歩み寄る影 2



 突然の来客に眉を寄せるほど、フィルもカエルも心は狭くない。
 むしろ、盛遠が自分からフィルの家を訪れることは今までになかったことなので、喜んで盛遠を家の中に招待しただろう。
 だが出来なかった。
 カエルもフィルも、そして遊びに来ていたサツキも、驚いた表情で硬直していた。

 それはそうだろう。あの堅物で無表情で無愛想の盛遠が――子供を連れているのだから。

「おじさん、ここがおじさんのイエなの?」
「……子供をひろった。面倒を見てやってほしい」

 そんな一同に、一人だけ――盛遠だけが居心地悪そうに唇を引き結んでいた。



「じゃあ、アレか? 話を総合すると、『ハイドの駐屯基地のど真ん中で、あの子が寝てた』ってことか?」
「だから、何度もそう言っている」
「そうは言っても、信じられないわ。あのハイドたちが、いくら子供とは言え、人間を殺さないはずないもの」
「俺もそう思った。だが、本当にそうなんだ。そうとしか言えん」

 信じられないと言った様子のフィルとサツキに、盛遠はフンと鼻を鳴らした。
 駐屯基地を壊滅した後、あの小さな少女を発見した。かつての盛遠ならそのまま放置したのかもしれないが、そんな気にもなれない。
 助けたいと思ったものの扱いに困った少女を押し付けに来た――ということだ。それ以上でも以下でもないし、これ以外に説明の言葉は思いつかない。
 盛遠はフィルたちから夕食を振舞われているものの、その進みは遅い。とは言え、他人からの食べ物を受け取るだけ相当な進歩である。


「ハイドの基地にいた女のコ、か……。かわいい子だったけど、なにか秘密があるのかもね」
「案外ハイドの手の者かもしれんな」
「おいっ連れてきた本人がそういうこと言うなよな!」
「ちょっとフィル、スプーンを振り回さないでよ。行儀が悪いわ」

 盛遠の言葉に抗議するフィルをサツキがたしなめる。どうにもフィルはお調子者で騒がしいが、サツキにはあまり頭が上がらないらしい。
 と、そこに嫌がる少女の声が聞こえてきた。

「あぁっ! ちゃんとシャンプー落とさないと~!」
「アワアワなのやだぁー!」

 ぬれ鼠となった少女が洗面所から飛び出てくる。慌ててカエルが制止するも少女は聞かず、テーブルにつく盛遠の腰にまとわりついた。

「!? お前っ……」

 引きはがそうとし、盛遠たちは少女の肌に気付いた。
 火傷だらけなのである。それも広範囲のものではない。ナイフで切り刻まれたあと、焼きごてかなにかを押し付けられたような……そんな不自然な火傷が、幾筋も全身に広がっている。
 絶句する一同のなかで、カエルが申し訳なさそうに慌てて説明した。

「傷は痛まないそうなので、大丈夫のようです。でも、シャンプーしてあげようとしたらすごく嫌がって……」

 しょんぼりとしたカエルが慌てて説明する。

「とりあえず、これで体拭いて。盛遠の服がぬれちゃうわ」
「シャンプーが嫌……かぁ。でも汚れてるし、とりあえずは髪に残ってる分は洗い流さないといけないよな」
「あわあわなの、イヤ……」

 サツキが盛遠から少女を引き剥がすと、少女は名残惜しそうに盛遠を見上げた。そんな表情をされても、盛遠はどう反応すればいいのかわからない。
 ただでさえ盛遠の対人経験値は少ない。子供となればなおさらだ。

「嫌がられてもなぁ……。風呂に入ったあとなら好きなだけ盛遠に抱きついていいからさ、ちょっとだけ我慢してくれよ」
「おい、それはっ」
「それならガマンできる……かも……でも、やっぱりあわあわなのヤぁ……」
「ごめんね、我慢してね。それじゃあ、カエちゃんは自分の体拭いて、もう休みなよ。あとはわたしがやるから」
「す、スミマセン……」
「おい……」

 自分の意思を無視して進行していく話に異議を唱える気力もわかなくなってきた盛遠が脱力した。
 なんでこうなるんだ。頭が痛くなってきた。

「あっ。ていうかサツキはもう風呂入ったしさ。盛遠もかなり埃っぽいし、いっそこのコと一緒に風呂入ったらどうだよ」
「なんだと、冗談じゃ――」

 冗談じゃない。慌てて叫ぼうとした盛遠は、目をきらきらさせる少女が瞬く間に目に涙をためていくさまになにも言えなくなってしまった。


 なんで俺は、こいつの家に泊まることになってるんだ。
 真夜中。隣で眠るフィルをねめつけながら、まだ乾ききっていない髪の毛をかきあげて盛遠はげんなりした。
 ソファーではカエルが寝ている。隣の部屋では、サツキと少女が同じベッドで寝ているはずだ。
 本来なら盛遠は少女を押し付けて自分はさっさと暫定棲家の廃墟に戻るはずだったのだ。
 それを、ここぞとばかりにサツキとフィルが、

『あのコにはいろいろ聞かなくちゃいけないことがたくさんあるし、あのコはあなたに懐いてるわ。あなたがいてくれると助かるのよ』
『そもそも連れてきて放置するなんて無責任だぞー。お前がいなくなってあのコが泣いたらどうするんだよ』

 とたたみかけ、さらにカエルには

『ボクは盛遠さんが居てくれると嬉しいです』

 と懇願され、とどめのだめ押しとばかりに

『行っちゃうの? おじさんが行くならあたしもいくー』

 とにっこりと微笑まれ……あえなく盛遠は陥落したのだった。


 下手にハイドと戦うよりもずっと、カエルやフィルは扱いづらい。盛遠はそれを痛感していた。
 考えてみればこうして他人と同じ空間で眠るのは何年ぶりだろうか。無防備きわまりない姿で眠るフィルを見るとあきれてくるが、怒りはわかない。

 と、廊下でなにかが動く気配がした。とっさに寝たふりをすると、ドアが開いた。
 あの少女だ。
 音を立てないように部屋にはいると、盛遠のところまでそろそろと歩いてくる。
 盛遠は毛布を羽織るようにして、壁に背をつけて座って寝ている。盛遠の毛布のあまった部分に包まるようにしながら、盛遠のひざを枕代わりに少女は寝始めた。

 ――なんなんだ、こいつは。
 ハイドの駐屯基地で見つけた名も知らぬ少女。ここまで慕われることをした覚えはない。
 少女の全身を走る、人為的としか思えない火傷の痕からするに、ハイドからよほど手ひどく扱われていたのだろうか。だとするなら、そのハイドを壊した盛遠は救いの女神なのだろうか。
 それでもごめんだった。
 かつてカエルの渡したシチューをはじきとばしたように、少女も蹴り飛ばしてしまうか。選択肢がよぎるが、結局なにもしないことにした。
 誰かと眠ることも数年ぶりなら、誰かの体温にじっくりと触れるのも数年ぶりだった。
 膝からたちのぼってくる体温を、心地いいと感じている。

 ――ずいぶんと、カエルたちに毒されたな。

 心の中で悪態をつくが、決して悪い気はしない。それを言葉にする気はさらさらなかったのだが。
 寝息を立てる少女の髪を撫でないのは、いわばプライドだ。
 上げた手を静かに下ろす盛遠の様子を隠れてみていたカエルが、寝相のふりをしながら口元を手で覆い笑みをこらえた。





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