在りし日の慕情



 町はイルミネーションで飾られ、子供たちは仮装をして家を回る。
 10月31日、ハロウィンである。
 にぎやかな子供たちの群れから外れるように、一人の少年が道路の脇に座り込んでいた。大人も子供も、不機嫌そうな少年に気付くことなく、笑いながら少年の前を通り過ぎていく。

 ――くそったれだ。

 少年、マイケルは通り過ぎていく人波を見ながら、心中でそう吐き捨てた。
 まるで、誰もマイケルのことが見えてないようだ。
 楽しみにしていたハロウィンだが、マイケルにかまってくれる者は誰もいない。母は夜の仕事、姉は恋人遊びに夢中。飲んだくれの父親など論外だ。
 一人には慣れているマイケルだったが、仮装する子供たちと大人たちの笑顔はマイケルをむなしくさせる。

 そのとき、マイケルは道路に見覚えのある人影を見つけた。
 という、近所に住む二歳年上の女の子だ。なにかと世話を焼いてくる彼女を、マイケルは決して嫌いではない。

 マイケルはに声をかけようとして口をつぐんだ。は友達と話しているし、きっと話しかけても気付かない。
 そう思っていたから、が自分に向かって駆け寄ってきたとき、マイケルは本当に驚いたのだった。


「あれぇ、マイケルちゃん一人でどうしたの。なにしてるの?」
。僕は……別に」

 口をつぐむマイケルの持つカボチャのポットには、ひとつもお菓子が入っていない。それであらかたの事情を察したはそれ以上の追求はせず、同行していた友達に先に帰らせた。

「一人なんだったら、今日はわたしがマイケルちゃんを独り占め出来ちゃうねっ」

 がにっこり笑ってマイケルの隣に座り込む。屈託のない笑顔になんだかマイケルは救われた気分になって、不機嫌で強張っていた頬を緩めた。

「お姉ちゃんがトリックオアトリートに付き合ってくれなくて。お母さんは仕事だしさ。だからずっとここにいるんだ」
「わがまま言わないんだ。えらいね。でも言ってくれたらわたしが付き合ったのに。今からでも遅くないよ? いっしょにいこうよ」
「いいんだ」

 立ち上がろうとするの服を掴んで制止する。

「友達も……いないし。どうせ僕なんか、誰にも見えないから」
「えーっ。なに言ってるのマイケルちゃん。マイケルちゃん透明人間じゃないよ?」

 がうつむくマイケルを覗き込み、その頬に触れた。外気にさらされていた頬がの手に包まれ、暖められていく。

「こうやって触れるしさ。そりゃ、マイケルちゃんはちょっと背が低いけど、見えないなんてことないよ。かわいいお顔、私は好きだな」
「僕は……この顔嫌いだ」
「ええぇーっ。どうして? 綺麗な青い目も、お母さん譲りの綺麗な髪もみんな素敵なのにな」

 頬を包んだまま、がマイケルの瞳をじっと見つめる。
 マイケルは、自分の顔や瞳よりも、の瞳のほうがずっと綺麗だ、と思った。

「私はマイケルちゃん好き」

 しばらく見つめ合ってから、不意にマイケルが息を詰まらせた。その反応にも自分の言葉の意味に気付いて赤面する。
 あわてて頬から手を離し、いつの間にかすごく近づいていた距離を広げた。

「べ、別にヘンな意味じゃないからねっ。ライクだよ、ライク」
「わかってるよ……」

 そっぽを向くマイケルの頬は赤い。面と向かって好意を示されることに慣れていない。

「まぁ、とにかく、ほかの人にとやかく言われても気にしちゃだめだよ。私はマイケルちゃんのいいところ、ちゃんとわかってるんですからね」

 ごほんと咳払いをして、は赤らんだ表情のまま年上然とした口調で言った。

「そんな話より、今日はハロウィンだよっ。マイケルちゃん、トリックオアトリート!」
「えぇっ? あるかな。ちょ、ちょっと待って」
「ぶっぶー時間切れでーす」

 あわててズボンのポケットをまさぐるマイケルに、いたずらっぽくが言う。わきわきと動く指に、マイケルの表情が引きつった。

「お菓子をくれない悪い子には、いたずらでーっす!」
「えーっ! ちょっと待っ……! あははははは!」

 逃げる間もなくの手が脇の下やわき腹に伸びる。
 マイケルは声を上げて手足をばたばたさせながら体をよじらせた。

「あははは! やったな!」
「ぎゃーっ、いたずらされるんだから仕返ししちゃだめだよ! わ、わ、わ、やめえええ」

 もみあうようにしながらくすぐりあうと、すぐに二人の服は汚れてしまった。

「もー。のせいで服が砂まみれだよー」
「ごめんごめん。つい調子に乗っちゃって」

 ふくれっつらのマイケルに笑いながら、はマイケルの服についた砂を落としてやる。そのときは首元に黒いシミを見つけたが特に気に留めず、髪にからまった葉っぱをとってやった。

