幸福な景色



 朝目が覚めて、真っ先に目に入るのが大好きな人の顔っていう、この状況、冷静に考えて…………すごいことじゃない?
 すやすやと眠る王騎様を見ながら、私はゴクリと唾を飲み、そう考え込んだ。
 王騎様の腕枕で寝て、そして目覚める。これ以上の贅がこの世に存在しようか。私の身体は王騎様の腕にがっしり抱えられているから、みじろぎ出来ないのが難点だけど。あと、真っ直ぐ伸びた髭が胸元をかすめて、くすぐったいところか。

 かっこいいなぁ、王騎様。

 健康的な、長く艶やかな黒髪。男性的で彫りの深い顔立ち。強く逞しい体躯。戦神の彫刻が動き出したような方だと、そう思う。眠っていらっしゃるから、溢れる威厳は少しだけなりをひそめているけれど。
 目を閉じている分、睫毛の長さや、顔立ちそのものがいつもより見える。
 思わずため息が出る。戦うための体は、昔より少し老いた今でも、覇気を失うことが一切ない。

「──そんなに見つめられると、穴が空いてしまいますよ」
「おっ王騎様!?」

 不意に王騎様の唇が釣り上がった。声をかけられ、ついぎくりとしてしまう。悪いことはしていないけれど、親に悪戯を見つかった時のように体が強張る。

「すみません、起こしてしまいましたか」
「いいえ、だいぶ前から目は覚めていたんですが」

 長い睫毛がゆっくり持ち上がって、大きな瞳があらわになる。威厳と覇気が眼光とともに押し寄せて、圧倒されそうになってしまう。輝かしい瞳を直視できなくて目を逸らした。

「おや、もう私の観察は終わりですかァ?」
「意地悪しないでください……」

 恥ずかしい、恥ずかしい。寝返りを打って身体ごと顔を逸らそうとすると、王騎様は私に覆い被さってきた。

「いいんですよ、好きにみてくださァい」

 王騎様の唇が、首筋におりてくる。思わず息を詰めると、王騎様は鳥がさえずるような笑い声をこぼした。

「もう、あ、朝ですよ」
「ええ。わかっています。……昨夜は無茶をさせましたしねぇ」

 思い出して顔が熱くなる。
 そうだ、私は王騎様と……。
 結婚生活七年目にして身体を繋げた。それは夢のようなひとときだった。狼狽えて呻く私を、王騎様は優しくほどいてくださって…激しく求めてくださった。

「今日はゆっくりしてください。傍にいますから」
「で、でも、王騎様は彫刻が」
「もう隠居してますから。彫刻なんてただの趣味ですしね。大事な妻以上に優先するものなんて、今の私にはありませんよ」

 大事な妻。優先するものなんてない。
 直球の言葉に呻きが漏れる。
 うまく息が出来なくなってしまう私に、王騎様は楽しそうに笑っている。

「か、からかってますでしょう? 王騎様ったら」
「からかってはいますが、本心ですよ」
「うそぉ」
「失敬ですねえ。……自己評価が低すぎる妻に自信をつけさせてあげるのも夫の勤め……ということです」

 王騎様の無骨な手が私の頬を撫でる。目を逸らしたかったのに王騎様が顔を向けさせるから、嫌でも真っ正面から向かい合うことになる。
 慈しむ目だった。宝物を愛でる手で、私に触れている。
 そう思うとたまらなくなる。居心地悪さ以上に、うれしさと戸惑いが身体を支配して、冷静ではいられなくなる。じっとしていられない。

「お、王騎様……」
「はい。なんでしょう」

 この方は私の気持ちなんかすべて見透かしているのだろう。
 私は呼吸するのも一苦労なぐらいいっぱいいっぱいなのに。

「好きですよ」

 このいっぱいいっぱいな感覚を少しでも王騎様に感じてほしい。その一心で愛を囁いてみると、王騎様はきょとんとした。

「私は愛してますよ」

 幸せそうな笑み。
 ……やっぱり絶対からかってる!
 ひとまずそういうことにしておかないと、いよいよ私の心臓が破裂しそうだった。
 




2020/04/27:久遠晶
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