構築元素のへだたり
彼の手のひらに座ったとき、ジーパン越しに感じる金属の冷たさが好きだった。膝まであるロングコートを着た状態では固さしか感じられなくて、私はむうと唸る。かといって頬が張り詰めるほど寒い日だ、冷たくないならそれが一番なのだけど。
吹きすさぶ風にぶるるっと肩が震える。 吐き出した息は真っ白になって、夕焼け空に霧散していく。
見渡す限りの草原が夕焼けと交わり、その光を受けて黄金色に輝く。
三階建てのビルほどもある大きな身体をした彼の手は、私の特等席だ。
惜しむらくは原っぱのような広大な場所でないと彼がもとの姿に戻れないことだけど、彼の手のひらは絶景だ。人目を気にする必要もない。
冷たい風が吹きすさんで、その勢いでくしゃみがもれでた。体育座りをした彼は私をのせた手のひらを胸の高さにまで持ち上げているから、私はくしゃみがうるさくはなかったかと気にしてしまう。
「、君は寒いのか」
「だ、大丈夫ですよ、オプティマス」
「やはり私のなかにいた方が」
「だーいじょうぶですって。私、あなたのここにいるの好きなんですッ」
本来の姿から車の姿に変形しようとするオプティマスを慌てて止める。変形しながら私を取り込んで、運転席に座らせようと思ったのだろうが、ちっちゃな人類としては地面に叩きつけられないかが気が気ではない。信頼とか、そういう問題ではないのだ。
オプティマスはカメラアイの光をまたたかせ、パシュパシュと音をたてた。
「君の体温が一定以上まで低下したらすぐさま運転席に押し込もう」
「はい、それで手を打ちます」
頷いて、オプティマスの親指にもたれ掛かった。背もたれにできるようにと立ててくれていることを指摘すれば、彼は気恥ずかしそうに口ごもった。
私は間近でオプティマスの横顔を見て、それに見とれた。
いくつもの金属を繋ぎあわせた感情あるロボット。それは地球外から来た金属生命体だ。身体が有機物か無機物かどうかの違いしかない。
「……景色を見なくていいのか?」
「っ! そ、そうですね!」
ぼーっとしていると、困惑したような声音で話しかけられる。慌てて首を曲げて、彼と同じ景色を見つめた。
沈む直前の太陽が真っ青な空に浮かぶ雲を朱に染める。大地は影になって黒に染まり、空の色を引き立てていた。
息を飲むのを忘れてしまうほど、彼の手のひらから見える景色はきれいだ。
思わずスマートフォンを取り出した。カメラモードで撮影してみるものの、私の撮り方が悪いのか、実物の美しさなどカケラもない写真になってしまった。
写真にしてしまうと、こうも色褪せるものなのか。美しい風景写真は数あれど、やはり実物には劣るのだろうか。
そう思うとガックリ落ち込んだ。
「上手く撮影できなかったのか?」
「うん、ちょっと落ち込みます」
「撮影には技術が必要だ。特殊な訓練を受けていないのならば落ち込む必要はない」
「ありがと、オプティマス」
スマートフォンの画面へとピントをあわせるカメラアイがカシャカシャと音をたてる。間近に居なければ聞こえないその音に耳を澄ませるのが、私は好きだ。
ズレたフォローに笑ってしまう。私よりも何万何千歳も年上の恋人を、かわいいと感じるのは身の程知らずだろうか。
「オプティマスの目ってさ」
「ああ」
「何万画素なの?」
「それは難しい質問だ。君らの文明は我々のものとは劣っていて、私のカメラアイとも構造は似通っているが劣悪なそれと単純比較することは――」
「要するにわからない、ってことね」
「表せる言葉がなく、君の理解を得ることが難しい」
ちょっとカチンとする言葉の数々だけど、事実だ。
滅んだ星から亡命してきた彼らにとって、この星はずいぶんと小さい。文明も劣っていることだろう。
君たちは種として幼いのだ――とオプティマスはそう言う。種として幼い人間である私と恋愛できるものなのか問えば、『種として幼くとも君という人格は成熟している』と返されたことをよく覚えている。
そりゃまあ血気盛んな彼の部下よりはおとなしいけどさ、と、人間としても未成熟の部類にはいる私は肩を竦めたものだった。
「なぜそんなことを聞く?」
「見てる景色がちがうの、やだなって」
「見てる景色? 同じはずがないぞ、。私は金属生命体だが、君は人間だ。君は赤外線を関知できないし、体温センサーもない。反面私は嗅覚というものはない。お互い似通った類似する機能はあっても、まったく同じように感じているかとは別の話だ」
「……知ってるよ、そんなこと」
ロマンもへったくれもない事実だ。ここですねてしまう私は、どう考えても成熟していない。
むくれっつらで夕焼けへと視線をそらす私に、オプティマスは『ふむ』と呟く。鼻からの
排気が髪の毛を揺らした。
「私もあの夕焼け空は美しく、雄大だと感じている。認識する情報には隔たりがあるかもしれないが、我々は同じなのだ。」
諭す口調に横目でオプティマスを見やると、彼も夕焼け空を見つめていた。太陽に照らされた青と銀色の身体は幾年もの戦争によって傷だらけだ。それは人間の技術では修理のできない傷跡だ。
塗装をしてもらっても定着せず、流れ、もとの傷跡が見えてしまうのだという。人間も、傷跡を美容手術で消しきることは難しい。仕方がないと言えば、それまでだけど。
太陽を反射してキラキラと輝く身体は美しい。今私を乗せているこの大きな手が剣を取り、戦いの日々を過ごしていたことを思うとつらくなる。
「写真に残せないのなら目に焼き付けるといい」
「そうだね。そうする」
私はうなずいて、オプティマスばかりをじっと見つめていた。こういう、穏やかな時間がいつまでも続けばいい。
困惑するオプティマスが私の方を向く。
「ゆっくり休みなね、オプティマス」
「ああ。明日から訓練が始まるのでなかなか会えなくなるが……すまない」
「いいよ、大丈夫」
彼の体に内蔵されたミサイルも、剣も、二度と使われないことを願う。
このまま、オプティマスがスパークの輝きを失うそのときまで――安らかに人間を見守ってほしいと願った。
完全に日が落ちて暗くなり、オプティマスが帰宅を促すまで、私はずっと彼を見つめていた。
2014/11/6:久遠晶
ツイッターにてあざきさんの
「今見えた空がめちゃめちゃ綺麗で写真撮ったら全然目に見える色と違っててなんか悲しくなった。」
という日常ツイートにピン!と来て書かせていただきました~
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