物語の傍観者



 ものがたりとは おもいでの つらなりです。 

 おもいでと おもいでが おもいだしあって

 おもいでに なっていくのです。 

 おもいでを のこしておかなければ わすれてしまうのです。

 だから

 カエルに それまでの おもいでを かたりかけてください・・・。

 それを ひとは セーブといいます。 

 さて。

 ぴょん。 

 セーブしておきますか?


   ***


 わたしは何度、このセリフを喋ってきたでしょうか。
 旅人に、村人に、わたしはあらゆる人々の言葉に耳を傾け、数々の思い出を残してきました。
 物語は読み手が居なければ始まらない。
 わたし達カエルは、言わば物語の一番初めの読み手なのです。
 逆を言えば、わたし達は物語の中には存在出来ません。
 それを苦に思ったことはありません。わたし達が自分を自覚する前から、この仕事はわたし達と在りました。そういう役目なのです。

「そ、それでね、私、頑張ってデートに誘ったの。上擦ってどもっちゃって、笑われちゃったけど……でも、オーケーもらえたよ! これって脈アリかな……?」
「それは……気迫に押されただけの気もしますが」
「ううっ、カエルちゃん、ズバッと言うね! でもいいよ、私めげないんだから! あの人のハートをげっちゅーするまで、私負けない……!」

 さんはぐっ、と拳を握って決意を新たにしています。ちょっとだけ赤くなった頬は、『あの人』とのやり取りを思い出しているからでしょう。

「それでは、昨日の思い出はこんなところですか?」
「うん。……で、これから、今日の思い出作ってくるところなんだけど……」
「ああ、それで朝っぱらから広場にいたんですか?」
「イエス……約束の時間まであと一時間もあるんだけどね」

 恥ずかしそうにしながら彼女は言いました。
 彼女はかれこれ三時間ほど、わたしに思い出を語りかけています。それでもまだ待ち合わせまで時間が余るのだから、彼女は相当に緊張しているらしいです。

「大丈夫ですか?」
「うん! 私頑張るよ! カエルちゃんも応援してね!」

 その言葉に頷くことが出来ず、わたしは曖昧に笑いました
 いつからでしょう、ちょっとだけ彼女の想い人に嫉妬するようになったのは。
 カエルはわたしのほかにもたくさんいるのに、彼女はセーブのとき決まってわたしを指名してくださるのです。  日々の出来事を嬉しそうに話す彼女を見ているうち、いつしかわたしは読み手が主人公に抱くもの以上の好意を抱いていました。
 彼女の瞳が占めるのは、いつだって『あの人』です。わたしは見てくれません。
 当然のことなのに、切ない……と感じてしまいます。

「いつもありがとうね、カエルちゃん。わたしカエルちゃんが話しを聞いてくれるから頑張れるんだよ」
「これが仕事ですから」
「うん、いつもありがとう。それじゃあ、わたしもう一度トイレで髪型チェックしてくるね」

 そう言い残し、彼女はわたしの前から居なくなりました。公衆トイレに歩いていきます。
 わたしはふう、とため息を付きました。  思い出を語りかけるひとが居なくなれば、ぼーっとするぐらいしかカエルにはやることがありません。最近はゲロゲロと鳴くのすら近隣住民から文句が飛んでくるのだから、世知辛い世の中です。
 話しかけてくれる誰かが現れるまで、わたしは彼女の話してくれたことを思い出すのです。

 どうしてわたしはカエルなんでしょう、と、色々考えるのですが、この仕事をやめたいとも思わないのです。
 仕事に誇りと愛着があるのもそうですが、わたしに思い出を語りかける間は、彼女はわたしのことを見てくれるのですから。
 彼女の瞳はわたしのものでないけど、語りかけてくれる時の笑顔は、わたしだけのものです。それが見たいから、悔しいけど彼女と想い人はくっついてほしいのです。
 恋愛物語の主人公になるには、カエルであるわたしは分不相応です。
 そう考えていると、彼女に駆け寄ってくる男の子の姿を発見しました。

「おーい、! 待たせた!」
「あ……いいの、私も今来たとこ!」
「ならいいんだけど……じゃ、今日はたくさん遊ぶか!」
「う、うん!」

 想い人がぎこちなく彼女に手を伸ばして、ぎこちなく彼女がその手をとりました。
 二人の頬の赤さからすると……くっつくのは時間の問題でしょうか。本人たちは気付いてなさそうですけど。

「……頑張ってくださいね」

 私の言葉が聞こえたのか、彼女は振り返ってわたしを見て……それから嬉しそうにピースをしました。

【また あした話すね】

 唇の動きだけで伝わった言葉。
 まったく、これがあるからカエルはやめられないのです。





2015/05/31
これ、かれこれ五年ぐらい前に書いたやつなんです。供養がてら修正なしで公開 2016/11/11:文章多少の修正
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萌えたよ このジャンルの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望!