隣の席の音村くん



 第一印象は、はっきり言って奇妙な人だと思った。

「東京から越してきました、です」

 緊張のあまり上ずった声になる。やってしまった、と思うより早く、「よろしくなー!」とクラス全体の拍手が私を包んでくれた。
 親の転勤で越してきた沖縄、孤立したらどうしようかと思っていたけれど、この分なら大丈夫そうだ。
 安堵しながら先生に指示された席まで歩く。
 隣の席の男の子は、興味なさげに腕を組んでいた。眼鏡が光を反射して、その目の表情は読み取れない。

「あ、あの……よろしく」
「ん……? あぁ、よろしく」

 椅子に座りながらおそるおそる声をかけると、彼がゆったりと顔を上げた。
 ぱっちりした目が、キュッと私を視界に入れる。それに気圧される。

「わたし、
「聞いてたよ。……ぼくは音村楽也」
「音村くん。よろしくね」
「あぁ」

 短く相槌を打つと、音村くんはふいと視線を逸らした。前を向く。
 そっけないかな、とおもうけど、男の子が相手ならこんなものだろうか。妙に座りの悪い気分になりながら、彼の名前を舌で転がす。
 おとむらがくや。声に出したくなる、気持ちのいい単語で出来た名前だ。

 さてはて、そんなこんなでわたしの沖縄生活はスタートした。
 はっきり言って、わたしは新しい生活に不安もあれど、浮かれてもいた。
 だってそうだろう。沖縄だ。青い空に白い雲、美しい海が広がる土地だ。そりゃあ、旅行気分で浮き足立たない方がどうかしてるというものだ。


   ***


 転校から三日目が経過した。
 まだ教科書が届いていないわたしは、音村くんから教科書を見させてもらい、授業を受けている。授業の進行が前の学校と違うので少し大変だけど、追いつけないほどではない。
 ところで、この隣の席の音村くんというのはずいぶんと変わった人らしい。三日しか経っていないがそれがよくわかる。
 ノリが良くて明るいクラスメイトの中で、音村くんはなんというか、異彩を放っている。
 休み時間にも誰とも話さず、お昼も自分の席で一人で食べるだけ。誘われても首を振って、みんなの輪から外れたところにいる。
 かと言って友達がいないわけではないらしく、体育の授業でのペアわけには困らないようだ。
 ふしぎだなぁ、と思う。
 隣の席にいるからわかるのだけど、彼はいつでも音楽を聴いてるらしい。
 指でリズムを取り、時折小刻みに縦ノリしてる時がある。たまにリズムを口ずさんでいる。授業中でもそうなので、はっきり言って少しうるさい。集中の邪魔だ。
 しかし教科書を見させてもらっている立場上、声をかけるのもはばかられる。
 驚くべきは、無意識に口ずさむほど音楽に熱中しているわりに、先生に指されれば正確に答えを言えるところだ。

 音村くんって、ふしぎなひとだなぁ。
 わたしの第一印象はそんなもので、正直少しとっつきづらい。
 かと言って、隣の席があんまり明るい人でも大変だ。わたしはノリがよすぎるテンションの高い人が苦手なので、黙っている人のほうがありがたい。
 
さん、部活どこに入るか決めた?」
「へっ!?」

 ぼんやり眺めていたら話しかけられた。突然のことに変な声が出る。眼鏡の奥の表情が怪訝なものになり、わたしはごまかすためにあわてて返事をする。

「部活、部活? とくに決めてないけど……」
「そう」

 音村くんは少しだけホッとしたような顔をした。これはもしや。

「もしよかったら、サッカー、興味ないか」
「サッカー部?」

 想定していなかった部活動に、聞き返す。音村くんはうなずいた。
 どうやら今年度マネージャーが入ってこなくて、困っているらしい。

「見学だけでもどうかな、ちょうど明日、練習試合で他校がうちに来るから」
「まぁ、見学だけなら構わないけど……でもなんか、意外だね、サッカー部」
「意外?」
「軽音部か帰宅部って見た目じゃない、音村くんって」
「よく言われる」

 あ、やっぱり。なんとなく嬉しくなる。

「面白いの? サッカーって。よく知らないんだけど……」
「面白いよ。色んな音色が集まって、ひとつのリズムを作るんだ。雑多な音が調和して、ひとつの音になるんだ」
「……? んぅ。それ音楽の話?」
「サッカーの話だよ?」

 どうしてだい、と言いたげに音村くんがわたしを見て首を傾げた。
 どうしてだい、と言いたいのはわたしなんだけどな。追求するのもなんな気がして、そっか、と適当な相槌を言うにとどめた。






2017/09/28:久遠晶
イナイレでは音村くんが最萌です。とてもかわいい。なぜ軽音部に入らなかった?というリズムオトコですが、サッカー大好きなんだなってのが伝わってくるのがとてもよいと思います。

萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!