空の友ジェットファイア



 何万年もの長い戦いがあった。きっかけも勃発した日付も原因すらも誰も覚えていない戦争だ。
 その長い、我々の時間から見てもきわめて長い年月の中でも――彼のようなものはいなかった。ひとりとして、誰も。

「憎しみあう関係に疲れたって言ってた」

 西海岸の風に目を細めながら、静かにサムが言う。彼は種族こそ我々と違うが、かけがえのない友であることに変わりない。
 海岸線を見渡せる丘で、トレーラートラックに擬態した私はサムと共にいた。

「すぐにわかった」

 私は、短く答えた。
 私もサムと同じように、海岸線をじっと見つめている。

「ローレシア海溝の、深く下。ジェットファイアをそんな場所に沈めるなんて、夢みたい」
「あぁ」

 サムは力なく笑った。不満の色は、私に対するものだ。
 彼のボディを海に沈める決定をした、私への不満だ。

『俺のパーツを使え、オプティマス』

 赤い目に警戒がよぎらなかったわけではない。だが、低く威厳ある声で紡がれた言葉に、私はすべてを理解した。
 彼もまた戦いに疲れ、安住を求めた――そう、私と同じ存在なのだと。

「ジェットファイアは……今まで、価値ある行いをしてこなかったと言った……。でも違うんだ。彼がいなければプライムの墓にたどり着けもしなかったし、なによりあの時僕とミカエラを助けてくれた。それは……十分……」

 価値ある行いだったはずだ、とサムは呟いた。か細く力ない言葉は、人間であれば風にさらわれ聞き逃していたはずだろう。
 沈んだ声にあるのは、友を失った嘆きだろうか、死なせた後悔だろうか。
 おそらくは両方だろう。

 あの時サムがその思いを叫ばなかったのは、それが無駄だと知っていたからだ。
 彼はすでに覚悟を決めていた。制止の言葉は覚悟を鈍らせる邪魔でしかない。あの場で、彼がいなければどうにもならなかったことは、サムも痛いほどに理解しているだろうから。

「サム、君はリーダーのマトリクスにリーダーとして選ばれたと言ったな」
「え……と。『リーダーとして正しい行いだ』、っていう言葉は確かにそう解釈もできるのかな……。でもマトリクスは君を選んだ。だから君が持ってるんだろう? オプティマス」

 サムが困惑の表情で私を見た。黙って私の言葉を待っている。
 私は迷った。この言葉を言うべきかどうか。サムに私と同じ感傷を背負わせるべきか。
 だがマトリクスがサムをも選んだというのなら、サムにはそれを聞く義務がある。
 それに、サムは私が彼を海に沈めた理由を知りたがっている。ならば、言わなくてはならない。

「サム、君は――我々の種族の死を、リーダーのマトリクスですらも復活できない死に方を、知っているか」
「え? えぇと……人間で言う魂や、心臓部分にあたるスパークを完全に破壊されたとき、だよね。ジャズは完全に破壊されてたから、ボディを直しても復活できなかったって」
「そのとおりだ。胸部もしくは頭部にあるスパークが破壊されない限りは、どれほど身体を壊されても我々は完全な意味では死なない。仮死状態となるだけで、キューブやマトリクスのエネルギーがあれば、復活できる状態ということになる」
「ねぇ、なにが言いたいんだオプティマス……。――まさか。いや、それならどうして……」

 怪訝な顔をして、それからなにかに気付いたように眉間にしわを作る。
 頭に浮かんだ疑問を否定、もしくは解消したいのだろう。サムの表情は不可解さからくる恐れと不安にみちている。

「君の推測のとおりだ。彼は、たとえあの場で翼をもがれ、足をもがれ、腕をもがれようとも、またパーツを組み立てれば復活できたことになる。
 もっとも彼は小さなキューブの欠片から得たエネルゴンにより動いていたのだろう? ボディを引きちぎられる衝撃に劣化したスパークが耐えられない可能性が高い。
 それでも自分のパーツを私に遣わせたいだけであれば、生存の望みを捨てる自殺はまったく無意味だったと言える」
「っじゃあ!! どうして、どうしてジェットファイアはわざわざ自殺するような真似を!」
「『自ら死ぬ』。そう、そのとおりだ。彼は自ら死んだ。自分の命を終わらせざるを得なかったのだ」
「っどうして……!」
「『憎しみあうことに疲れ』、『今まで価値ある行いをしてこなかった』と感じていた彼は、私のパーツとなることこそが価値ある行為だと思った」

 サムは真一文字に唇を引き結み、ぐっと黙った。癇癪を起こしやすいサムには珍しい表情だ。

「錆びたボディでは、パーツを外す際に莫大な時間がかかる。だが無理やりパーツをちぎろうとすると、スパークに負担をかけ絶命の危険があるのだ。時間をかけて絶命しフォールンを野放しにするよりは、一思いに自殺したほうがいいと思ったのかもしれない」

 機械的な組み立ての範疇を超え、スパークは我々の身体をつなぎとめる役目を果たしている。スパークがあるから、我々はただの金属ではなく、『金属生命体』で在れるのだ。

「だから問答無用で自らスパークを取り出した。もとより会話できる余暇などなかった。彼に報いる為にも、パーツを分解し、合体するべきなのだ、とコンマ一秒で我々に覚悟させる為にスパークを取り出した」
「でも……どうして……それでも、それでも!」
「自分がディセプティコンであることも理由ではあったのだろう。自ら死んでみせるほどの覚悟を見せなければ、オートボットが自分を信用しないとも思ったのかもしれない」
「せめてもの罪滅ぼしに自殺した、って言いたいのか!? ……ふざけないでくれよ、残された身にもなってほしいもんだね、ジェットファイアには」

