ひねくれ者の形兆



「相変わらず荒れてんな、お前んちは」

 東方仗助は親友の住むオンボロ屋敷を見上げて苦笑した。元々何年間も無人のまま放置されていた木造住宅は荒れ果て、壁に走る大きなヒビから家の内部が見て取れるほどだ。
 五月が終わり、梅雨に差し掛かる今の時期にこの有り様で大丈夫なのだろうかとひとり不安になる。
 心配する仗助をよそに、当の住居者は間抜け面で敷地内へ入る柵を開けなかに入っていく。色褪せ文字の一部が削り取られた立ち入り禁止の看板を見て仗助はため息をつく。
 せめてこの看板は取っておいた方がいい。こんなんだから幽霊屋敷だなんだと噂されるのだ。

「心配しなくても電気はとおってるからゲームはちゃんと出来るって。ホレっ、2コンもあるしな」
「そういうことを言ってるんじゃねぇってんだよ億泰~~っまぁいいんだけどよ、かえって気使わねーで住むし」
「リフォームは考えてんだけど如何せん金がなぁ~兄貴と俺の学費もあるし、なかなか難しいのよ」
「あぁ、二人だもんなぁ」
「それに書類偽造すんのも結構大変でよぉ。おやじのハンコがいるだろ?」
「あぁ」
「兄貴がおやじを業者に見せたがらねーんだよ」

 仗助はなにも言えず黙りこんだ。
 虹村家は通常の家庭から著しくことなり、逸脱している。仗助も母子家庭であり通常の家庭とは少し違うが、それとは種類の違う異常が虹村家にはある。
 億泰とその兄、形兆は不死身の化け物に成り果てた父親を殺すために十年という時をやつしてきた。普段億泰とばか騒ぎしている分には感じないが、仗助はこう言うとき、億泰の過ごしてきた時間を知り、また自分の軽率さを恥じ入る。

「俺としてはハンコ押させるぐらいいいじゃねぇかと思うんだけど、やっぱ思うとこあるみたいでよぉ~」
「……なんだかんだで親父さん思いだよな、形兆って」
「オウ、自慢の兄貴だぜ。日陰者だけどな」

 玄関の鍵を開けながらカラカラ笑う億泰に深刻さはない。億泰の短絡さはこういう意外な割りきりにも通じていて、仗助が好んでいる部分でもある。

「兄貴~帰ったぞぉ~。おっ、いんのか、~」
「おい、まさか形兆の部屋開ける気じゃねぇだろうな」
 玄関に靴を脱ぎ捨てて二階への階段を上がろうとする億泰の腕をつかんだ。小声で
問いかける仗助に億泰はキョトンとした顔だ。

「そうだけど。挨拶してーし」
「いやいや、二人きりなの邪魔したら殺されるぞお前……。ナニしてんだかわかんねーしよ」
「ナニ……? それだったらなおさら突撃しねーとだめだろっ」
「俺はとめたぜ、億泰」

 ニヤニヤ下世話な顔を浮かべる億泰に、仗助は形だけは呆れた風を装った。
 形兆の自室は、二階の奥の角部屋であり、もっとも玄関から離れた場所だ。たどり着く際に長い廊下を歩かねばならない。バッド・カンパニーによる籠城と攻撃を念頭に置いた部屋の配置だ。
 荒れ果てた家の廊下に設置された真新しい写真立てや観葉植物も、癒しのためではなくバッド・カンパニーが隠れるための遮蔽物だろう。
 敵に乗り込まれることを考慮した間取りは、そのまま虹村家の――形兆の心の殺伐さを現している。

 レッド・ホット・チリ・ペッパーズとの闘いのあと弓と矢をスピードワゴン財団に託し、父を殺す以外の別の道を模索し始めた形兆だが、荒廃した内心は変わっていないのかもしれない。
 形兆とは積極的に関わらないし友人でもないが、親友の兄だ。仗助にとっては間接的に祖父を殺した男でもあるが――そこは、もう考えないことにしていた。
 複雑な感情を抱える仗助を知ってか知らずか、億泰は勝手知ったる自宅の廊下をずんずんと歩く。扉の前で立ち止まることもせず、ノックを二回すると返事を待たずに扉を開ける。

「兄貴ィ~来てんのかぁ~っ? ――うおっ!」

 なにかが破裂するような音が断続的に響いたのと億泰がしゃがみこんだのはほぼ同時だった。
 億泰の背後にいた仗助は反応が遅れる。とっさに構えた拳に衝撃と痛みが走った。

