今度はプライベートで会いましょう



 降臨モンスターの朝は早い──。
「住んでいるだけなのに勝手にあいつらがやってくるんですよ」
 最近は骨のある冒険者が来ないと愚痴をこぼした。
 まず、先制攻撃による降り落としから始まる。
「やっぱり一番嬉しいのは負けた冒険者の悔しがる顔ね。降臨やっててよかったなって(笑)」

 などと言っているかは定かではないが、ここに一つのダンジョンがある。
 その名も『チャレンジダンジョン』、名前の通り冒険者が己が力量を試し、重要素材を得るためのダンジョンである。

 魔焉皇帝・ヴァンパイアデュークはこのダンジョンの五階層目に立ちふさがるボスであった。
 超絶デビルラッシュにも出演し、既に究極進化済みの自分が何故十階中の五階層目なのか。デュークには色々と不満があったものの、期間限定という話で五階層のボスに甘んじていた。

 今日も今日とて、デュークはダンジョンの五階で冒険者を待ち構える。扉越しに階段を登ってくる気配を感じ、デュークはうっすらと笑みを浮かべた。
 今回の挑戦者が、勢いよく扉を開け放つ。

「こ、こんにちはーっっ! ノエルドラゴンの為に、今回、挑戦させていただきますっ……あっ。失礼します」
「お、おい主! 先制攻撃が来たら危ないから後ろに控えてっ」

 扉を開けたのはモンスターではなく使役する人間の方だった。部屋に入るなり元気よく自己紹介と挨拶を始める彼女に、ヴァンパイアデュークは呆気にとられてしまう。
 危ないからと冒険者の肩を掴んで下がるよう言い含めていた現世の龍喚師ソニアが、玉座に座るヴァンパイアデュークに気付き慌てて武器を構える。
 肩すかしをくらっていたデュークははっと気づくと、ごほん、と咳払いをした。
 目の前にいるのは財宝目当てに王の部屋に押し入り、無礼にも武器を向ける不届き者だ。……ご丁寧にも挨拶はされたが。

「『控えよ』」

 デュークは皇帝として、貫禄と威厳に満ちた声で命じた。闇の息吹を空間に満たし、その重圧でもって不届き者を無理やりに跪かせる。

「ぐっ……な、なんて重圧なの……!!」

重みに苦しみに、血を吐きだす音にデュークは気分よく顎をあげ、冒険者とモンスターたちの顔を見た。
現世の赤召喚師、ソニアをリーダーとした悪魔パーティだ。重圧をかけた際の感触からして、育成不足が否めない。
果たしてこの者たちは、デュークをどこまで楽しませてくれるのだろうか。

「そ、ソニアちゃんたち、大丈夫!?」
 先ほど間抜けにもデュークに挨拶していた冒険者は、突如吐血し膝を吐いた仲間を見て戸惑った声をあげた。慌てふためく様子はいかにも低ランクと言った風体だ。
 冒険者は息をひとつつくと、ソニアたちに攻撃の指示を飛ばす。デュークを牽制しつつ合間に回復を重ねる、なかなかに的確な指示だった。
 しかし、所詮はたまたま手に入れたガチャ限をリーダーに寄せ集めの悪魔で特攻をかましてきたようなパーティだ。
 予想以上の奮闘を見せたものの、デュークがほんのすこし実力を出せばかなうわけがない。
 空間に、ソニアが作りだした火と闇のドロップが満ちる。リリスの悪魔エンハンスで強化された一撃を片腕で受け止め、デュークは薄笑みを浮かべた。

 消費された火と闇のドロップの代わりに、魔皇帝の闘気が満ち満ちて揺らめく。底冷えするような冷たい影はソニアたちを絡め取り、床へと縛りつける。
 バインド耐性がないその場の全員が、デュークの闘気に凍りついて動けなくなる。
 動ける者と言えば、非戦闘要員である冒険者のみだ。

「くっ、う、動けない……!」
「格の違いを見せてやろう」

 すぐにはとどめを刺さず、絶望を煽るようにそう言い放つ。
 そうして、床に倒れ伏しながらデュークを睨みすえるモンスターと、怯える冒険者の視線を楽しむ。
 デュークはゆったりと片腕をあげ──そして振り下ろした。
 『インフィニティブレード』そう名付けた一撃は、あっさりと冒険者をゲーム―オーバーへと叩き落とした。

