欲望の吐き出しどころ
安宿の一室、エドガーは緊張の面持ちでソファーに座っていた。ブーツの爪先はせわしなく床の絨毯を叩き、組んだ手はぐにぐにと握りこむ動作を繰り返している。
ため息をつきながら背もたれに深く寄りかかる。安物のソファーが固く背中を跳ね返す感触が、これが現実だとエドガーに語っていた。
「私もヤキが回ったものだ」
自重しながら、濡れた髪をかきあげる。水差しからコップに水を注ぐと、思いきりコップを傾けた。
いっそ安いものでいいから酒を煽りたかった。そうすれば、この状況に備えることも、逃げることもできただろう。
備え付けのシャワールームから響いてくる水音を聞きながら、唇からこぼれた水を乱暴に拭った。
「終わったぞ」
ややあって湿気と共にシャワールームから出てきたは、いつもと同じ軍服を着込んでいた。湯上がりで頬は紅潮し髪も濡れているが、それ以外に目立った変化はない。
平然としたに、エドガーもいつも通りに挨拶を返す――しかしいつもの貫禄はなく、僅かに上ずってしまう。
「お前も飲むか」
「ああ、いただこう。喉が乾いた」
王様は気が利くな、と軽口を言いながらは肩をすくめた。
二人きりの宿泊に緊張しているのは、エドガーだけであるらしい。
とはリターナーの時代からの付き合いだ。
当時のは男装し身分を偽っていて、それにエドガーはコロッと黙られた。リターナー同士、立場の差はあれど男同士の友情を培ってきた――と思っていたエドガーは、先日偶然に真実を知ってしまってかはというもの、との付き合いかたがわからない。
『お、おおお、おまえが、おんな!?』
『……だから、王様にだけは言いたくなかったんだ』
頭をカナヅチで殴られたような衝撃は、今もエドガーの耳元でゴウンゴウンと響き続けているのだ。
「……時に王様。ベッドにはどっちが寝るんだい」
そうなのだ。
町にたどり着いた頃夜は遅く、宿はダブルベッドの部屋しか空いていなかったのだ。仕方がないと割りきったものの、冷静になって緊張と動揺が押し寄せているのが現在だ。
「身分的には王様が寝るべきだと思うが?」
「おまえが寝ろ」
「さすがにレディには優しいな」
嫌味なのか皮肉なのか、がニッと笑う。 エドガーは苦笑した。
「ま、ありがたくお言葉に甘えさせていただくよ。じゃないと納得してくれなさそうだ」
「おいおい、靴は脱げよ」
「んー」
がベッドにぼふりと腰をおろし、そのまま寝転ぶ。手を使わずに爪先で靴を脱ごうとするにエドガーはため息をついた。
無防備すぎる。
靴を脱ごうと足を動かす度にかっちりとした軍服が包む小振りの尻が揺れ、エドガーの欲望があおられているというのに。
昔ならばともかく、いまのエドガーはが女だと知っている。のことは友人だと思っているが、女という事実に戸惑い、意識してしまうのは当然の話だ。
そして宿に二人きりという状況に意識し、下世話な欲望が呼び起こされてしまうのも当然だと――エドガーは自分を正当化してしまいたくなる。
「……確かに、レディをソファーで寝かす訳にはいかない。お前をベッドで寝ないと私は納得しないが」
「んー? それがどうかしたか」
ソファーから立ち上がるとギシッと音がした。そのままゆらりとベッドサイドまで歩く。
「二人でベッドに寝るって選択肢もあるんだぜ」
起き上がろうとしたの肩をつかんで、ベッドに戻す。そのまま覆い被さると、は驚いた顔をした。
「お、おお、王様は私にも欲情できるのか」
「……お前な」
間近で見るの顔は真っ赤に染まっていた。うろたえなかばパニックになる表情に嫌悪がないことを知って、エドガーはそのまま指を進めた。
