雪だるまなんて恋愛対象に入るわけない!



 夏の国アレンデールと言えば、豊かな街並みと特産が有名なところだ。
 最近までは女王がもたらした寒波によっててんやわんやになっていたらしいが、今は平穏を取り戻しているようだ。
 数年ぶりに訪れたアレンデールは昔と変わらない賑やかさで、一見しただけではそのような騒動があったとは思えない。
 なーんだ。どんなありさまになってるか楽しみだったのに。
 と、肩透かしを食らったのはほんの一瞬だった。
 街を見渡せば真夏にも関わらず真冬の花が咲いているし、噴水は凍った氷柱と化している。噂が真実であることは明白だった。

 それ以外に、私が噂を信じる理由がもうひとつある。幼なじみだ。
 昼の便で入国すると伝えていたはずなのに、アイツは港に迎えにも来やしない。
 私は周囲を見渡した。
 広場から一歩裏路地に入った、人気のない小道。そこに華奢な女の子の肩を抱く大きな男の影がある。私はため息をはいて彼に近づいた。

「ずいぶん出世したもんね、クリストフ」
「わぁっ! お、お前は……!」
「お手紙ありがと、王室付けの氷配達人さん」

 キスする寸前に声をかけたのは意地悪だっただろうか。いいや、路地裏でいちゃつくのが悪いのだと思い直す。
 真っ赤になった幼なじみの山男に、自然と眉にシワが寄った。いつの間にかいい服を着るようになったもんだ。
 クリストフは私の視線に気づいて、女の子の肩から手を慌てて離した。
 女の子は大きな目をぱちぱちと瞬かせて、私を見つめる。栗毛が綺麗な、人目を引くほどにかわいい女の子だ。着ているドレスも上等、いかにも平和ボケしたお貴族さまと言った風体だ。
 この方が誰かは知っている。平和ボケしたお貴族さまどころではない、本来なら私が対面できようはずもない高貴な方だ。
「クリストフ、このかたは?」
「あー、俺の幼なじみでさ。紹介するよ、って言うんだ。、こいつはアナ王女だ」
「クリストフから手紙でお話は伺っています、と申します」
「あたしも話は聞いてるわ。よろしく、!」

 かしづこうとすると、そんなことはよしてと押し止められる。
 アレンデールの陽気な気候と同じく、アナ王女は明るく情け深い方であるらしい。話ベタで不器用な山男を恋人に選んで、不躾な口調にも眉をひそめないお人なのだから当然かもしれない。

「クリストフの友達なんでしょう? 仲良くしましょう!」

 くったくなく笑う顔は太陽のように眩しい。視線をそらしたくなるのをおさえて、私も目を細めて笑う。
 クリストフから、恋人ができたと手紙が来たときには驚いたが、相手が王女だと書いてあったのを読んだときには頭がおかしくなったのかと思ったものだ。
 そう伝えると、クリストフは唇をへしまげて頭を掻く。

「信じてもらえるとは思ってなかったけど」
「祝福するわクリストフを。アナ王女もお目が高いです。トロールたちには会いました?」
「ええ、熱烈に歓迎されたわ」

 アナ王女はそのときのことを思い出したのかクスクスと笑う。クリストフは座りが悪そうだ。
 アレンデールの市場を王女自らに案内していただく名誉を受けている私だが、クリストフが自然体だからかさほど緊張せずに済んでいる。
 クリストフは先導するアナ王女を守るように隣に控え、時折アナ王女が転びそうになると、さりげなく肩を抱いて支える。それは私の知らないクリストフだった。
 私の知クリストフは不器用な男だ。口下手で、人間と話すよりも動物と話すことを好む内向的な男だ。こんなに……エスコートが自然な男ではなかった。

 大きなたくましい手が、アナ王女の細い体を支える。それは私が望んで……秘めて……叶わなかった……。

「ボク、オラフ! ぎゅって抱きしめ――」

 ぐしゃ。

「ぐしゃ?」

 急に、雪を踏みしめたような音がして足の裏に感触が伝わる。視線を落とすと思った通りに雪を踏んづけていた。雪だるまだ。
 なんでこんなところに、とおもってから、ここの女王が雪の女王なのだと思い当たる。ぼんやり雪を見つめていると振り返ったアナ王女か血相を変える。

「オラフ! 大丈夫!?」
「おらふ? 雪だるまに名前つけてんですか」

 迫力に押されて、慌てて足をあげる。国宝の雪だるまだったりしたらどうしよう――ぞっとする私をよそに、その雪だるまはモゾモゾと動き出した。
 ゆ、雪だるまが動いた!?

