迷いなく言えること
レイチェルのことで苦悩するセリスが、他人事とは思えない。
ロックが死に別れたかつての恋人、レイチェル――彼女のためにロックは魔石フェニックスを探し、世界を冒険していたという。
セリスにとってその事実は、どんなにかつらいことだろう。
過去があるからこその現在とはいえ、死してなおロックの心に居る彼女の存在はあまりに大きい。受け入れていても、時折彼の心にかつての恋人が大きく鎮座していることが、つらくなることもある。
わかる。
わたしもセリスと同じだから――。
「今日はダリルの命日なんだ」
飛空艇の甲板で、手すりに身を乗り出した彼は言う。囁くような呟きは風に遮られ、それでも私の耳へと届いた。
世界のどこよりも高い位置に私たちは居る。山々と澄み渡る青空を眺めて目を細める彼はどんな気分だろう。
ダリル。それはセッツァーの親友の名だ。飛空艇ファルコン号を所有し、誰よりも早く空を駆けることに命を懸けた女性。
――俺はいつでもあいつの後を追いかけていたのさ。
かつてセッツァーは、墓からファルコン号を取り出したときにそう語った。
ダリル亡きあと、セッツァーは地中深くにファルコン号を埋め、その場所にダリルを弔った。ファルコン号が盗まれないよう、巧妙に罠を仕掛けて。
大量の資財をつぎ込んだはずだ。
あの墓の大きさはそのまま、ダリルへの愛の深さなのだと――そう思う。
「どんな人だったの?」
声を掛けると、セッツァーは目線だけを私の方にやった。すこし驚いたような表情は、私の存在に気づいていなかったのか、声を掛けられたことに対してか。
「ダリルはもう居ない。感傷に浸るのはガラじゃない」
ゆるりと笑って、セッツァーは両腕をひろがた。それは分かりやすい『抱き締めてやる』のサインだ。
促されるまま歩み寄りながら、私も笑った。なるべく優しく、微笑んだ。
「無理に過去を振りきる必要もないわ」
「お前」
「聞かせてほしいの。このファルコン号の持ち主のことを。そして、あなたの惚れた女性のことを」
「……参ったな」
セッツァーは私の腰を抱きながら、もう片方の手で髪をくしゃりと掻きあげる。弱ったように、歯を見せて唇をつり上げた。
「お前はいつから、そんな良くできた女になったんだ」
「さぁ。抱いてくれるのがいい男だからじゃないかしら」
「言ってくれるな」
くっくと笑うセッツァーの目は、優しい。私だけを見ていてくれる。
時たま空を見つめる視線に不安になるのは――きっと、私の杞憂なのだと思う。それでも不安だった。
私はダリルの代わりなんじゃないか。或いは、マリアの、セリスの代わりなんじゃないか。
セッツァーは誠実な男だ。そんなことをしないと知っているからこそ好きになったのに、好きだからこそ不安になってしまう。
「安心しろ、俺が愛してるのはお前だけだ」
「セッツァー」
セッツァーが私の方を引き寄せる。
雲の中を切り裂いていくファルコン号。その豪風から身を守るように、セッツァーがわたしをコートの中へと招き入れる。私は彼の胸板に頬を擦り寄せて、抱き返す。
とくとくと心臓の脈動を肌で感じる。その感触を、彼がこうしてくれる事実を信じたい。
「命日なら、お花を供えないとね」
「いや、ファルコンを使うことこそが弔いだから今さら――いや、いいな。たまにはそれも」
セッツァーは風にあおられる私の髪を撫で付けながら、いたずらっぽく笑った。
「俺の花嫁の姿を、ダリルにも見せてやらねぇとな」
「それ、プロポーズ? もっとムードのあるところで言ってよ」
「ムードなんか式の時にあれば十分だろ」
有無を言わせない口調に、私も笑った。
心底かっこいいと思うのは惚れた弱みだろうか。多くを語らず、言い訳もしない。この男のそんな性質に、私は心底惚れ抜いている。
そうであるならば、過去を思って悩むなど無駄な話だ。
目の前にいるセッツァーがどうしようもないほど好き。その感覚を信じている。
きっとセリスも同じ結論に達しているのだろう。だから私たちは、惚れた男の隣に立っているし、立てるのだ。
「愛してるわ」
臆面もなく言い放った私は、きっと人生で一番輝いて、きらめいて、なにより気高い表情をしているだろうと思った。
2016/08/05:久遠晶
ツイッター内自主企画「一日一夢」にて書いてた小ネタです。
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