ロクセリ前提エドガー夢
ブラックジャック号で待機中、カジノで遊ぶ面々を見てが顔をしかめた。人数分の飲み物をトレイに持ったまま、扉の前で立ち止まっている。
それに気づいた私は薄く笑い、彼女に声をかけた。
「やぁ。お前もどうだ。帝国でカジノにいったことは?」
「そりゃすこしはあるが……エドガー、ガウに賭け事を教えるなよ。とんだ王様だな」
は、誰も使っていないブラックジャックテーブルにトレイを置いた。隣のテーブルでチェスをしていた私それを受け取り、 仲間たちに順々に回していく。
不意にの顔が歪んだ。コップを持ち上げたところで硬直し、コップを受け取ろうとしていた私の手が空を切る。
視線をたどれば、セリスがセッツァーとカードゲームをしているところだった。唸るセリスの後ろで、ロックが指示をだしている。
セリスを後ろから抱くようにしてカードを指さすやり取りはいかにも親密だ。 私は妙に、ハラハラした気分になってしまう。
「だからなセリス、これを捨てて……」
「こういう娯楽、はじめてなのよね。ロックのアドバイスがなきゃ絶対勝てないわ……!」
セリスの言葉に、がぐっとくちびるを引き結んだ。私が止めるより早く、ロックの背中に歩み寄る。ロックの首根っこを掴むと、はセリスのそばから引き剥がした。
「セリス様、お茶をお淹れしました。……ところで捨てるのでしたらその手札ではなく、こちらの方がよろしいですよ」
「あら、そうなの?」
「ええ。わたくし賭け事にはなかなか強いほうでして。どこぞの泥棒よりはよほど自信がありますよ」
笑いながらの言葉には、明らかにロックへの嫌味がにじんでいる。
セリスは気づかない。促されるまま、手札の一枚を場に捨てた。
「まあ、確かにさっきロックの言うようにやってまけたものね」
「なんなんだよー……さっきは悪かったって」
ロックは困ったような視線を私に向けた。怒らせるようなことをしたか? と問いたげな視線に、私は肩をすくめて苦笑する。
ロックは鈍感だ。セリスもまた、自分の気持ちに明確な自覚はないだろう。
「殿は従者の鑑でござるな」
向かい側に座るカイエンが、不意に口を開いた。
カイエンは三人のやり取りを、かなり微笑ましく思っているらしい。私には到底、微笑ましくなど見えないが。
は帝国時代、セリスに仕える一般兵だった。セリスを追って帝国を裏切るほど、忠誠心は強い。
セリスとティナの両方にいい顔をしているように見えるロックに反感を持つのは、仕方がないだろう。
「主に恋人ができることは、従者にとっても喜ばしいことでござる。しかし、主にふさわしいのかと疑い敵視してしまう気持ちも確かにありますからなぁ。ま、青春でござる、青春」
「……それはいいんだが、早く次の手を打ってくれないか?」
「どう考えても詰みの気がするでござる。てやっ」
「チェックメイト」
「ま、待つでござるっ~!」
カイエンの悲鳴を無視してキングを取り上げながら、の方を見やる。
セリスと談笑するの瞳は柔らかい。その目だけを切り取れば、確かに微笑ましくもあるだろう。しかし。
あれは本当に、従者としての危惧や嫉妬なのだろうか。
を見るとかすかな違和感がいつも胸をよぎる。
それはなんだろう、と思って考えを巡らせてもなかなか答えはでなかった。
しかし志を同じくし仲間として共に戦ううち、徐々に違和感の形ははっきりしていった。
そして強い確信に至ったのは──。
崩壊していく瓦礫の塔からの脱出中だった。
セリスが立ち止まり、ポケットから落としたバンダナをつかむ。その瞬間、一際大きい揺れが私たちを襲った。床板が落ち、セリスの体が宙に浮く。剥き出しの鉄骨をどうにか掴むが、そこから起き上がれない。
無事な私たちも体を支えることに精一杯で、助けに行くことができない。そんななか、ロックだけが揺れる床板を蹴り上げ、セリスの元へと走った。
「俺はもう、手を離さない!」
迷いのない手がセリスを掴み、その体を一気に引き上げる。
ロックを見つめるセリスの、一人の女としての色めく瞳。
それを見つめて、は立ちすくんで呆然としていた。
絶望的な表情に、私はすべてを理解したのだ。
「……先にいくぞ」
の肩を掴んで、無理矢理に先を促す。力の抜けた体はおとなしくそれにしたがった。
