送り狼の厄介なジレンマ


 約束の30分前に待ち合わせ場所についた。
 目当ての人間は当然ながらまだ来ていないようだ。東方仗助はきょろきょろと彼女を探したい気持ちをこらえて、杜王駅の壁に寄りかかる。
 ガラになくどきどきしている自分に気付いて、思わず苦笑した。

 を意識するようになったのはいつごろのことだろう。
 引っ込み思案でオドオドしたクラスメイトが気になり、やがて慕情となった。
 あの小さく臆病な彼女がふとした時にかたい意志のきらめきを見せる時。警戒心の強い小動物のような彼女が、自分にだけはとろけるような笑みを見せてくれる度。
 仗助は自身の想いを自覚させられるのであった。

 ぼんやりと思考していると、遠くから見知った想い人が駆け寄ってくるのに気付いた。
 まだ豆粒に見えるほどの距離なのに、彼女だとすぐにわかってしまうことに、自分のことながら呆れる。
 ――可愛いッ! 私服姿もグレートだぜッ!
 普段拝めない私服姿に仗助はガッツポーズをとりたくなるのを抑え、クールな表情をキープする。。
 仗助が「たった今お前に気付いたぜ」を装って腕を振ると、は足をさらに速めた。気にしないでいいのに、という思いと自分のために必死になる姿が嬉しいのと半々。

「仗ッ助、さ……! 遅くなっ……ごめっ……ゲホッゴエホッ」
「ゆっくり歩いてきていいのによぉ~。大丈夫か?」
「焦るなって。ゆっくり深呼吸な」
「すみばせっ……ぜえッ……ぜぇっ……」

 両手を膝で支えて、呼吸ができないあまりせき込むの背中をなでてやる。服がじっとりと汗ばんでいるのは、夏の気温の為だけではないだろう。
 必死に呼吸を整えるが可愛い。

「ごめんなさい……出かけに色々あって……」
「あー……露伴か?」

 申し訳なさそうに頷くに、仗助は居心地悪くなって頭をかいた。
 は、漫画家岸辺露伴の妹だ。
 露伴は仗助を毛嫌いしていて、同時に妹を所有物扱いしている節がある。だからか、仗助がに近づくことを猛烈に嫌がるのだ。
 きっと出掛ける直前に引き留められたのだろう。

「大丈夫だったか? なんか言われただろ」
「なにもなかったですよ」

 なにもないわけがない。
 二人きりで出かけることを知った露伴が「ぼくは聞いていないぞッ!」と声をあらげる現場が容易に想像でき、仗助は困った顔をした。
 自分が悪いわけではないが申し訳なくなった仗助に、は困ったように笑った。

「実は、その……お兄ちゃんは、メルヘンの国に行ってるので。大丈夫なのです」
「……あ? もしかして、お前……閉じ込めたの? スタンドのなかに」

 はこくりと頷く。
 はスタンド使いだ。自分の描いた絵本の世界に他者を引きずりこむという能力を持っている。
 その能力でもって露伴を絵本に閉じ込め、家を飛び出してきたということらしい。
 あっけにとられる仗助を、はどう思ったのだろう。すまなそうにうつむいた。

「ご、ごめんなさい……やっぱりスタンドの悪用はダメですよね」
「いや、怒ってるわけじゃねえけど。お前、結構度胸あるなぁ~」
「だって、前みたいに『取材だー!』って言われて乱入されるの、イヤだったから」

 悪戯のばれた子供のように唇を尖らせたるに、仗助は心が沸き立つのを感じた。
 仗助は怒っていない。が謝る必要はどこにもない。
 乱入されるのがイヤなのは仗助も同じだし、引っ込み思案なの大胆な行動はむしろ嬉しいものだ。
 帰宅後露伴に烈火のごとく怒られることは、は覚悟の上らしい。