「乱暴だなぁ、頭が欠けちゃったらどうするんだよぉ」
「うわああああ!? ゆっゆきっ雪だるまがっしゃ、しゃ、しゃべっ」
「オラフ、大丈夫よー。頭かけてないから」
「ホント? 毛も抜けてない?」
「抜けてないぞ、安心しろオラフ」
「なら一安心だよぉ」

 腰を抜かす私を放って、しゃべる雪だるまに普通に話しかけるクリストフとアナ王女。
 雪だるまは頭部を木の枝の手で持ち上げると、座りを直すように腹部の上に置き直した。
 周囲の国民が、驚き後ずさって尻餅をつく私を見てクスクスと笑う。アレンデールにとっては、見慣れた景色らしい。
 他国に居た私はなかばパニックになって、食い入るように雪だるまを見つめてしまう。

「驚かせてごめんなさいね、この子はオラフ! 魔法の雪だるまなのよ」
「ゆ、雪だるま……」
「ボクの名前はオラフだよぉ、失礼な人だなぁ」
「ご、ごめんなさい……です」

 雪だるまに礼儀がなってないと怒られる。異常だ。
 雪だるま――オラフは私の前までてこてこと歩み寄ると、どのような原理かにっこりと笑う。

「はじめまして! クリストフのお友達だよね。クリストフと一緒で、頭にノミが住んでるタイプ?」
「いや、私は……ノミはいないけど」

 俺にだっていない!と向こうでクリストフが肩をいからせている。
 私はオラフに手を伸ばした。
 見れば、オラフの頭上だけ小さな雲が浮かんでいて雪が降っている。
 夏のアレンデールのなかで、オラフの周辺だけがひんやりと冷えている。雪を降らせて、溶けないようにしているらしい。

「さ、わっていい?」
「いいよー。ぎゅって抱きしめてぇ」
「抱きしめ……うぅん」

 人差し指でオラフの頬をつついてみる。冷たさも、体温にとけて付着する水も雪そのものだ。踏んづけて壊れなかったけれど、指で刺したら穴はあくんだろうか。
 実行する気に離れない。
 抱きしめてと言われたものの、抵抗があるのは雪だるまの妖精への警戒が解けないからだ。私はまだ動揺している。
 でも考えてみれば、この世界では岩もしゃべる。しゃべる雪だるまだっておかしくはないだろう。
「……きみって、不思議だね」
特別ユニークでしょ」

 オラフの言う通り、オラフはユニーク(特別)だ。私の知る雪だるまはしゃべらないしうごかない。アレンデールにおいてもそれは同じらしい。オラフだけのようだ。動くのは。

はクリストフが好きなんだねぇ」
「!!」

 慌ててオラフの口を手でふさぐ。クリストフの様子を伺うけども、向こうはアナ王女との会話に忙しくて聞いていないらしい。

「あ、あ、あ、あんた、いきなりな、な、なに」
「それって真実の愛? クリストフはアナが……」
「い、い、いいから! こ、これ誰かに言ったらひどいよ!!」
「言ったらどうするの?」
「えぇと……そ、その鼻引っこ抜く!」
「ぎゃ! それはいやだなぁ」

 ニンジンの鼻を押さえてオラフが眉を下げる。怯えさせたみたいだけど構っていられない。
 十年以上、秘めて秘めて隠し続けたものだ。トロールにすら隠しきっていた。それを、一目会っただけの雪だるまに看破されるなんて納得いかない。

「……私、そんなに顔に出てた?」
「顔に出てなくても、見ればわかるよ」

 オラフは笑い、自信満々に胸を張る。

「ボクは愛のスペシャリストだからねぇ」

 悩みなんてなさそうな膝丈サイズの雪だるまも無償の愛に生きていると知るのは、もうすこし先の話だ。
 このときの私はクリストフとアナ王女のことに頭が一杯で、足元を見る余裕なんてなかったから。





2015/05/31:久遠晶
おらふめっちゃめっちゃかわいくて困るです
声はあの人なのに……かわいい!

 試験中。もしいいね! となりましたら送っていただけると励みになります!
萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!