女武闘家とエドガー



 全くもって似ていないな、とはつくづく思う。
 歩き方、表情、身のこなし……どれをとっても、目の前の国王との親友は――マッシュは似ても似つかない。二人をそろえて立たせても、誰も兄弟とは思わないだろう。

 マッシュと出会ったのは、雪の降り積もるコルツ山でのことだった。修行の為山に籠ったは、あろうことかゴルギアスと遭遇してしまった。
 冬眠するだけの栄養を得られず、住処が雪に埋もれて消えてしまった『穴持たず』だ。こうなると普段は往なせる魔物も難敵に変わる。やっと見つけた獲物によだれを垂れ流すゴルギアスは、なにがなんでもを捕食しようと牙を突き上げてきた。
 暴風雨のような突進に振り回されるようになりながら避ける。
 槍を構えて必死に威嚇し、牽制するものの、空腹で血走った目をするゴルギアスには通用しない。なにしろゴルギアス狩りは数人で撹乱しながら罠に突撃させ、気を失っている間にとどめを刺すのが定石だ。
 一人きりで遭遇すれば死は避けられない。
 自身はゴルギアスをひとりで討伐したことは何回かあるが、それは平時の話だ。凶暴な『穴持たず』ではなかったし、雪に足を絡まれることもなかった。
 絶体絶命――そんな時、を助けたのがマッシュだ。
 協力してゴルギアスを狩り、肉を切って焼いた。おなじテントの中で夜を明かし、修行方法や武術の理念を夜通し語りあった。
 マッシュは実直で、鍛錬を積んだ武闘家だ。は彼の鍛え抜かれた身体に宿る、崇高な精神に感服した。

 しかし――。
 対するマッシュの兄、エドガーはどうだろう。
 フィガロの国王、女と見ればところ構わず口説き倒し、それを礼儀だと思っている――禁欲的なマッシュとは似ても似つかない。それなりに鍛えてはいるようだが、武闘家のマッシュには遠く及ばない。
 マッシュとエドガーが兄弟だと知ったとき、はなにを冗談を、と思った。
 国王としての責務を負ってきたエドガーと、武闘家としての鍛練を積んできたマッシュを簡単に比べることはできない。与えられた時間を、全く違う使い方をしてきた。
 わかってはいる。わかってはいるが……。

「やはりまるで似ていない」
「私とマッシュがか」

 突然声をかけられ、は戸惑った。
 執務中のエドガーが書類に向かいながら目線だけをに寄越している。
 目元は少し似ているかもしれない。澄んだ湖の色は、が慕う色だ。唯一、エドガーの好きな点だった。

「気づいていたのか。仕事中だったから、終わるまで待ってようと思っていたのだが」
「途中で熱い目線に気づいてな。で、どうした?」
「失礼した。邪魔だったか」
「なに。レディに見つめられて悪い気はしないよ」

 は言葉に詰まった。むっつりとくちびるを引き結び、眉根を寄せる。

「武闘家として生きると誓った以上、女は捨てている。そういう扱いはよしてくれ!」
「それは失礼」

 エドガーは羽ペンを走らせる手を止め、笑いながら肩をすくめた。は鼻を鳴らす。
 女武闘家になると周囲に言った時、が浴びたのは嘲笑だ。女のくせに、と、自分よりも弱い男たちに常に舐められてきた。それは屈辱だ。鼻っ柱をへし折って地に伏せさせて尚、彼らは「手加減してやったんだ」とうそをついてを侮辱する。
 マッシュだけだ。マッシュだけは性別関係なしにの力量を認め、技を高め合おうと拳を合わせてくれた。
 その兄が腑抜けた男であると、は認めたくはない。

 の心中を知ってか知らずか、エドガーはふっと笑う。

「随分と悩んでいるようだが……」
「ん?」
「マッシュを落とすのはなかなか大変だぞ。あれは十年前よりも朴念仁になっているからな。私に言わせれば全く人生の半分を損しているとしか言えないが……」
「な、な!?」
「好きなんだろ、マッシュが。恋愛相談をしに来たのかと思っていたが……違うのか?」