「お兄ちゃん、わがままばっかりで私をこき使うんです。たまには好きにやらせてもらわないと」
「その通りだよな。ま、俺も怒られてやるから、今日は楽しもうぜ」
「はい! でも、仗助くんに『の半径30M以内に近づかない』なんて書きこまれたらイヤなので、怒られるのは私ひとりでいいですよ」
「……露伴の野郎ならやりかねねぇな」

 性格上に対しては書きこまないだろうが、仗助に対してはやりかねない。
 二人でくすくす笑いあう。

 駅からバス停への道を歩きながら、仗助を見上げたがふふっと笑う。

「仗助さん、今日も髪形決まってますね」
「ほっホントかぁ~? ありがとよ。……も、わ、悪くないんじゃねーの」

 言ってからそうじゃあねえだろッ! と自分に対して毒づく。
 取り巻きの女は多数いるが恋をしたことは初めての仗助は、意識すると途端になにも言えなくなる。
 素直じゃない仗助の言葉にも、は心底嬉しそうに顔をほころばせた。

「本当ですか? よかった、おめかししてきた甲斐がありました」
「お、おう……似合ってるぜ。って、おめかし?」

 今度はきちんと褒めることができた。内心でほっと息をつきつつ、仗助は尋ねる。
 はスカートをひらめかせて、照れたように視線をそらした。

「仗助さんとお会いするから、ちょっとがんばってみたんです」

 頬を染めるは文句なしの可愛さだ。誰よりも可愛いと思うのは惚れた弱みか。

 杜王駅からバスに揺られること15分。
 仗助とは遊園地にいた。

「遊園地! 久しぶりです!」
「知り合いからタダチケットもらってよぉ~。行かずに期限切れにさせんのも悪ぃだろ。ここでよかったか?」
「もちろんです。遊園地すごく好きです!」

 露伴の乱入防止のために、には行き先を伝えていなかったのだ。
 サプライズに近いカタチになったは飛び跳ねて喜ぶ。
 もちろん、知り合いからチケットをもらったというのはウソで、仗助が必死になってチケットを調達したのだ。目を輝かせるにその甲斐はあった、と思った。


   ***


 遊園地を堪能するリーゼントの不良というのは、非常に目を引くものである。
 だが、気にしない。
 多少の羞恥心はあるが、が喜ぶのなら安いものなのだ。
 しかし……。

「仗助さんッ! 次、これ! これ乗りましょ!」
「メリーゴーラウンドぉ? 俺はいいよ、流石に恥ずかしいぜ」
「何言ってるんですか! 遊園地来てメリーゴーラウンドとジェットコースターに乗らないなんて、ラーメン屋で餃子だけ食べたり、牛丼屋でショウガ焼き定食を頼むようなものですよ!」
「『何のためにここ来たんだ』ってことか? いや……やっぱでもよ……」

 今の仗助とは完全に、はしゃぐ妹に連れまわされる不良の兄の構図だ。それは構わないが、すでに仗助の手にはフランクフルト、頭にはウサギ耳のカチューシャといういで立ちになっている。
 億泰が見たら涙を流して大笑いすることだろう。
 この上メリーゴーラウンドとは、恥の重ね塗りだ。
 を遊園地に連れてきたのは仗助だが、まさかがここまで『堪能する』人間とは思わなかった。
 憮然とした仗助の様子に、は寂しそうに口をとがらせる。

「わかりました、しょうがないです。付き合ってくれるお兄ちゃんが特殊なんですよね」
「えっ? 露伴は付き合うの? メリーゴーラウンドに?」
「はい。リアリティのために自分が体験することは重要だし、インスピレーションのためには童心に返って楽しむことも必要なんですって」
「グレートだぜ……」

 露伴が満面の笑みで白馬に揺られる様子を想像し、仗助はげんなりした。

「私、ひとりで行ってくるので、見ててくれますか? あ、どこか他のところ回っても……」
「……行く」
「え? 無理しなくても……」
「行くぜ。行ってやろうじゃねーか……ッ!」

 仗助を敵視する露伴と違って、仗助自身は露伴を敵視していない。嫌いではあるが。
 だが、ここで引くのは負けだ――と思った。
 露伴に付き合えることを、自分が付き合えないのは負けだ。
 仗助は静かに覚悟を決めたのだった。

