世界の彩り
ちいさなキャンパスのなかに、青空が生まれていく。頬杖をついて目の前の景色を眺める。
停留中のファルコン号の窓辺で、リルムは無心に、絵の具をキャンパスに塗りたくっていた。ひと塗りするごとに色彩が増し、富み、世界が形作られていく。
キャンパスを睨むリルムの横顔は凛々しい。窓から差し込む柔らかな陽を受けて淡く光っているようにすら感じる。
まるで、リルムそのものが静謐な絵画のようだ。
私はリルムが描き出す絵画と、リルムそのものに見とれてぼうっとしてしまう。
なんて上品な昼下がりだろう。
まどろみに浸っていた私の耳に、ふと、雑音が入った。
扉を叩くノックの音だ。それは二回続いて、気づいたリルムが描画の手を止める。
「……ん、なにー?」
「私だ、エドガーだ」
「あ、色男か」
リルムの返事を受けて扉が開く。
紅茶をトレイに乗せたエドガーが、リルムと私に微笑みかけた。
「絵画の休憩に、私とティータイムはいかがかな」
「おっ、いいねいいね! 気が利くじゃん色男!」
リルムが勢いよく立ち上がった。元気のよさにエドガーが笑みを深める。
仮にも一国の王様にお茶を淹れさせるとは、なんて子供だ。嬉々としてお茶を持ってくるエドガーもエドガーだが。
苦笑しているとエドガーが首をかしげ、それから思い至ったようにはにかんだ。
「こう見えてカオスドラゴンの爪はお茶請けになるんだぞ」
……別にトレイに乗っている物騒なものが気になっていた訳じゃない。
思わず吹き出してしまう。
エドガーを好きだなぁ、と思うのは、こういうところだ。繊細そうな見た目と類稀な聡明さを持ち、それでいて機械開発に明け暮れ、また粗野なところもある。
エドガーはどこまでもフィガロの王だが、それだけではない多角さと人間の深みがある。
「なんかさ、いま、エドガーとマッシュって兄弟なんだなぁって思ったよ」
「あ、わかる。筋肉だるまと色男ってへんなとこで似てるよね」
「そうか? あまり自覚はないんだがな」
丸々十年会ってなかったのにそんなに似てるのか、と、エドガーは面映ゆそうに口許を緩めた。きゅっと口の端を持ち上げる表情は、やはりマッシュのそれと似ている。
「会ってなくても通じあってるものがあるのかな、いいね兄弟って」
「見た目はぜんぜん違うのにね。いいなぁ~」
熱い紅茶を冷ましながら、リルムがなんてこともなく『いいなぁ』と呟いた。その言葉の重みにエドガーと二人ではっとする。
たしか、リルムには血の繋がった家族がいないのだ。愛嬌の深い義父しか家族が居らず、友人もいなかったと聞いた。それはどんなにか孤独だろうか。
「……じゃ、リルム、この戦い終わったら私の子供になる?」
「は?」
気がついたら妙な言葉が口から出ていた。リルムもエドガーも眉をあげ、目を真ん丸にして私を見ている。
しまった、アホなこと言ってしまった。しかし撤回はできない。
「いや、ほら、私も家族居ないから……帝国に、その」
「ああ、うん、そうなんだよね、でもいきなりだなぁ」
「今後の身の振り方をかんがえたときにね、もう私も故郷がないから、どうしようかなーって思っててさ。とりあえずしばらくはゆっくり旅でもする気なんだけど、よかったらリルムもって。もちろん、そのあとも」
「それで家族にならないかってぇ? もーろくじじぃもいるからなぁ」
リルムが頭をわしゃわしゃ掻きながら難しい顔をする。一笑にふされると思ったけど、意外と真面目に考えてくれているらしい。
「の子供になるとしてさー」
「うん」
「それって、がもーろくじじぃと結婚するってこと?」
「は?」
私が聞き返すのと同時にエドガーが蒸せた。口を押さえて震えるエドガーにあわててハンカチを差し出す。
「だってそういうことでしょ? いいの、あんなんで? おじいちゃん遺産もろくにないよ」
「いやそういうことじゃないって! それだったら私がストラゴスの養子になってリルムと姉妹になるよ!!」
「君たちはなんて会話をしてるんだ」
エドガーの震えた声は咳混じりでかすれている。相当深く気管に入ったらしい。エドガーの背中をさすりながら、私も苦笑する。
アホらしい提案だと呆れられてしまうだろうか。
私の予想とは裏腹に、咳が収まったエドガーはくつくつと笑っていた。
「一緒に戦うのが君らでよかったよ、私は」
「え、えぇ~? それバカにしてる? 結構真剣なんだけど」
「バカになんてしてないさ。うん。リルムやと出会えてよかったよ」
エドガーの笑いはとどまるところを知らない。
困った私もリルムと一緒に頭を掻いた。
ふと視線をやった窓の外は、つかの間の青空が失せ分厚い雲におおわれている。
ケフカによる「裁きの光」のあと、世界から緑は消え、暖かな陽も姿を見せなくなった。私たちが青空を拝めるのは、真昼のほんのわずかな間だけだ。
一年前から続く代わり映えのしない光景。
帝国とケフカに家族を殺されたとき世界そのものを憎んだけど、あのときよりもさらに世界は色褪せ、つまらないものになっている。
だけど、それによって結ばれた縁があるのなら。
――この世界にだって、意味はある。そう思いたい。
「私もみんなに会えてよかったなぁ」
「なに、色男もも。気持ち悪いなぁ」
照れるリルムの悪態なんて、大した問題にならない。
きっとみんな、心は一つだ。
2017//:久遠晶
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