鋼鐵塚さん小ネタ



 鋼鐵塚さんははっきり言って本当に、大人としてどうか? と思うことがままある。
 子供の挑発に本気で怒って追いかけ回したり刀以外への興味が皆無であったり、対人関係が壊滅的だ。
 刀を折って脇腹を刺された身としては、いつか鋼鐵塚さんを怒らせた里の子供がぼこぼこにされるんじゃないかと不安になる。だけど存外、彼は子供たちから人気がある。
「子供にとっては、自分に本気になってくれる大人は嬉しいものですからねぇ」
 のほほんと語る鉄穴森さんを見ていると、平和だなあ、と思う。
 鋼鐵塚さんを野放しにしていたら危ないと思うんだけどな。
 怪我の療養で刀鍛治の里に滞在して久しいけど、里の人の感覚には未だに慣れないところがある。
 それでも、この刀鍛治の里にいると、鋼鐵塚さんの刀に対しての異常な執着も、まあそんなもんか、と思えてくるから不思議だ。
 自分の作った刀剣を折られて、怒って脇腹刺すなんて、刀を愛している証拠だね! いや~刺された隊士はたまったもんじゃないだろうけどっ!笑い。という気分になる。
 刺された隊士なのでたまったものじゃないんだけど。

 鋼鐵塚さんに脇腹を刺された私が蝶屋敷で愚痴っていると、鉄穴森さんが「あの人は情熱的ですから」と言った。人格の欠陥を耳障りのいい言葉で包んでいるのかと思ったけど、どうやら真実、鉄穴森さんは鋼鐵塚さんを情熱的な人物だと好意的に見ているらしい。そして、それは里の人も。
 鬼と戦っていると、どうしても刀は消耗品、という扱いになってしまう。心苦しいけど、自分も刀も無事でいられない戦いの方が多い。毎回ギリギリなのだ。
 鋼鐵塚さんは、隊士と当然折り合いが悪い。

 ――あんな態度を取っては隊士に嫌われ担当を外されて当然だ。まったく困ったやつだ。なんとかならないもんかね、鋼鐵塚の坊ちゃんは。

 里の人は鋼鐵塚さんをそう語る。
 お面越しに聞こえる声はいつだって優しくて、ある種の羨望が含まれていた。

 なるほど、職人の里なわけだ。
 里全体が、刀を作り鬼殺隊を支える者たちの矜持と祈りで満ちている。
 そしてどれだけ隊士から嫌われようとも、刀鍛治としての誇りを貫く鋼鐵塚さんの背中が――隊士の時には忌々しかったその人が――この里にいると、なんだか格好良く見えてくるのだから不思議なものだ。

「…………血迷ってるなぁ~~~~」

 溜め息が漏れる。
 療養中の今は無害だから、職人としての態度を格好良く思えるけど、里を出て隊士と刀鍛治に戻れば、やっぱり願い下げ! になるんだろうけども。


   ***


 療養中、なにもしないでただ飯を喰らうのも申し訳ないからと里の仕事を手伝っている。
 その日は鋼鐵塚さんに伝えることがあって、この時間ならば仕事がはじまる前だろうと狙いを付けて、鋼鐵塚さんの工房へ向かった。

「鋼鐵塚さん、鉄珍様が――」

 工房に足を踏み入れた瞬間、むわっと熱気が顔面を撫でる。
 鋼鐵塚さんは既に竈に木炭を入れ、鍛刀の準備に取りかかっていた。なにか色々やっているみたいだけど、知識のない私にはさっぱりだ。
 こちらに見向きもせず、鋼鐵塚さんは炎と向き合っている。
 すごい集中力だ。私が部屋に入ったことにすら気付いていない。
 私にはない、全てを捨てて刀に向かうその能力に感嘆する。私は作業の邪魔にならないよう、届けるように言われていた資材を扉のそばに置いて、静かに工房をあとにした。

 外に出ると、清涼な山の空気が私を包んだ。
 真夏なのに涼しい。というか、工房が暑いんだ。あんな中で作業して倒れないかな。
 鋼鐵塚さんは時間が掛かりそうなので、一度宿に戻って仕事をもらえないか聞いてこよう。
 宿の外廊下を濡れ雑巾で拭きながら考えるのは、鋼鐵塚さんの集中力についてだ。
 私たちの使う〝呼吸〟も集中力を底上げするけど、鋼鐵塚さんの集中力はあれとはまた別種のものだ。
 息を吸って、吐いて。四つん這いになって外廊下を駆け、雑巾をかけながら、呼吸を使って集中する。
 庭にひとり、木に水をやる男。屋敷の前に警備役の隊士がふたり。台所に女将さん。二階に怪我した隊士が寝ている。

