あり得たかもしれない未来の話
どうして?と問うわたしに、彼は事も無げに言った。
「言ったでしょ、すこし眠ったらすぐ追い付くって」
絵空事の世界一ーもとの世界に帰る道かもしれない絵画の前で、わたしは困惑した。
メアリーにバラの花弁を散らされ、ギャリーは息絶えたはずだ。花弁をすべてなくし、無残にも茎だけになったギャリーのバラを、わたしは知っている。
ギャリーの生存は心底願ってやまないことだけど、だからこそ手放しで喜ぶことはできなかった。
それでも、ありえないと思う自分と、ありえてほしいと願う自分で揺れた。
葛藤するわたしに首をかしげたギャリーは、なにかに気づいたように声をあげた。
「ああ……。あのね、バラの花が一枚、まだ残ってたのよ。きっと根元から千切ったつもりで、途中で切れちゃったのね。ま、そのおかげでアタシはちょっと眠っただけで死なずにすんだってワケ」
ギャリーは嫌に明るく笑いかけ、それからわたしを睨んだ。いや、睨んだつもりは本人にはないのかもしれない。ギャリーは笑みをうかべているときにならないけど、目付きそのものは悪いのだ。
「そっちは危ないわよ。こっちにいらっしゃい」
まっすぐにわたしを見据え、手を伸ばすギャリーに不安をかられ、私は右隣へと視線を落とした。
だけどわたしの傍らには誰もいない。イヴもまた、怒り狂ったメアリーのパレットナイフに貫かれ死んでしまったからだ。
喉が乾くのは、空調のせいじゃない。傍らにあった体温を感じたくて、指先がすがるように震えた。
「そっちにいっちゃだめよ。もう帰れなくなるかもしれないんだから」
知らず、揺らめいた脚が、その言葉で地面に固定されたようになる。
その絵画は危険だ、と、ギャリーは言った。わたしもそれには同意する。でも、絵画の解説を読んだわけでもないギャリーがなぜ危険性を理解しているのだろう。
「こっちに来なさい、」
ギャリーがわたしに手を伸ばして、誘った。わたしは思わず絵画をみやる。
額の消え去った絵画は自分を試しているように見えた。
どちらを選ぶ、と。
「おいで…」
ギャリーはきっと、もういない。
だけど、あり得てほしいと思った。
ギャリーがいて、わたしがいる世界を。
わたしを抱き止めると、ギャリーは心底嬉しそうに笑った。腕の力は強く、身じろぎひとつ許さない。
「もう…離さないわ」
耳元を撫でる吐息にぞっとした。間近で見たギャリーの瞳はいつか見たときのように輝いていたけど、その奥にほの暗い炎が揺らめいているような気がする。
でも、そんな違和感もじきにどうでもよくなって、わたしは目を閉じた。
この体温さえあれば、どうでもいい。
2013/6/28:久遠晶
ほんとはこのあとニセモノギャリーさんと夢ヒロインのめくるめく怠惰な情事にふける日々が展開されるはずだったのですがこの導入だけで力尽きました。
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