クールな女と虹村形兆




 虹村形兆はほとほと不思議なやつだと思う。
 父のためにスタンド使いを増やしていた、という異常な経歴から来るのだと思うが、気配の放ち方が他人と違う。隙というものがない。常に全方位を警戒し敵襲に備えている。
 そんな形兆からすると他人はよほどバカで、すっとろくて、隙だらけに見えるのだろう。

「隙だらけなんだよ、お前は」

 私にのしかかる虹村形兆がそう言った。
 彼がどういう表情をしているのか、盲目の私にはわかるよしもない。
 だがいつもより声が険しいので、いい表情はしていないはずだ。
 何かが頬に触れる。形兆のざらついた指だ。弓と矢を引き続けた指先が、私の頬をなぞる。

「好きにしてくれ」

 顎を上げて目をつむると、形兆が戸惑ったような息を吐き出した。
 吐息の震えを抑えるその音が、彼の返って動揺を私に教えている。
 別に形兆の感情表現がわかりやすいってわけじゃない。私の感覚が鋭すぎるだけだ。
 形兆のもたらしたスタンド能力によって、私は視覚に頼らずに世界を認識する方法を手に入れた。

「抵抗ぐらいしろよ」
「力量差がありすぎる。進んで怒らせるつもりはないよ」
「……」

 息の震えは怒りか呆れか。肩を床に押しつける手から、少し力が抜けた。

「お前、俺がこのまま続けたらどうすんだ」
「コンドームは付けてねと頼むところかなあ」
「萎えた」

 上から形兆が退いた。私は上体を起こし、肩をすくめる。

「感謝する。私も望まない形で貴重な初体験を失いたくはないしね」
「お前に惚れた男は大変だな」
「それはお互い様さ」
「あぁ?」
「虹村形兆に惚れた子は苦労するだろう」
「いるわけねぇだろ、そんな女」
「どうだろうね、恋は理屈じゃないからね」

 肩をすくめると形兆が不服そうに眉根を寄せた。その感覚がある。
 ああ、もう。自分より強いとわかっている悪党の家にころがりこんで、二人きりになるのを容認して、押し倒されても無抵抗でいる――その意味をなにもわかっていない。
 己のスタンド能力に対する信頼も自信もあれど、人間としての自信がないのだ。こんな俺がまとまな女に慕われるはずがない、と諦めきっている。

「お父さんを早く殺せるといいな。きみがちゃんと恋出来るように」

 私が笑いながら言うと、形兆の舌打ちが聞こえた。
 形兆の新しい人生が始まるまでは、望まぬ片思いと破滅的な献身に甘んじてあげよう、と、私は世界から目をそらして幸せな日々を夢想した。
 これではまるっきり哀れな女と男だと、わかってはいたけれど。
2018/2/25:久遠晶
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萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望