優しい人
優しいのはあなたですよ、と、不意に不夜城のキャスターが言ったので、岡田以蔵は面食らった。何を突然、と眉をしかめてから先ほどの会話を思い出す。クエストにて先陣を切って敵を斬り、不夜城のキャスターをかばって怪我をした。慌てる不夜城のキャスターは彼の負傷に甲斐甲斐しく世話をした。
その際、気恥ずかしさと謝意を込めて、「人斬り相手に優しくするなんて」と皮肉めいた言い方をした。
その後すぐマスターが近寄って負傷を癒したので、語り部の彼女は何も言わなかったが。カルデアに戻った今、その返事をしたのかもしれない。
そこまで推理をできたものの、言葉の意味はわからない。人斬りは優しさの対極にある称号だ。
だから結局、以蔵の返事は最初に思った言葉となる。
「何をバカなことを、いきなり言うとんじゃ」
不夜城のキャスターはゆったりと微笑んで、「以蔵さんは普遍的なものを持っていますから」と言った。
「はぁ? わしゃ頭が悪いがが、わかるよーに話せ」
「カルデアには過去の英雄や亡霊が多くいます。困難を乗り越え、神を退け、勝利を手にした英雄です。現代の価値基準がインストールされているとはいえ、どうしても自分の生前の思考を押し付けてしまいがちで……私も含めて」
誰に対してかを不夜城のキャスターは言わなかったが、マスターのことだとすぐわかった。
魔術回路も未熟で、治癒魔術も満足に使えない一般人。本来なら人理焼却に巻き込まれ死んでいたはずの少女。それがフランスの反転した聖女を倒し、アメリカを横断し、生命の始祖を打ち倒した
普通の人間にさせるべき行いではない。マシュにしてもそうだ。
英雄のやるべき仕事を小さなその身で引き受けて、血反吐を吐きながらも前に進んだ──いや違う。今も前に進んでいる。漂白された人類史を、自らの未来を勝ち取るために。
「語り部は物語を俯瞰する人間です。当事者にはなれません」
突き放したような物言いは、何より自分に言い聞かせているふうでもある。
「私はあの方の物語を、ハッピーエンドで終わらせたい。ですがそれは、あの方の人生を英雄譚にしてしまうことでもあって……悩ましいところです。でも以蔵さんは」
「……なんじゃ」
「等身大で、あの方の境遇に怒ってくれる」
不夜城のキャスターが、ひそやかに微笑んだ。
以蔵は「あ~」と頭を掻いた。言わんとすること、指し示していることが見えた気がする。
自分は傷ついて当たり前だ、と思っている節のあるマスターの腕を掴んで、かみつくように吠えたのは記憶に新しい。
――おまんのそういうとこが嫌いじゃ。
と。
怪我を隠して浮かべる、出来の悪い笑顔に、どうしようもない嫌悪感が湧き上がったからだ。
以前のマスターはこうではなかった。天真爛漫で、春の陽だまりのようなぬくもりがあった。
それがどうだ。ノウム・カルデアに以蔵たちが再召喚され、再会したマスターは、酷く笑顔が巧みな女になっていた。
以蔵は人斬りだ。それしか出来ない。しかし逆に、どうあっても以蔵がいる限り、彼女の手は汚させない、と誓っていたのに。
座に還っていた間に――彼女は。
「わしゃ、なんも出来ん男じゃ」
「私も、なにも出来ない女です」
――それでも。
マスターに何が出来るのか考えてしまう。
「だから、以蔵さんは、優しい人ですよ」
不夜城のキャスターはそう言って笑う。
以蔵は面映ゆくなって、「そんならやっぱ、おまんがいっちゃん優しい」と呟いた。
2019/08/28:久遠晶