雪だるまを恋愛対象に入れたくない!
ああ、ムカつく。本当にムカつく。
どうして私の恋は、こうも難儀な方法へと向かってしまうのだろう。
熱々のコーヒーに小枝の指を差しこんで喜ぶオラフを見ながら、私はあからさまにため息をはいた。
「、幸せが逃げちゃうよぉ」
「あんたさぁ、コーヒー飲めんの?」
「飲めるよぉ、溶けるけど」
これ見よがしなしぐさでコーヒーカップを持ち上げ、オラフはくちびるをつける。口元の雪にコーヒーが染み込んでいき、黒く染まっていく。
カップを置くころには、まだらに日焼けした雪だるまの出来上がりだ。
「かっこいい?」
「もう二、三杯飲んだらいい感じ」
口をつける前のコーヒーをオラフの前に差し出す。
短く礼をいってオラフは私のコーヒーを飲む。小皿を手にもって添える辺り、こいつは育ちがいい。エルサ女王の影響だろうか。
山育ちであり、いやしい商人である私とは大違いだ。
コーヒーを飲んでもいないのに、口の中に苦味が広がっていく。
「あんたってオレンジジュース飲んだら黄色くなるのかな」
「そうかも。そしたら女の子にモテモテかなぁ」
「……雪だるまに女の子がいたらね」
世界で唯一動く雪だるまだって自覚がない。『アナとエルサに頼んでつくってもらう』と嬉しそうに笑うオラフから、頬杖をついて顔をそらした。
窓から見える夕焼けは、世界を凍える夜へと沈み込ませようとしている。黄金色とアレンデールの豊かな自然が混じるその芸術を、美しいとは思えなかった。
「私もエルサ女王に恋人作ってもらおうかしら」
「クリストフはつくれないよ。いくらエルサでもね」
言葉につまった。この動く雪だるまは、こと人間の感情に非常に鋭い。何年も一人で抱えて隠していた感情に、たやすく気づいた。そして、訳知り顔で私に言うのだ。
「クリストフにはアナがいるのさ。にも、真実の愛が見つかるよ」
「……知ってるわよ、そんなこと」
二人の挙式は目前に迫っている。もうほとんど諦めきった恋心だ。大して重要な問題じゃない。
「ほんとかなぁ、まだ恋煩いしてるように見えるけど」
「これは別件で悩んでるのよ」
「なんのこと?」
「いるだけで部屋を凍えさせる雪だるまのこととかな」
オラフの頭上に鎮座する雪雲は、室内であることなどお構いなしに雪を降らせる。オラフが溶けないようにという配慮だから構わないけれど、後片付けは大変だ。
「ぼくがを困らせてたのかあ」
「そーなのよ。わかったら、今日はもうおかえり。あんたが泊まると寒くって眠れないのよ」
「それは残念」
椅子から降りたオラフがてこてこと歩き出す。その歩みはわたしの前で止まった。
「おわかれにぎゅって抱き締めてぇ」
「……はいはい」
椅子から立ち上がり、絨毯に膝をつく。オラフを軽く抱き締めると、小枝の指が背中に回された。冷たさと同時に、コーヒーの匂いがむわりと香った。服にシミができそうだ。
「エルサはぼくの代わりもつくれないよ。にはざんねんだけどね」
「は?」
顔を見ようと隙間を開けた瞬間、唇に冷たさ。
「ちょっ、いまなにを、」
「相手が雪だるまだとキスには入らないかな? まぁいいや。おやすみ」
私が引き留める間もなく、コーヒー色をした雪だるまは扉を開けて逃げるようにと部屋を出ていく。
残ったのは椅子に降り積もる雪と絨毯に残る足跡、それから……。
唇に残る、苦味と冷たさ。
「……アプローチされてんのかなんなのか、判断に苦しむわ」
ため息をはいてテーブルの足にもたれた。雪だるま……雪だるまとの接触。そこに淑女の慎みは必要あるんだろうか。
疑問はともかく、問題はオラフの気持ちだ。
わたしを好きなのか、たんなる親愛の表現なのか? どちらにせよ難儀することには違いない。
いつだってわたしの恋は難儀なもので、ほろ苦くて、冷たい。あとには何も残らず、ただ喪失の悲しみがあるだけ。
小枝の指の感触は――不思議と暖かだったけど。
これが恋だとは絶対に信じたくないとわたしは首を振った。
2015/05/31:久遠晶
オラフ夢二本目。おらふゆめくれ
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