 はっ、と笑みをはき捨て、サムは頭を掻き上げた。
 結局のところ彼の行動はまぎれもなく最善であったから、それが余計にサムをいらだたせている。
『死なずに死んだかもしれないのに、自殺という行動をとらざるを得なかった』と知らなければ、死ぬしかないと思っていれば、まだ救われたものもあるのだろう。

「君たちにとっては。ディセプティコンってのはいいもんじゃないってのはわかる。僕だってそうだよ。だけど……それでもジェットファイアは」
「だが彼は、生きるより、私のパーツとなり、共に闘うことを選んだ」

 サムが顔を上げる。
 驚いた表情が、先ほどよりも強い怒りへと変わる。

「そうだ、そうだオプティマス! ジェットファイアはきみと戦うことを選んだのに! どうしてジェットファイアのパーツを海に沈めるんだ」
「――私が、彼のパーツを使い続けることに価値があると思わなかったからだ」
「なんだよそれ……」

 サムが愕然とした表情で私を見上げた。
 その目にあるのは、怒りを通り越した私への失望だろうか。

「疲弊していく闘いに意味などないと思っている。誇りすら感じられず、ただ今日を生き延びる為の闘争に、価値があるだろうか」
「……言ってみなよ。最後まで聞いてやるから」

 思うところは当然、あるのだろう。だがサムは沈黙し、私の言葉を待った。
 促され、私は続ける。

「そういう闘いを何万年と、オートボットとディセプティコンはしてきた。我々が地球に降り立ったあの時、ようやっとそれが終わると思った。だがフォールンとの新たなる闘いがあり、それも終わった」

 言った通り、サムは黙って私の言葉を聞いている。
 見極めるように、目を細めて。

「これから先、彼を必要とする瞬間など、ないほうがいい」

 だから沈めた。
 私がそう言うと、サムは目を見開いた。言いたいことは山ほどあるのだろう。だが唇を噛んでこらえ、私の言葉を待っている。

 私は空を見上げた。
 この地球は雄大だ。風の動きを感じていると、それだけで歯車のきしみがとれるような気さえする。

「つまり……この先ずっと地球が平和で、ジェットファイアのパーツを使う日が来ないことを願って、海にしずめたってことかい?」

 無言の私にじれたサムが、まだ納得がいかない口ぶりでそういった。
 私は頷く。

「彼の気持ちを踏みにじっていると……思うか?」
「……わからない」

 サムは首を振った。

「でも、オプティマスが彼を踏みにじろうとしてないことは、わかるよ」

 私を見上げて、サムは笑う。通常よりもうるんだ瞳を細めて、赤い鼻を指でこすりながら、照れたように笑う。
 ありがたいと思った。
 我々は人間の笑顔と自由を守る為に闘ったのだから。

「ジェットファイアはさ」
「ああ」
「人の話聞かないし、うるさいし、いかにもジジィって感じでさ」
「ああ」
「でも――嫌いじゃなかった。ああいうの」
「ああ」
「見たかったな。ジェットファイアとオプティマスが、とんちんかんな会話するとこ」
「む」

 くすりと笑うサムに、思わずうなる。

 強い風がサムの服をはためかせた。腕をおろして風からサムを守ると、サムはゆるりと笑って身を寄せてきた。
 軍の訓練だろうか。頭上で展開する飛行機ののびやかなエンジン音に、私は彼を連想した。
 F21、ブラックバード。風を切り空へと舞い上がる彼の機体がどんなエンジン音を奏でるのかを、私は知らない。
 知りたかったと思う。
 幾万年もの間一人としていなかった、ディセプティコンからオートボットへと転生を果たした彼と、ぜひ話をしたかった。
 難しい話でなくともよい。くだらない世間話をして、この地球の平和を共にかみしめ、実感し、声をあげたかった。

 ――感傷だと思う。
 成し遂げられなかった未来を思うのは足を止めることだ。感傷はこれからの未来を築くための邪魔にしかならない。
 散りゆくスパークはすべてキューブへと還る。そのキューブがない今、戦士たちの魂はどこへ行くのだろう。
 私の胸にある、マトリクスに集まるのであれば――いいと思った。
 心からそう思った。

「ローレシア海溝の、深く下。ジェットファイアは見守っててくれるかな」
「ああ」

 彼の機体は深い海の底にある。
 だが、それでも彼の魂は我々に寄りそい、我々のそばにあると――私はそう思ってやまない。
 いつか私のスパークが散り、遥かなスパークの根源へと還るその時まで、空の友ジェットファイアは、我々のそばにあるのだと。





2012/11/7:久遠晶
去年、トランスフォーマーについて理解を深める為に書いたもの。どうしてDOTMでじいちゃんの羽使わなかったのかなって思って、それで「あえて使わない」んじゃないかって考えにいたりました。
 試験的にチェックボックス設置中。ぽちぽとしてくださると大変励みになります!
萌えたよ このジャンルの話もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!