「いっつ……!!」
「あ、兄貴! いきなりバッド・カンパニーはねぇだろうがよぉ!!」
「ああ、億泰か。今度勝手に部屋開けたら狙撃するって言っといただろ」

 手の甲に無数の穴が空いた仗助が手を押さえる間に、悪びれない声が部屋の中から飛んでくる。
 加減はしていたらしく五ヶ所ほどしか撃たれてはいないが、怪我には違いない。
 下から億泰がかけた声はちゃんとこの部屋まで届いていたはずだ。仗助がいるとわかった上で狙撃してきたということになる。
 むかっ腹が立った仗助は入り口にいる億泰を押し退けるようにして部屋の中へと乗り込んだ。

「億泰撃つのは勝手にすりゃいいけどよぉ~ッその! とばっちりかけるのは勘弁してほしいんですけ、ど……」
「お前か」
「こんにちは仗助くん。言い訳するけど、わたしは止めたんだよ……」
「な、なにしてんだよ形兆」
「あぁ?」

 部屋のベッドに横になる形兆は、見てわからないのかと言いたげに眉をしかめた。

「なにって耳掻きさせてんだよ」

 に膝枕をさせながら腕をくんでの不機嫌そうな言葉は、まったくもって迫力がない。
 形兆の耳に差し込んでいた耳掻きを外すと、は形兆の肩をぽんと叩いて終わりを示した。二人には羞恥心もなにもない。

「ん、終わったよ虹村くん」
「ああ、悪いな。バッド・カンパニーにさせてもいいんだが神経使うんでな。助かった」
「いいよ。私も嬉しかった」

 は耳垢をまとめたティッシュをまとめると、ベッド横にあるゴミ箱の中へと落とした。
 形兆は起き上がり、毒気を失った仗助と億泰を一瞥する。

「んだよ、まだいたのか。お前らもこいつの膝使いてぇのか」
「いや、それは」
の膝枕か~懐かしいなぁ~俺も耳垢溜まってたしじゃあ久々に」
「させるわけねぇだろ。せいぜいバッド・カンパニーなら使わせてやるけど」

 億泰の間抜けな声を遮っての声に仗助は苦笑した。
 バッド・カンパニーが自分よりも大きい耳掻き棒を操る場面を想像してしまう。仗助は絶対にゴメンだ。
 昔馴染みの三人らしいが、恋人の膝を使われていい気はしないはずだ。
 形兆は立ち上がると仗助の前まで歩み寄った。顎をあげて見下され、仗助は反射的に身構える。形兆の視線は怪我をした右手だ。

「んだよ形兆」
「お前、てめえの怪我は治せねぇのか。あまちゃんのお前らしい不便なスタンドだな」
「あぁ? 嫌味かそれは」
、三段目の棚」
「わかった」
「おい億泰、ちょっと来い」
「イデデデデ!! 耳っ引っ張んなよー!」

 形兆は言うだけ言うと、仗助の肩に肩をぶつけながら隣をすり抜ける。億泰の耳を引っ張りながら階下に降りていった。
 ――なんだあいつは。
 形兆にはどうにも目の敵にされている気がする。露伴のように表立って嫌悪感をあらわにされるわけではないが、言葉の端々にはいつもトゲがあった。
 DIOの配下、その息子とジョースター家の一族だ。わだかまりがあるのかもしれない。

「仗助くん、おいで。手当するよ」
「どうもっす」

 ベッドのサイドデスクから救急キットを取り出してが言う。促されてそばに腰をおろした。

 手の甲に開いたいくつかの穴にうんざりする。なれた手つきで消毒したピンセットを向けられ、息を止めた。
 バッド・カンパニーの銃弾が埋まった穴にピンセットの先をねじ込まれる。

「ごめんね」

 ずるりと銃弾が引きずり出され、カラリと床に転がり高い音を立てた。それを何度もくりかえされる。さらに、消毒液を染み込ませたガーゼで手の甲を拭かれて、焼けつくような痛みに悲鳴が出そうになる。
 手足の末端は、一般に痛覚が鋭い。切り傷の消毒すら人によっては声がでるというのに、抉られた肉のなかに消毒液が染み込んでくるのだ。

「虹村くんがごめんねぇ」
「……いいっすよ。結構恨み買うタイプなのは自覚してますし」
「ああ見えて仗助くんにはかなり感謝してるのよ」
「そうすかね」
「億泰の相手してくれてありがたいって言ってたよ。今まで、億泰くんって友達らしい友達居なかったから……あんな生活してたんじゃ当たり前よね」
「マジかよ」