はもちろんお菓子持ってるよね?」
「え?」
「トリックオアトリート」

 突き出された手の平に、はふふんとお澄まし顔で笑う。が、服のポケットを探ってもなにも出てこない。

「もちろんあるに決まって……あれ、え? ちょ、ちょっと待って」
「ぶっぶー、時間切れでーす。、いたずらするから目つむって」

 先ほどの自分をまねた口調に、うぐとが言葉につまる。
「ほら、目つむって。開けていいよって言うまで、開けちゃだめだからね」

 いたずらをした手前なにも言えないは、黙って目を閉じた。
 ゆっくりとマイケルの気配が近づいてきて、は息を詰まらせ身構えた。
 だがが予想していた衝撃もくすぐりも降りてこない。代わりに唇に触れてきたものには肩を強張らせた。
 が目を開いたとき、マイケルはすでに身体を離していた。
 そっぽを向くマイケルの頬は赤い。先ほどに好きといわれたときよりもずっと、耳まで血液の色がにじんでいる。
 そしてそれは濃くなってきた冷気のせいだけではない。

「目開けていいっていうまで、開けちゃだめって言ったのに」
「……マイケルちゃん、なんていうか、おませさんなんだね」

 すねたような口調の照れ隠しに、は自分の唇を指でなぞりながらしみじみと言う。

「初めてを奪われちゃった」
「ママは?」
「家族は別だよー」

 時間が経てば経つほど恥ずかしさが増してきて、は自分の膝に顔を押し付けた。マイケルの頬もいまだ赤いが、も劣らず赤くなってきている。

「ほんとは私、背が高い人が好きなんだけど、でも大きくなったら、マイケルちゃんと結婚してあげるよー」
「どうせ僕は背も低くて声は高くて女みたいだよ」
「そんなマイケルちゃんが好きって言ってるじゃんー! 結婚、約束だよ。ちゃんと約束しておけば引越してもきっと会えるし」
「え……引っ越すの?」
「うん。明日」

 だからもう会えないの、と悲しそうに告げられた言葉に、マイケルは思わず聞き返した。
 家も変われば、学校も変わる。引越し先は、子供一人では到底会いにいけないようなとてもとても遠い場所だ。

 がいなくなる。
 マイケルにとってはさほど大きな存在ではなかったが、それは衝撃的な事実だった。
 父親と姉からは疎まれ学校では母親のことで揶揄されるマイケルにとっては母と妹以外で唯一力を抜いて話せる友人だ。子供扱いをうっとうしく思うこともあったが、もう二度と会えないと思うと急にその存在が惜しくなってくる。

「じゃあ、引っ越すのが明日なら、僕見送りに行くよ」
「うん、ありがとう。私、向こうについたら必ずお手紙書くね」
「ありがとう」
「んーん」

 すこしだけが笑った。

「わたしそろそろ帰らないと。こんな時間でおかあさんに怒られる」
「じゃあ、送っていくよ」

 立ち上がって、車道側をマイケルが歩く。
 いつもよりずっと遅い速度で、ゆっくりと。ぎこちなく結ばれた手が互いの熱を交換し、同化していく。
 冷え込んでいるはずだが、胸のどきどきであまり感じない。

 家の前でがありがとう、と言った。
 マイケルを玄関にとどめ、家にはいってすぐ戻ってくる。

「はい、お菓子。さっきはあげられなかったから」

 そう言ってアメ玉やチョコなど、たくさんのお菓子をマイケルの持っていたポットに入れる。

「こんなにいいの? ありがとう。あ、これ、ズボンに一個だけあったんだ」
「じゃあ、交換っこだね」

 マイケルも飴玉を取り出し、に差し出す。

「じゃあマイケルちゃん、また明日ね」
「うん、また明日。おやすみ」
「おやすみ。気をつけてね」

 照れた視線を交わして、マイケルはの家を後にした。

 ハロウィンの日のキス。それは子供時代にありがちな慕情でしかなく、いつか忘れていくはずのものだろう。
 数十年後にふと思い出してノスタルジィにひたるだけの記憶でしかない。そのはずだ。
 だが確かに、『悪魔の少年』マイケルはにとって忘れられない存在として脳裏に焼きつくこととなった。
 少年と少女が手紙をやりとりすることも、再会することもなかったのだけど。





2010/11/15:久遠晶
ハロウィンにハロウィンを見てたらマイケル少年の不憫さに泣きそうになったので。
あんさんは一人じゃないで! 友達いるで! あんさんには観客と夢主がついてるで!
ホラー四天王の中だと一番抱きしめてあげたくなるキャラだと思います。マイケル少年/青年って。

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萌えたよ このジャンルの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!