 すぐさま担架で運ばれるモンスターたち。降臨ダンジョンと違い、冒険者の腕試しを目的として人工的に作られたこのダンジョンには担架と医療班が待機しているのだ。
 慌ててモンスターを運んで行く医療班を見やり、デュークは冒険者の視線に気づく。冒険者はデュークを見やり、茫然としている。
 力の差を見せつけられたのだ。放心してしまうのも無理はないだろう。
 デュークは冒険者を無視して立ち上り、自らも傷を癒すために奥の控え室へと足を運ぶ──冒険者に見られるのは屈辱的だからだ。

「か、格の違い……見せつけられちゃった……」

 どこか恍惚とした呟きが、マントをひらめかせるデュークの耳に入った。

 それが、一度目の出会いだ。
 二度目の出会いは、すぐに訪れた。スタミナが余っていたのか魔法石を使ったのか、再度冒険者がダンジョンへ足を踏み入れたのだ。

「本日二度目、失礼します! 村野まゆみですっ」
「だから主、危ないから下がってて!」
「……『控えよ』」

 先ほどと同じように、重圧によって90パーセントダメージを与えるデューク。冒険者のパーティは変わらずソニアがリーダーだったが、サブに季節外れの水着をつけたメタトロンが要る。
 悪魔タイプではないが、バインド解除要員として連れてきたらしい。
 無駄なことを、とデュークは微笑む。
 先ほどよりも低い火力でデュークを倒せると思っているのなら間違いだ。

 案の定、先ほどよりも短い時間で冒険者はゲームオーバーとなった。
 力の差が圧倒的だからか、モンスターたちはともかく冒険者が悔しがる様子はない。ただ、呆けたようにデュークを見つめ、デュークが視線を返すとはっとしておじぎする。

 それが、何回も何回も続いた。
 スタミナ回復はすべてチャレンジダンジョンに当てているのか、期間中冒険者は何度もデュークに挑んできた。そろそろあの冒険者がまた挑んでくる頃だ……と、デュークにも周期がわかってしまうほどに。
冒険者がつまらないミスで道中でやられたときには、待ちかまえるデュークに苛立ちが募る。
 ──私を倒しに挑んでいるんだろう! デーモンごときにやられてどうする!
 いつも薄笑みを浮かべるデュークは珍しく拳を握り、すぐそばで控えるキングあわりんは怯えたものだ。
 気がつけば、あの冒険者がきちんと眼前にたどり着けばほっと息をつくデュークがいた。挨拶代わりの『控えよ』を繰り出すことを心待ちにしているデュークが居たのだ。

 父親のような心境で冒険者の奮闘を見守っていたデュークだが、ついにその時は訪れた。
 今回の冒険者が連れてきたのは、二人の大天使・ルシファーを筆頭にした耐久パーティだ。明けの明星で体力を削られ、放ったバインドは水メタトロンのクイックキュアーで散らされる。
 そうして二人目のルシファーによる、明けの明星──。
 デュークの攻撃パターンをしっかりと読み、対策を立てた戦術。
 ついに敗北を喫したデュークはクッと笑った。

「よくぞ我を倒した。財宝は持って行くがいい……」
「! あ、ありがとうございます!」

 冒険者が慌てて会釈する。その表情は心なしか初めて会った時よりも凛々しく、輝いて見える。
 別のダンジョンで再び会いまみえた時は容赦はしない。そう笑い、今回も冒険者を見送る。
 ノエルドラゴンの卵を抱えて帰っていく冒険者とルシファーの背中を見て、慣れたことなのに胸に寂しさがよぎった。
 もう、扉を開けながら挨拶をするあの声を聞くことはないのだ。

 別のダンジョンで会うのはいつの日か……ずっと先だと思うと、胸がざわつく。
 何故だか苛立ち、八つ当たりをするように別の冒険者をちぎっては投げちぎっては投げる。それはチャレンジダンジョンの期間終了間際まで続いた。
 時刻はもうそろそろ零時を回ろうとしている。いい加減、終了間際に駆け込んでくる冒険者も居なくなる頃合いだ。
 と、階段を駆け上がる音が響いてきた。
 まだデュークは開放されないらしい。うんざりして目を閉じる。

 デュークは内心で、元気よく扉を開けるあの冒険者を期待した。

「こんにちはーっさ、最後にもう一回だけ来ましたっ」

 聞き覚えのある声にんっ!? と目を開けたデュークは、目の前に居るあの冒険者に目を瞬かせた。
 以前デュークを打ち倒し、財宝を手に入れた少女がまたソニアをひきつれているのだ。