「仗助さんって、ほんと、お優しい方ですね」

 仗助の内面を知らぬが、嬉しそうに頬を染めた。


   ***


「あー、遊んだ遊んだ! 楽しかった……。仗助さん、本日は本当にありがとうございました」
「いいってことよ。俺も楽しかったぜェー」

 杜王駅のバス停で降りて、深々と頭を下げるに恐縮しつつ、嬉しくなる。
 露伴の妹だというのに、だからこそかはとても礼儀深い。性格だから仕方ないと思う反面、もっと砕けてもいいのに、と仗助は思う。
 改まる必要はないのだ。――特に自分にだけは。

「また来たいですね。なんだかデートみたいですごく新鮮でした」
「っ……」
「……っあ、ごめんなさい。イヤですよね、私なんかと……で、デートだとは思ってないので、ご安心くださいっ」
「いや。……そう思ってくれて、いいけど」

 口をすべらせた、と言った様子で慌てて取り繕うに、憮然として言う。気の利いた言葉が思いつかない。
 心臓がばくばくし、汗が出てくる。

「つうか……そのつもりで誘ったしよ」
「ぇ……そ、それは……」

 まっすぐ前を見つめているから傍らのの表情はわからない。
 の口からうろたえる吐息が吐きだされて、消えて行く。
 仗助がなにも言わないので、二人は無言になる。
 周囲の雑音が遠い。

 失礼しました、とが消え入る声で呟く。
 かわいいなぁ、と思う。露伴の妹というが、露伴のような性格にならなくて本当によかった。
 ちろりと視線を落として、背の低いを盗み見した。俯くの耳が赤い。
 日の落ちたバス停が夕焼け色に染まる。平凡だが美しい景色になど目もくれず、仗助は傍らの少女のつむじを見つめていた。

「送ってく……ぜ。夕方だし、危ないだろ」
「……送り狼」
「なっ。なにもしねぇよ」

 下心を見抜かれた気がして声が上擦る。

「送り狼には気をつけろ、ってお兄ちゃんが言ってたんです。どういう意味なんですか? 私、知らない……」
「あー……『危ないから送ってく、って男のセリフは信用すんな』ってこった」
「……お兄ちゃんらしいですね。この忠告」

 下心は確かにあるので、仗助はなにも言えず曖昧に笑った。
 かく言うは敬愛する兄の忠告に従う気はないらしく、お願いします、と仗助に頭を下げる。

「ゆっくり……帰りましょう。もうちょっと仗助さんと……居たいです」

 頬を赤らめてそう呟くに、仗助は本日何度目かの「いますぐ抱きしめたい」欲求と格闘しなければならなかった。


 いくら遠回りをしても、歩みを止めない限り目的地にはいつか着く。
 とっぷりと暗くなった道を歩いて、仗助は露伴の家に到着した。

「お兄ちゃん、怒ってるだろうな」
「露伴にとっちゃ絵本の世界なんて拷問だろうしなぁ……『リアリティがない!』だの言って」
「一応仕事机も入れておいたから暇つぶしには事欠かないと思うんだけど……そういう問題じゃないと思うしなァ」

 でも後悔してません、とはほがらかに笑う。
 露伴に言葉でなく行動で逆らったのはなかったことらしい。はじめての反逆に達成感があるのだろう。
 玄関の前でぽつぽつと会話する。

「本当、誘ってくださってありがとうございました」
「おう。また学校でな」
「つ、次は私から誘いますね」

 仗助は頬がだらしなく緩むのを必死にこらえて「おう」と答えた。
 先ほど『送り狼』と言われ『なにもしない』と答えたばかりだが、ムクムクと欲求が頭をもたげてしまう。
 そもそも、デート中に手を繋ぐ、というのが本日の目標だったのだ。だがはしゃぎまわるについて回るのが精いっぱいで、手を繋ぐどころではなかった。
 ――チャンスはいくらでもあったのだが。

