おバカな形兆
バッド・カンパニーは大半がやられていて、戦線も崩壊している。
中距離でこそ真価を発揮する軍隊だ。本体のおれが敵に接近していちゃあ、誤射の恐れがあって攻撃もできない。
いわゆる、万事休すってやつだ。
「素直に仗助と共闘していればよかったのにね」
「ふざけろ。まだ終わっちゃいねえぜ」
ハッと笑って見せるが、完全に強がりだった。 おれはこのまま殺されるだろう。生きていちゃあ仗助が治すからな。
おれだってこの男の立場なら殺している。
ああくそ、忌々しい。
仗助は今頃、あの女を連れて逃げおおせているだろうか。怪我させてたら殺す。
本当は、おれの役目であってほしかった。
あの女の肩を抱き、心配するなと言ってやるのは俺であってほしかった。
笑えない願望だ。憧憬にもほどがある。
恥ずかしすぎて誰にも明かせない。本当に高望みだ。
八歳のころにおやじが化け物になった。それから十年、おやじを殺すことだけを目的に生きてきた。そんなおれが誰かを守りたいだと?
できるわけがない。そんなこと。 立ち上がろうと地面に手を突いた。肘が伸び切らずに、顔がまた地面に落ちてしまう。
「必死なものだね。まったく哀れだ!そんなことをしても彼女は振り向かないのになぁ!」
「いちいちいちいち、アイツの話ばっかでうるせえ男だなッ~! ガハッ」
「認めたまえよ。好きなんだろ、あの小娘が!父のことを知られて同情されて、ころっと来てしまったかい?案外ちょろい男だよなきみも」
「……ああ、そうだよ。好きだよ。惚れてるよ。これで満足か?」
おれが認めると、男はたいそう驚いた。おれが認めるとは、つゆほどにも思っていなかったらしい。
「俺の人生の汚点のふたつ目だ。教えてやったことを光栄に思えよ」
言いながら男の足に縋り付いた。男の身体を支えにして身体を起こす。
「くっ、離せッ」
「おっと動くなよ。そこらじゅうバッド・カンパニーの地雷だらけだからなぁ~」
何のために無駄話に付き合ってやったと思ってる。
最後の気力を振り絞る。周囲にバッド・カンパニーを展開して取り囲む。
男にしがみついて的を固定する。弱り切った軍隊でも動かない的になら当てることは容易だ。
「き、貴様!いいのか、このままでは貴様も…!」
「お前を殺せば俺の汚点を知る者は居なくなるっつうことで…覚悟しろ、我慢比べだ」
「こんなことをしても、あの女は振り向かんぞ! や、やめろ! やめ――」
「もろとも死ねよ」
男がスタンドを展開させる前に、バッドカンパニーに一斉射撃を命じる。
歩兵によるライフル一斉掃射、空爆、戦車の砲撃。
――こんなことしても、あの女は振り向かない、だって? 知ってんだよ。そんなこと。
誰にも祝福されない。認められない。そういう思いは、この十年間いやというほど味わってきた。
弓と矢で何人も殺した。今頃誰かを助けたって、今更だ。
罪が贖われるはずはないし、地獄行だって変わらない。
だけど――それでも――なにかが変わるかもしれないと、そう思っただけだ。
身体がライフルや砲弾で削られていく感覚がするが、もはや痛みも感じない。
おれが死ねばあの女は泣くだろうかと思って、そこで意識が途切れた。
***
まぶたに暖かい光を感じて目を開けると、目の前に仗助がいた。
「…仗助?」
「おお!起きたか!っか~~びびったぜぇ~~お前、どう戦ったらあんな状態になるんだよ!? ちったあ考えろよ!」
「おい、あいつはどうした?お前なんでもどってきた!」
「そりゃお前を助けるためだろーがよー」
「はあ?仗助お前な…うおっ」
「虹村くんっ!」
胸に衝撃を感じてうめく。あの女が俺の首に抱き付いて締めあげている。
息が出来ない。それ以上に胸が当たってる。
「おい、くるしっ…!」
「あー夢子、そのままだと形兆死ぬ」
「あ、ごめん」
ぱっと腕の力が緩む。だがまだ抱き付かれたままだ。
「虹村くん生きててくれて、うれしくて。ごめんね…私たちのために、一人で戦わせて……」
泣きながら笑ってしょぼくれる。忙しいやつだ、とぼんやり思う。
「体勢整えて戻ってきたら、お前、すげー状態になってんだもん。よくあの状態で生きてたよなぁ~お前も敵も。無茶すんなよ、マジで」
仗助の声は明るいが、最後だけは真剣だ。
暗に殺しはするなと言っているのだ。
殺されそうだったから殺す気でやった。生かしておいたら脅威になるから、相討ちを狙った。
甘ったれの仗助にとっちゃあ許せないんだろう。
「お前になにかあったら億泰も夢子も泣くんだからよぉ~」
「はあ?」
思わず変な声が出る。おれが死んだら億泰が泣く。まあそれはわかる。おれがレッド・ホット・チリ・ペッパーズに殺されかけた時怒り狂ってたからな。 だがなんでそこでこの女が出てくるんだ。
「お前が死んでもこいつは泣くだろ」
「いや種類が違うだろ~だってコイツお前の事」
「ちょっと仗助!」
慌てた女が仗助をスタンドでぶん殴った。イデ!と仗助が悲鳴を上げる。 力のないスタンドでもそれぐらいはできるらしい。
「え?なに?先輩まだコクって……あででででで!!」
「ごめん虹村くん気にしないで!!こいつなんか変なこと言ってるけど!!」
「はぁ……」 いまいち意味がわからん。
頭が痛くてフラフラとする。仗助のスタンドは傷を治せても流れた血が戻るわけじゃない。貧血はそのままのようだ。
「は~でも虹村くん生きててよかった。あのまま死なれたら私自分を一生ゆるせないとこだったよ」
「そいつはずいぶんだな」
一生恨むってのも難しいもんだからな。
「…あのさ。虹村くん心配してんのに、ちょっとぼーっとしすぎじゃない?」
「あだだだっ!それを言うならてめーもだろっ!心配しろなんて頼んでねぇよ」
「あーすぐそういうこと言う」
「つうか退けお前」
まだ俺にしがみついたままの女を引きはがす。
「照れる形兆きっもちわり…」
「聞こえてんぞ」
まったくうざったい。いったいなんなんだこいつらは。
甘ちゃんで、平和主義で、博愛と同情をはき違えた大馬鹿野郎。お人よしすぎる。
「虹村くんも無茶するっていうか、なんていうか。お人好しだよねえ」
「は?」
それはお前らだろ、と言うより先に。突拍子もなさすぎて呆れてしまう。
平和ボケした連中を見ると、いつも後頭部がチリチリして後ろ暗い気持ちになる。何も知らないくせにとイラついて、おれがバッド・カンパニーの銃口を向けても同じことを言えるのかと、甘ったれたツラを恐怖で染めたくなる。 それは今だって同じだ。仗助のことだってこの女だって、認めたわけじゃない。
だがそれでも――。 おれが笑ったのは、何年振りだろう。
こんなツラ、恥ずかしくて億泰のやつには見せられない。
仗助たちが目を見開くのを見て、おれはよっぽどのバカ面をしてるんだろうと思った。
1016/11/18:久遠晶
ツイッター内自主企画『#一日一夢』にて形兆夢。
見返すのが恥ずかしく、ほぼ無修正です。申し訳ないです。
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