歩み寄る影
炸裂音が周囲に轟く。
反乱を起こしたロボットと幾度となく繰り返された戦闘は、平和都市をただの瓦礫の山と変貌させた。
当時を知る人間の誰が見ても、この場所に笑顔があふれていたことを思い出せる者はいないだろう。
スクラップが散乱し、銃弾の雨が降り注ぐ廃墟に――今、笑顔などないのだから。
「コッ……コイツ、本当に人間カ!?」
瓦礫の壁に背をつけた自立思考型ハイドが合成音声を発生させた。どうやら発声装置に不具合があるらしく、その音はノイズ交じりでくぐもっている。
それも仕方がないことなのだろう、そのハイドの右腕は綺麗に消失していた。
オイルを垂れ流す右肩を見やり、残った腕で銃を掴み壁越しに後ろを振り返る。
かつて噴水広場があった場所に、たった一人の男が立っている。
爆炎による煙に隠され、顔は認識出来ない。だが遠くからでもわかる巨体を無造作に揺らしながら、ゆっくりと前進する影が浮かび上がっている。
見えやしないが、男の足元には仲間の残骸が散乱していることをハイドは知っていた。
それは簡単な『オアソビ』のはずだったのだ。
彼らのパトロールする領域の近くに、人間の男がたった一人でふらりとやって来た。この辺りの人間は殺しつくして久しいから、久々に人間をいたぶれると思って、仲間が男を『からかい』に行った。
だが仲間は帰ってこず、代わりに男が無傷でやってきた。
そして――男はたった一人でハイドの駐屯基地を壊滅に追い込んだ。
「ナンデ……ナンデこんなッ」
今や最後の『生き残り』であるハイドは男に照準を合わせ引き金を絞るも、男には到底当たらない。左腕もイカれたのか。自立思考型ハイドに芽生えた初めての恐怖は、鉄で出来たボディを震わせるに十分だった。
その間にも男は歩みを止めず、ハイドが銃に弾を込め直している間に眼前にまで到達していた。
ハイドは自分を見下ろす男に気付くと、あわてて銃を落として手をあげた。万国共通の降参である。
「い、イノチだけは……ッ!」
「――お前ら、いつだって同じセリフを吐くな……個性ってモノはないのか?」
終始無言だった男は、低くうなるように吐き捨てた。
いかつい顔を不快気に歪ませ、そのハイドを軽蔑するように見下す。
「た、タスケテクダサ――」
「お前たちが殺した人間も、同じことを言ったろう」
男が大剣を無表情に振り上げ、振り下ろした。
それで、ハイドはただの部品となった。
「流石に一人でハイド二十体は無理があったな」
すべてが終わり、男――盛遠はふうとため息を吐いた。機械と化した腕を回し、ぐっぐと握って開いてを繰り返す。
無理があったなどとは言っているが、盛遠の体には目立った傷はついていない。
「ま、あの街を守る為か……フッ、俺もずいぶんと変わったな」
自嘲げに一人ごちる。が、悪い気はしなかった。
『あの街』というのは、カエルやサツキ、フィルの住む場所のことだ。ハイドの反乱によって壊滅状態に陥った世界の中で、あの街だけはすんでのところで踏ん張っている。
――カエルのおかげで。
小さなカエルは、天使のような心と鬼人の強さを持った『ロボット』だった。決してハイドではない。
カエルの暖かな心は、夢も明日もないような世界に一筋の灯りを点した。それは盛遠の心にも差し込み、癒しを与えた。
人間もハイドも憎んでいた盛遠が、カエルの街を襲おうとするハイドを人知れず狩っているのだから、カエルのもたらした変化は計り知れない。
盛遠は周囲を見渡した。めぼしいハイドは全員狩ったはずだが、どこかにまだ動いているハイドがいるかもしれない。
と、その時、なにかが唸るような音を盛遠の耳はとらえた。瞬時に剣を取り、警戒態勢に移る。
瓦礫の向こう側に、なにかがいる。
周囲への警戒を怠らないようにしながら、盛遠は一瞬のうちに瓦礫の向こう側へと翻った。
そこにいたのは――。
「な……子供……!?」
「ふあぁ……おじさん……ダレ?」
ぼろきれのようなマントに身を包んだ、齢十に満たないであろう小さな少女がそこにいた。
2013/1/30:久遠晶
まずはプロローグってことで。
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