 エドガーはキョトンとした顔でを見つめた。小首をかしげた瞬間に肩に掛かる金髪が揺れ、青いリボンが震える。
 は動転して、手をブンブンと振ることしか出来ない。

「いやっ……そ、そのっ! 違う!」
「きみがそう思うなら構わないが」
「……私はただ、マッシュの誕生日に何を渡せばいいのかと……」
「もちろん相談には乗るが、私の誕生日であることも忘れないでくれよ」
「あっ」

 は思わず声を上げた。双子の兄弟だとわかっていたが、エドガーのことなど眼中に入っていなかった。

「あ、いや、ちゃんと考えていたぞ。うん。ただ国王に私が献上出来るようなものは……」
「ククッ。いいよいいよ、気使わなくて。ほんと嘘が下手だなきみは、」

 慌てて取り繕うを片手で制し、エドガーはくっくと笑った。
 歯を見せず、口許を抑える笑みは上品だ。だがやがて腹に手を当てた笑いになり、のけぞって大きく声を出した。
 大きく口を開けた快活な笑みは、マッシュに似ている。

「あっはっは、きみは面白いやつだなぁ。まあいいさ、だが相談料は高くつくぞ、ああ、面白い」

 目元をぬぐい、ひいひいとエドガーは喘ぐ。は恥ずかしくなって、ほほを染めてむっつりと黙り込んだ。
 エオガーはフィガロの国王である。リターナーのことや、マッシュの友人、という縁がありこうして二人きりでの謁見を許されているが、本来ならば言葉を交わすことも出来ぬ関係だ。
 念頭に置くべきであることはわかっている。王と国民、という関係であればだってかしづいて敬語を使ったろう。
 しかし「友人」という関係になると、エドガーそのものへの反感がどうにも敬意を忘れさせる。
 それはエドガーのせいでもある。「女扱いはやめてくれ」と再三言っているにもかかわらず、女性を口説くような言葉をにかける。それによりが憤慨する様子を、エドガーは好んでいるらしかった。

「……そんなに笑うなよ……」
「むりだむりだ、これで笑わないほうがどうかしてる。安心するといい、打ち首になどしないからっ。ははははははっ」

 笑いのツボに入ったらしく、エドガーはまた吹き出した。
 敬意を払う必要などないのかもしれない、とはふと思った。
 国王としての敬意など、うんざりなだけなのかもしれないと――閉じた密室の空気を吹き飛ばすような笑い声のなかで、は思ったのだ。
 大口を開けて、大声を出して笑う。その姿はマッシュにダブる。
 おそらくは、これがエドガーの素なのかもしれない。

「あなたは……やはりマッシュの兄だな」
「うん? そうだぞ、性格も立ち振舞いも似ていない、今となっては顔立ちも大きく違うが――それでも私はマッシュの兄さ」

 城を出奔した弟を語る目はなにより優しい。詳しい経緯は知らないが、王位継承権の争いや、お家騒動などのしがらみは二人の仲には関係ないのだろう。
 ――立ち振舞いが似ていないのは、あえてそうしているだけだろう。
 そう思ったが、は口には出さなかった。国王としてのエドガーを思い出させることは、この場では無粋だ。
 は不思議とエドガーを好ましく思っていた。そして、相談にのってもらった暁にはエドガーへの礼とプレゼントも渡さねば。
 さて、この国王様にはなにを渡せばいいだろう。
 国王の身ではまずお目にかかれない、下町で作られるとびきり安い工芸品がいいだろうか。それとも身体に悪いジャンクフードがいいだろうか。
 なんにせよ、エドガーという男には気取ったものより、素朴なもののほうがいいだろう。





2017/08/05:久遠晶
 似てないけど似てる兄弟ですよねって話。
 あと、エドガーは王族だからめっちゃいいご飯食べてると思うんですけど、本人の好みとしては仲間と狩ったイノシシの炙り焼きを尊ぶ……とかだったらいいなぁと。盗賊として過ごせるぐらいには粗暴さも表に出せるわけですし。
 王族らしからぬ一面にマッシュとの共通点を感じたい。

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