 の言葉はにわかには信じられない。
 そもそも形兆は間抜けな弟に対する風当たりが強い。億泰を非難する言葉は容赦がなく、聞いている身が居心地悪くなるほどだ。
 戦いの際億泰を誤射した際も辛辣な言葉を吐きかけていた。

「虹村くんは不器用だから……」

 包帯を巻きながら、が困ったように笑う。

「優しさをうまく表現できないんだよね」

 暖かい眼だった。母親が子供のいたずらに呆れる時のような、穏やかな優しさに満ちている。
 弓と矢を奪われ荒れていた形兆を心配していたのは、他でもない億泰とだ。形兆と過ごせる平穏な日々を噛み締めているのかもしれない。

「……ホント、形兆のこと好きなんスね」
「へっ!?」
「痛っ」
「あ、ごめんっ」

 あわてふためいたが包帯をきつく締めすぎ、仗助はこらえていた悲鳴を漏らしてしまった。
 そこに、階下から形兆がやってきた。

「なに騒いでんだおめーら」
「虹村くん」
「まあいい。……仗助」
「んだよ」
「お前コーヒーと紅茶どっちが好きだ」
「はぁ?」

 突然の話題に面食らう。

「どちらかっていやーコーヒーだけど」
「チッ、めんどくせぇ野郎だな」

 聞いてきたくせに文句を言われる。聞くだけ聞くど、形兆はすぐに階段を降りていってしまう。

「なんなんだあいつは」
「コーヒー淹れてくれるってことだよ。私も億泰くんもコーヒー飲めないから、仗助くんの分だけコーヒー淹れるのが面倒だってことじゃない?」
「そういう話だったんすか」
「そりゃ、客人だしね。虹村くんそういうおもてなしきっちりしてるから」

 すっかり忘れていたが、仗助はもともと億泰とゲームをするために虹村家に居るのだった。
 それを思えば、兄である形兆が飲み物を振る舞うのは当然と言える。しかし、形兆がコーヒーを振る舞う場面を想像できず仗助は戸惑った。

 しかし、手当を終えて階下にいくと、の言うようにリビングのテーブルにはコーヒーが置かれていた。
 形兆に尻を蹴られながら、億泰がリビングに散らばる雑誌やごみの片付けをしている。部屋の隅には形兆たちの父親もいた。

「俺にやらせねぇで兄貴がパパッとバッド・カンパニーで掃除してくれよぉ」
「なんで俺がてめーのケツ拭いてやんなきゃいけねーんだよ。お前よくこの惨状に人呼ぶ気になれたな」
「兄貴だって呼んでたじゃねぇかよ~」
「俺の部屋は片付いてんだよ!」

 ゲシッと思いきり背中を蹴られた億泰が横転する。
 腹筋に膝をつけるように上から踏みつける蹴りかたに、父親を踏み潰していた形兆の姿が重なる。

「ったく、今となっちゃおやじのほうが片付けできるってどう言うことだよ億泰よ~お前はあの知能遅れの化け物以下か、アンッ!?」

 歯をむき出しにして不機嫌さを押し出す表情も声音も、しかし以前よりもずっと柔らかい。荒野のような殺伐さは消え失せ、老成した顔立ちには年相応のきらめきが見えかくれしていた。

 思わず口を開けてやりとりを見守っていた仗助に、形兆が気づいた。

「ああ、悪ィな。片付かせるからそっちのテーブルに座ってろ」
「形兆よぉ~お前、変わったなぁ」
「はぁ?」

 いつもシワが寄っている形兆の眉間に、さらにシワができる。
 嫌そうな顔だが、敵意はない。

「ね、変わったよね。虹村くん」
「変わった。すげー変わった。人間、変わるもんなんだなぁ」
「おい、なにわけわかんねーこといってんだ」
「って、おいこれブラックじゃねーか。砂糖かミルクぐらい出せよ」
「冷蔵庫開けるねー。あ、牛乳二種類ある」
「え、どれっすか?杜王牛乳ある?」
「お前ら我が物顔で居座んなよ!」

 ドタドタと台所に入り込まれ形兆が悲鳴をあげた。
 呆れ果てた形兆に怒鳴られながら、仗助は、案外この形兆となら友情を育めるかもしれない――と思った。





2015/05/31:久遠晶
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