 隊士の使う呼吸は、周囲に張り巡らす、というものだ。
 世界と一体化し、意識を外に向けて周囲の状況を把握し、向かってきた攻撃に即応する。意識を引き延ばし、一秒を二秒に、十秒を一時間に引き延ばす。刹那の間にあらゆる事態を想定し、実際に対処する。
 だから、私たちにとっては集中力しすぎて背後からやってきた人間に気付きませんでした、なんて言語道断だ。
 鋼鐵塚さんの集中力は、私たちの真逆を行く。
 周囲を忘れ、世界を忘れ、ただただ手の中の鉄に意識を向ける。一度鍛刀をはじめたら飲まず食わずで作業に没頭する。まさに職人としてのあるべき姿だ。
 そういうところが、かっこいいんだよなあ。
 少し羨ましいと思うのは、鬼殺隊の職業病として寝ている時でも気が抜けない、という性質のせいか。

 その日の夜、鋼鐵塚さんが宿にやってきた。
 鍛えたばかりの刀を納めにいく道すがらのことだった。今の今まで工房に籠もっていたのか、鋼鐵塚さんは汗だくで、むわっと臭気が漂っていた。

「なんの用だ」
「えっ?」

 用があってきたのは鋼鐵塚さんのはずなのに逆に問いかけられ、首を傾げる。
 鋼鐵塚さんが嫌そうに溜め息を吐く。

「お前、今日俺んとこ来ただろ」
「えっ気付いてたんですか」
「集中しきる前だったからな。なんか後ろでごそごそやってんな、とは」

 なるほどつまり鍛刀には不要と判断されて無視された、というわけだ。
 私は苦笑して、言付けられた内容を伝えた。部外者である私にはその内容はよくわからないけど、鋼鐵塚さんの不本意なことだったらしい。
 ちっ、と大きめの舌打ち。あ、これは私が八つ当たりされるやつか。
 だから里のひと、わざわざ私に伝言頼んだのか!
 今更気付いて慌てる。みたらし団子……は今はない。気を逸らせる可能性は絶望的だ。
 ええい、ままよ。どうせ怒られるなら……!!

「なんかわかんないですけど、すみません。あともっと鋼鐵塚さんが怒ることなんですけど……!!」
「あん?」
「手紙です!!」

 隊士からの手紙を差し出す。
 刀鍛治へ送る手紙なんて、刀が折れただの研ぎに出したいだのに決まっている。
 伝言と手紙で二回八つ当たりされるぐらいなら一回まとめて八つ当たりされたほうがましだ。
 私は雷を覚悟したけど、手紙を受け取った鋼鐵塚さんは差出人を見て、
「ああ、炭治郎か」と、なんてことないように言った。

「えっ怒らないんですか」
「これは刀が折れたって内容じゃねぇよ」
「文通してるんですか」
「まあ、暇なときにな」

 そう言いながら手紙を開いて、ざっと中身を確かめて息を吐く。
 嬉しそうに。
 仲のいい隊士もいるんだな、あの鋼鐵塚さんが……と思ったけど、口に出したら怒られそうなので飲み込む。

「ご用件は以上でした」
「そうか。もう二度と作業中に工房入ってくんなよ」
「はあい」

 作業中は集中していて気付かない事の方が多いけど、自分の領域に他人が許可無く立ち入るのは我慢が出来ない。と鋼鐵塚さんが言う。
 それもまた、隊士にはない感覚だったので、驚いた。
 はいはい、と頷いていくと、鋼鐵塚さんが「ふっ」と息を吐いた。

「じゃあな。早めに寝ろよ」

 そう言って私の頭を撫でて、用は済んだと背を向けて歩き出した。
 その背中を見送りながら、きょとんとした。
 私のこと、子供だと思ってないか。
 甚だ遺憾だ。鋼鐵塚さんに子供扱いはされたくないなぁー。
 撫でられたところに指先を添えながら息を吐く。
 よっぽど炭治郎さん、という隊士から手紙が来たのが嬉しかったんだろうな。おかげで八つ当たりされずに済んだ。
 なんだか微笑ましくなってしまって、鋼鐵塚さんには見えないとわかっているのに、彼に愛想よく手を振った。





2020/08/22:久遠晶
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