「お、お主、何故ここに? ダンジョンの報酬は一度きりだ、また我を倒しても無意味なのだぞ」
「そんなこと知ってますよぅ」

 デュークは挨拶代わりの『控えよ』も忘れ、玉座から腰を浮かさん勢いで仰天している。そんなデュークに冒険者はふふっと笑った。

「もうデュークさんに会えなくなるから、最後に一度だけお会いしたかったんです。最初のパーティで貴方を倒したくて……迷惑でしたか?」
「い、いや、このダンジョンはどんな冒険者も受け入れる主義であるからして……ゴホン」

 浮き立つ心を押さえてデュークは咳払いをした。その様子はどう見ても普段の貫禄に満ち満ちた皇帝のものではない。
 この冒険者を見ると、何故こんなに胸が沸き立ってしまうのか。

「……『控えよ』って、言ってくれないんですか?」

 しばしデュークを見つめていた冒険者は、そう言って首をかしげた。
 そう、冒険者は戦いのためにダンジョンを訪れているのである。決して、逢瀬などと言う甘い理由からではない。その事実が、デュークの胸に苦いものを残した。
 デュークは取りつくろうように、戦闘へ意識を集中させた。

 以前デュークを倒した耐久パーティと違い、最初に会った時の悪魔パーティ……あの頃に比べるとソニアも鍛えられている。
 強くなったなと感慨深い気分になりながら、デュークはソニアの攻撃をいなす。ソニアは強くなったものの、パーティ自体はあり合わせのままだ。いくら陣とエンハンスを駆使しようと基礎火力が足りておらず、デュークを倒すまでには至らない。
 いつかと同じように、インフィニティブレードでソニアたちを凪ぎ払う。

 冒険者は「やっぱり叶わないですね」と悔しそうな顔をした。

 モンスターを医療班に任せ、ダンジョンに二人取り残される。
二人きりだと言うのに、会話には色気がない。

「あり合わせのパーティで真っ向勝負出来るとは思わないことだ」
「はい……キモに命じます。変換できる子が来てくれれば、将来性はあると思うんですけど……。セポネちゃんとか来てくれないかなぁ」
「冥府神は仮にも『神』だぞ、高望みしすぎだ。汝のような小娘が使役出来るなどとは思わないことだ」
「はい……」

 しゅんとうなだれる冒険者。デュークはイライラとしていた。悪魔タイプにはペルセポネ以外にも有能なドロップ変換能力を持つものがいるのだ──たとえば目の前に。

「戦いの間に日付が変わった。このダンジョンももう撤収だ」
「はい」
「もう会うことはないだろう」
「……寂しいですね」
「なら、一度我が居城に来るといい。歓迎してやる」
「え?」

 冒険者が目を見開いて、デュークを見上げる。
 玉座に座っていたデュークは重い腰をあげて立ち上ると、傍らに佇んでいた冒険者の足元に跪いた。驚く冒険者の手を取り、その甲にくちづけを落とす。
 生きた人間である冒険者の暖かさが、吸血鬼の唇に触れる。冒険者にとっては氷のように冷たいことだろう。動揺する冒険者の指先がぴくりとうごめいた。

「ドロップ変換の役割は我が担ってやる。──だから、我が主となるがいい」
「そ、それって……」

 それは情熱的な求愛の儀式であった。
 モンスターが人間の仲間となる場合、大きく分けて二通りのパターンがある。ダンジョンで倒され、卵としてドロップし新たな人生を冒険者に尽くす場合と、ガチャ竜の導きにより冒険者に召喚される場合。
 今回はそのどちらでもない。戦闘はデュークが勝ち、チャレンジダンジョンで卵はドロップしないのだ。
 だが、デュークの心は沸き立っている。数千年の時を生き魔王として君臨するデュークが、初めて人間に心惹かれている。眼前にいる冒険者の少女を守り、尽くしたいと感じているのだ。
 人間に仕えるなど、負けモンスターのすることだと思っていたデュークが、仕えるべき主人の存在を知って歓喜しているのだ。

「無論、今すぐというわけにもいかぬ。このダンジョンでモンスターは仲間にならない。そういう契約をダンジョンの持ち主と交わしているのでな」
「は、はい……」

 デュークの瞳に情熱的な光が宿っていることに気づいた少女が、頬を染めてデュークを見下ろしている。見上げ、デュークは薄く笑った。かわいらしい少女だ、と……。

「だから我が居城に来い。そして我を倒せ、主……」
「は、はい……! 頑張ります、私っ」

 冒険者がぶんぶんと首を縦に振る。
 求愛が通じ、デュークはほっと息をつく。
 果たして本気のデュークを冒険者が打ち倒すのはいつの日か。その日が来るまで、冒険者は何度でもデュークのもとを訪れてくれるだろう。
 デュークは今日も、愛し人に想いを馳せるように来訪者を待ち構える。





2016/07/24:久遠晶
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