「や、あの、王様、その、」
「誘ったお前が悪いんだ、暴れないで静かにしなさい」
「さ、さそってない! さそってない!」
初々しい反応に笑いが止まらない。ちょっと怯えさせたら止めてやろうとおもっていたが、こんな反応は煽るだけだ。
「嫌ならばきちんと抵抗しなさい」
「いやっだから……あうっ」
先ほどとは真逆のことを言いながらするするとボタンをはずして軍服を脱がしにかかる。
可愛らしい声だ。快楽に染まって前後不覚になった状態での嬌声は、これとは比べほどにならないほど美しく、淫らに違いない。
欲望がじわじわと理性を侵食していく。この女が心身ともに屈服し、快楽に狂う姿を見たい。痴態を自分の手で引きずり出してやりたい。
胸を露出させると、が息を飲む声が聞こえた。
性別をかくし戦いに明け暮れていた体はあちこちが傷だらけだ。
いたわるようにキスを落とすと、頭上で吐息がもれでる。しかし本気でいやがるそぶりはないから、エドガーはそのまま行為をエスカレートさせていく。
乳房の先端で色づくつぼみを口に含む。甲高い声が、エドガーが舌を動かす度にあがった。
すぐに固くなっていく乳首が愛おしい。
へこんで筋肉の凹凸がうっすらとついた腹筋は、肉の剣を差し入れたときの心地よさを容易に想像させた。いたわるようになでさすると、むず痒いのかがからだをよじる。
「まっ……おうさ、まっ」
エドガーの頭をの指が掴んだ。その瞬間乳首をあまがみすると腰がはね、抵抗のための指はすがり付くようにエドガーの髪の毛を乱した。
あばらを撫でる手を下におろしていき、ぴっちりと閉じたふとももをなだめるようにさする。早くズボンのベルトをはずしてしまいたいが、にはじっくりと事を進めるべきだ。
「ひゃ……ふあ、あの、うっ」
「他の男とこういうことをしたことは?」
「あるわけないだろっ!! ――はぅっ」
「そのわりには感じやすいんだな」
「息吹きかけっ……ん、なっ」
エドガーの思うがまま乱れていく声とからだが楽しくてしかたがない。
快楽になれていないからだをあやして、ねっとりと愛撫していく。そのうちいやがるそぶりと言葉はなくなり、ただエドガーに翻弄される吐息だけが吐き出されていく。
かわいいと思った。
戸惑ってぴくぴくと震えながら、エドガーにされるがまま反応を返すからだのしたの少女を心からかわいいと思った。
今まで男だと思っていたのか信じがたいほどに、かわいらしかった。
はじめてを奪って、一時のたわむれでなく、これから先のすべてを掌握して、妻としてしつけて――そう思う途中で、はっと我に返る。
がばりと起き上がると、情欲に潤んで焦点のあわない瞳とかちあった。
「ぅあ……これで、」
おわり? と独り言のような呟きはしたったらずで、甘えた色があった。
ほほを赤らめての泣きそうな顔は、通常ならば胸が痛くなっただろう。たまらなく興奮した。膝小僧をすりあわせて腰をもじつかせる姿は、間違いなく不満の現れだったからだ。
「物足りなさそうだな」
「ぇ……ぅあ」
唇を掻き開いて親指をねじ込む。ちらいとみえる紅い舌と白い歯をみながら、そういえばまだキスをしていないと思った。
覆い被さると乱された髪の毛が肩からぱさりと落ちて、の頬をかすめた。そのまま距離をつめて、唇に吐息を吹きかける。
「続きをしてほしいなら……」
――私を脱がせてごらん
そうささやいて洋服のボタンに手をかけさせる。
びくついて震える指がエドガーの欲望を解き放ったのなら、もう、エドガーは二度とを逃がす気はなかった。
2014/9/2:久遠晶
試験中。もしいいね! となりましたら送っていただけると励みになります!