ダンジョンから無事脱出し、取り戻した平和に歓喜する一同のなかで──の顔にだけ表情がない。
***
ファルコン号のカジノスペースで、が一人酒を煽っている。髪の毛をグシャグシャに乱し、苛立ったようにため息を吐く。その背中に声をかけた。
「ずいぶんと荒れているな」
「エドガー」
「隣に座っても?」
ワイン瓶を不愉快そうには顔を背けた。構わず、隣に座り込む。
「止めてくれるな、今は飲みたい気分なんだ」
「止めないさ。失恋したらみなそうなる」
「失恋?」
ハッ、とが鼻で笑った。アルコールのせいか鼻を赤らめ、瞳孔が開いた目を大きくひらいてあざわらう。
「私が誰に恋してたというんだ」
「セリス。そうだろう」
「……なにを。あの方は将軍だ……それに」
「たとえ同性でも、始まった恋は簡単に止められるものではないよ、」
は言葉につまり、不愉快そうに顔を歪めた。
否定する気も笑う気持ちもないのだと、どうかわかってほしかった。
ただ見ていられないだけだ。
私の言葉はよほど予想外だったのだろう。目を瞬かせは辛い顔をして黙り込む。
無自覚な思いに名前をつけることは罪だろうか。現実をより思い知らせ、やり傷付ける結果になってしまうのか、私にはわからない。
「今日はとことん付き合うよ」
「誰も……頼んでないよ」
口ではそういうものの、は出ていけとは言わなかった。
静かにグラスを傾け、ちびちびとウィスキーを飲む。私が来たことでペースは遅くなる。それに安堵する。
「別に恋ではなかったさ」
どれ程の時間がたったのか。不意にが呟いた。酒が弱いくせにウィスキーをあおる姿は悲壮感に溢れている。
「恋じゃない」
なにも言っていないのに、自己弁護する。
「あの方は女性で……私はあの方が求めるものを差し上げられない」
痛々しい純愛だった。
本人すら忠誠心と誤解してしまうぐらいひたむきな純情。
常勝将軍セリスとそれに仕える一般兵という図式は、二人が帝国を裏切ったあとも変わることはなかった。
セリスがケフカの元へと返ったときもそうだし、世界のあり方が覆ったあの日もそうだ。はいつだってセリスを信じていた。 世界が一度壊れ、一度私たちは散り散りになった。再び出会うまでの間に、多くの仲間たちの心は折れてしまっていた。
──仲間を探す旅は、同時に仲間の心を癒し支えを取り戻す旅でもあったのだ。
しかし再会したの目は、輝きを失せてはいなかった。
「セリス様と再会できる日を待ち望んでおりました」
以前よりも傷の増えた身体で膝をつき、セリスに頭を垂れる様子は、セリスに仕えることそれだけが自分の存在意義だと信じているようだった。
いつでもは、国ではなくセリスという人間に支えていたのだ。
「昔、魔導の実験に参加したんだ。あいにく適正がなくて……廃棄されるところを、あの方が拾ってくれた。セリス様は命の恩人なんだ」
ウィスキーを舐めながら、はセリスとの出会いをぽつぽつと語る。
俺はその言葉を聞きながら、同じように酒を飲む。
剥き出しになったの心は傷だらけで、触れれば簡単に壊れてしまいそうな危うさがある。
「口説かないのかい、エドガー。今なら誰にでも身を任せられる気分なんだが」
「生憎だが……」
もたれかかるの肩に手を回す。
「傷心の女性と、想い人がいる女性には手を出さないことにしているんだ」
は目をひらいて、静かにため息をはいた。視線が逃げ場を探してさ迷い、落ち着けずに眉が震える。
「誰もみていない」
立ち上がろうとする肩を掴んで無理矢理に椅子に戻す。
抱き締める手が乱暴になったのはが屈強な女だからだ。力づくでなければ、は抱き締められてはくれない。
涙を見せることを恥とする、強い戦士だ。
しかし、恋をすれば一般人と変わらない。
腕のなかで水音がし始める。止めどなく溢れるものは私の服にしみこみ、胸板に生ぬるさを伝える。そして、すぐに外気で冷たく濡れていく。
抱き締めた肩は筋肉質で分厚いが、男のものでは断じてない。
この双肩にどれ程の思いを抱えあげ、何年間胸に秘めていたのだろう。
私はため息をついて気を落ち着かせながら、天井の照明をじっと見つめていた。
2016/07/24:久遠晶
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