃないな。というか、その理論で行くと殺されても文句は言えないと思うんだけども。
 まあ、別に構わない。別に私も取って食うつもりはないのだ。

「殺さないよ。そのかわり、教えてほしいの」
「そりゃ、オレがわかることなら何でも言うけど……あっ、住処は教えないぞ! 仲間は売れない!」
「乱獲もしないよ! えぇっと、あそこなんだけど……」

 空を指差す。天空高くにそびえる島と木を指し示すと、スライムは首をかしげた。あたまのさきっちょがプルプル揺れる。

「命の大樹か?」
「あそこへの行き方を教えて。あそこから落ちたんだと思うんだよね、私……」
「命の大樹から落ちた? そりゃいい、お前は妖精かなにかかよ」

 やはり命の大樹という呼び方がこの地方では一般的なのか。
 あの空に浮かぶ大樹がタイジュの国という確証はないけれど、いまはそこに向かうしかない。
 旅のとびらで異世界に来てしまった、という可能性が一番濃厚だけども、誰も旅のとびらを知らないって言うんだよね。
 私自身、異世界に来てしまったと考えるよりタイジュの国からおっこちた、ってほうが安心する。果てしなく遠いとはいえ、目の前に目的地が見えるから。
 そういうことにしておきたいのだ。

「行き方なんかしらねえよ、スライムだぜオレは」
「ううん、せめて旅のとびらかなにかがあれば……たどって戻れると思うんだけど」
「旅のとびら? 旅立ちのほこらのことか?」
「え?」

 スライムはぴょん、と軽くジャンプした。少し休んで回復したらしい彼/彼女は、顔をある方角に向けた。東……かな、多分。

「旅立ちのほこらなら、向こうにあるぜ。鍵がかかってるみたいで、なにしたって開かないけどなー」
「それだ! お願い、そこに連れてって!」
「ええ、めんどくせぇな……わかった、わかったからひのきのぼうをおろせって」

 どうにも立場ってものがわかってないらしい。脅してむりやり言うことを聞かせるのは本意じゃないけれど、私だって必死だ。
 お金もないし恰好も恰好だから、ご飯も食べれない。早く家に帰ってあったかいシチューを食べたいのだ。
 ふてぶてしいスライムはいつもへらへら開いてるくちびるをへしまげたあと、「案内してやる。ただし」と言った。

「最近、オレたちのなわばりをベビーパンサーに荒らされて困ってるんだ。退治してくれたら、いくらでも手伝ってやるぜ」
「ええぇっ」
「頼むよ。オレたちもともとは丘のほうにいたのに、あいつらが暴れるからどんどん行き場がなくなって、餌にもありつけなくなってよぉ……」

 確かに、弱いスライムがこうして国のすぐそばに出現することなど、普通はありえない。生活が困窮していることは確かのようだ。
 さて、どうしたものかな。そう思ったのは一瞬だった。
 困っている――まものがいて、それをどうにかしてあげれば協力してくれると言う。
 モンスターマスターを目指す者たるもの、いたいけなまものには優しくすべし。
 そうであれば、選択肢などあってないようなものだった。

「わかった。出来る限り頑張ってみるよ」
「よっしゃ! そうと決まれば、さっそくベビーパンサーどもの住処に案内するぜ」
「でも、私が行ってどうにかなる相手かな? ベビーとはいえパンサーでしょう」
「パンサーとはいえベビーだぜ。人間にとっちゃ子猫も同じだろう。それとも猫嫌いか?」
「猫ちゃんは好きだけど」
「じゃあ大丈夫に決まってる。猫じゃらしでめろんめろんにしてやれ!」

 どういう根拠か、スライムはやたらと自信ありげにその場を飛び跳ねた。
 まものの回復力はすごいもので、しばらくじっとしていただけであらかた体力が戻っているようだ。
 お調子のいいスライムに違和感はあったけど、まあ、乗りかかった船だ。
 モンスターマスターに憧れる少女として、たまたま出会ったスライムの頼みを聞くのは悪くない。

 空を見上げ、天空にそびえる『命の大樹』を眺める。
 今後のことを考えるとうっすら頭が痛くなる。けどまあ、タイジュの英雄であるテリーくんは慣れないタイジュの国で子供ながらに星降りの大会で優勝してみせた。
 だからまあ、泣き言なんて言ってられない。むしろステップアップのための大事な一歩だと思っておこう。

「目指せ、でんせつのモンスターマスター! 目指せタイジュ! えいえいおうっ」 

 ひとりでこぶしを握り、決意を高める。
 と、そのとき腹の虫が鳴る。スライムは困ったように顔をしかめた。

「……そんなんで大丈夫かあ?」
「なに言ってるの。サバイバルブックを読みふけった私の生活力、見せてあげるよ」

 私はにやりと笑い返す。
 でもベビーパンサー退治の前に、まずは腹ごしらえからかな。
 私はおなかを撫でて苦笑した。




2017/09/22:久遠晶

 試験中。もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります。
萌えたよ まもの夢需要あるよ! 誤字あったよ 続編希望!



 11のまものたちが本当にかわいくてかわいくて、夢が書きたいー!仲良くなりたいー!! とわめいた末に突発的に書いたもの。
 女の子はドラクエ外伝の『テリーのワンダーランド』のタイジュの国からトリップしてきた設定。
 見知らぬ土地でもめげずに、モンスターマスター目指して頑張りつつタイジュの国へ帰るために旅をする。道中、11主人公たちやグレイグたちとニアミスして協力したりすれ違ったり……みたいな話。の予定。は未定。
 ゲーム内でセリフのあるまものならまだしも、完全に私の妄想でしかないまものの夢なんて需要あるのか……?
 とか、続きがあるのか微妙なところもあり公開を悩んでいたもの。考えてみれば私得コーナーとして出せばよかったんだ!。というわけで出した。

 も~~スライムナイトとかがほんとかわいいんですよね。メイデンドールにしまわれたい人は私だけはないはず!!
 続きがあるならベビーパンサーと戦ってるときにモンスター討伐に来たグレイグやホメロスと出くわして「このおじさんこわっ!!」「この浮浪児、モンスターと会話できるのか? アヤシイ奴め!!」ってなったりする。かもしれない。