双葉の恋
サラリアンは理知的で理論的。無駄を嫌い、効率を求むと俗に言われています。
私の父もそうでした。
卵を産み育てる。管理された交配。その独特な繁殖方法から、サラリアンは愛を理解できない。彼らにとっての夫婦の絆は友情に近く、合理的な利害によって結ばれることがほとんどと言われていますね。
しかし、この点において私の父は模範的なサラリアンを大きく逸脱していました。
父は愛を知った。狂おしい情熱の灯火で胸を焦がし、それを『愛』と認識し、恋に落ちた。
それがサラリアンならよかった。恋だなんだってのが珍しいとしても、同族に惚れるのであればまだ理解はできる。
それは……それなのに……ああ、ヘドが出る。
父はよりにもよって人間の女と恋に落ちたんです。
新陳代謝が激しく感情の切り替えが早いサラリアンと、その倍は生きる人間の恋。アサリならばともかく、はっきり言って異常だ。
それに応えた人間もどうかしている。
聞いた話では人間が父に一目惚れし、猛烈アタックしたらしい。父はそれにコロッといってしまったわけだ。
互いの親族から後ろ指を指されながら、それでも手を取り合い愛に殉ずる二人はなんと美しいことだろうか。ヘドが出る。
愛が美しいのは、物語のなかだからだ。現実でやっちまったら、空想と区別のついてないはた迷惑な自己陶酔野郎ですよ。
随分と悪し様に言うのだな、ですって?
そんなの当たり前だよ。私を見てください。
「サラリアンと育った人間がまともに育つと思いますか? 私を見てればわかるでしょう」
背もたれにもたれ掛かり、は自分の胸に手を当てて自信満々に言ってみせる。
食堂で夕食を食べながら、セインはなんと言えばいいのかわからず、ふむ、と唸った。
この船には人間が多い。人類史上主義のサーベラスに、サラリアンに育てられた人間がいるとは興味深い。
単なる世間話から発展した身の上話に、セインは身を乗り出して質問を返す。
「サラリアンと育つとどういう弊害があるんだ」
「まずあまり寝かしてもらえません。彼らの平均睡眠時間は1時間、人間は8時間。理解力の問題からサラリアンの授業について行けないしなによりいじめられます」
熱の入った返事は早口だ。
サラリアンの特徴であるハキハキとした滑舌と早口が、彼女がサラリアンとともに育った、という言葉にそれなりの真実味を与えている。
ノルマンディーでの任務に志願し、搭乗員であるとの交流が始まってそれなりの時間が経つ。物静かで穏やかなタイプと思っていた彼女の意外な一面に、セインは少し舌をまく思いだった。
「生きる早さが違うんですよ、人間とサラリアンって。私が十五歳の頃父が死んだんですけど……泣き濡れる私にみんなはキョトンとしててさ、『三十五年で老衰死なんだから嘆くことじゃないだろ』ってね……」
「それは……」
「一緒に泣いてくれた兄弟も、次の日にはケロリとしてた。感情の処理が早いんです。どうしてそんなに引きずるんだって不可解そうに言われました。さすがに目眩がしましたね」
セインは眉をひそめた。
ドレルも過去を忘れず、思い出すことに長けた種族である。喪失の悲しみも当時のまま保存できてしまうドレルとしては、彼女の気持ちはよく理解できる。
「悲しみの乗り越え方は人それぞれだ。異種族であればなおさら違う」
「そう。その通り。でも当時の私は思春期だったし、そういう当たり前のことがわからなかったんです」
テーブルに頬杖をつき、は眉根を寄せてため息を吐いた。サラリアンとの思い出には色々考えるところがあるらしい。
「ですので異種族間の恋愛には否定的です。当事者だって不幸になりますよ、あんなの」
「ふむ」
セインは顎に手を当て、考えこむそぶりを見せた。
異種族間の恋愛に対して、セインとでは価値観に大きな隔たりがあるらしい。
「感情は理性でどうにかなる問題ではない。気がつけば頭を埋め尽くし、衝動を湧き上がらせるものだ」
「『そうらしい』ですね。よくわかりませんが」
「恋をしたことがないのか?」
「サラリアンは理性的ですから。サラリアンに育てられた私も、普通の人間とだいぶ違うのかもしれませ――」
彼女の言葉は尻すぼみになって消えていく。向かい側に座るセインをまっすぐ見つめていた視線が、背後へと移る。
ついで背後から聞こえてきた足音は規則正しく、重厚だ。この響きは、ギャレスの足音だろう。
「少佐」
「あら、ギャレス」
ギャレスが近づいてくるにつれ、の表情が色めき立つ。
セインたちのテーブルの横を通過しながら、ギャレスがシェパードに声をかける。はその背中を、じっとみつめている。
まばたきを忘れ、固唾を呑んで。
頬を染めながら。
「少佐、主砲のアップグレードに関してなのですが」
キッチンテーブル越しに ガードナーと話し込んでいたシェパードがギャレスの声に振り返る。
「ああ、その件なら次駐留するときに改造しましょう──それと次の任務では──」
小型通信端末のホログラムディスプレイを覗き込みながらの二人の会話は物々しい。互いの肩が触れていることに、二人は気づかない。
はその様子をじっと見つめている。それは少年がプラモデルを組み立てるような目でもあったし、あるいは手の届かないドレスを眺める少女のようでもある。
喜びと羨望と嫉妬が入り混じった瞳は、セインにある一つの確信を突きつけた。
──彼女は、ギャレスが好きなのだ。
サラリアンと人間のカップルに育てられた彼女が、同じく異種族を愛するようになる。その流れに違和感はない。
なにより、恋は理屈ではない。セインも知っている。
「難儀な相手に恋をしたものだな」
「んんんっ!? な、何の話ですか」
がコーヒーを吹き出しかける。
むせて咳き込みながら戸惑ってセインを見つめる瞳に、セインは静かに息を吐いた。
ギャレスはシェパードと話しこんでいるから、セインとの会話には気づかない。気にもとめていないのだ。
それは当然ではあるが、同時に残酷なことでもある。
――難儀な相手に恋をしたものだ。
船内に色恋沙汰を持ち込んで、クルーの調和を乱す気は毛頭ない。
毛頭ないからこそ、厄介なのだ。
……お互いに。
ギャレスの気配を意識して横目でやりとりを盗み見るは、セインの視線に気づかない。
セインは、彼にしてはめずらしく肩を落とし、がっくりと落ち込んだ。
この気持ちは、きっとまだ恋や愛と呼べるものではない。ゆっくり自分のなかで咀嚼し、育てていくべき感情の芽吹きだ。
先は見えず、道のりは長い。セインの寿命はの失恋と立ち直りを待ってくれるほど気長ではない。
それでも、セインは胸に芽吹いた庇護欲に似た気持ちに感謝していた。
2017/09/28:久遠晶
元々続き物でやろうとしていたネタだったのですが、うまくいかずにこういう形で放流。
続き物予定だったから夢主の設定が多いと言う。
サラリアンと恋愛したら、当人より子供が苦労しそうだなと思った次第。