 名残惜しそうに自分を見つめるの頬は赤らんでいる。
 こんな表情をしてくれているのだ。もしかしなくとも、脈ありじゃねえか?
まだ付き合ってないしキスはダメでも、抱きしめちまうぐらい許してくれるんじゃねーの? 仗助の頭のなかで思考がぐるぐると回る。

 氾濫した思考は、仗助に一歩を踏み出させた。

「それじゃあ、さようなら。仗助さんもお気をつけて。――ヒイッ!?」

 小さな手を掴んだ瞬間、大げさにがびくついた。
 掴んだまま手を引いたのにが仗助の胸に収まらなかったのは、が抵抗したからではない。

 開いた玄関の隙間から伸びた腕に、の反対の腕が掴まれているのだ。
 鳴り響くような重低音を背負って無表情で登場したのは、仗助が今もっとも会いたくない人物だった。

「ゲェーッ露伴!」
「この僕を絵本のなかに閉じ込めるなんざいい度胸じゃあないか、……覚悟はできてるんだろうな」
「な、なんで!? なんで出てるの!?」
「射程距離さ。ずいぶんと遠くまで遅くまで遊んでたようだな」
「あっ」

 絵本から離れすぎてしまったゆえにスタンド能力が解除されたということらしい。
 うろたえたが露伴の手を振りほどこうとする。しかしそこは少女と成人男性、抵抗は意味を成さない。
 先ほど後悔はしていないと言ったばかりだが、心の準備というものがあるのだろう、はすでに涙目になっている。
 顔をひきつらせる仗助とを一瞥して、露伴は鼻を鳴らした。
 繋がった手を見てさらに表情をゆがませる露伴に、とっさに仗助はの手を離す。

「送り狼には気をつけろと忠告してやったのに」
「じょ、仗助さんは付き合ってもない人に変なことするような人じゃな……」
「知ってるかい? 送り狼の意味はそういうことだが、本来は違うんだぜ。
 狼は警戒心が強いから山に入ってきた人間が山から出るまで着いている――って意味が本来の送り狼さ……ソイツが縄張りを荒らさないか、縄張りを出るまで見張ってるってことだ。『人間を追いかけまわして、疲弊したところを捕食する』って説は誤解さ。ま、仗助に限ってはそっちの説が正しいようだが」

 ぺらぺらとうんちくを喋りながらも、の腕は離さない。
 よほど強く握っているのか、が痛そうに眉をしかめてあえぐ。

「すんません露伴先生、俺が悪いんす。を怒らないでやってください」
「珍しく殊勝なことを言うなぁ~仗助。好きな子の前で点数稼ごうとするなんて、やるじゃないか」

 を抱きしめて耳をふさぎ、には聞こえないようにして露伴は仗助を嘲笑った。
 仗助の頬が思えずひきつる。
 さらに嫌味が追撃されると思ったが、予想が外れた。
 露伴はギリギリとしめあげるの腕をぱっと離すと、仗助に笑いかけた。

「すまないね、が無理やり家を出て行くことははじめてだったから、大人げなく怒ってしまった。いや、は友達がいなかったから、こうして遊んでくれるのはありがたいんだよ……本当にね……」
「えっ……そ、そうっすか?」
「ぼくだって素直に物を言う時はあるよ……送り狼には気をつけろと言ったが、本当になにもしなかったみたいだしね……アハハハハ」
「あはは……」

 仗助は頬をひきつらせた。露伴の眼は笑っていない。
 支倉未起隆と共謀しチンチロリンでイカサマ勝負を仕掛けた時、露伴はこの笑い方をした直後に自身の小指を貫いたのだ。
 警戒を強める仗助の肩を、露伴が笑いながら叩く。

「上がれよ、仗助。茶ぐらい出してやる。認めたくはないが、妹の大事な友達だからな」

 露伴の言葉にが驚いたように目を瞬かせた。
 は思いがけない兄の言葉に感激しているようだが、仗助は素直に喜べないのであった。


   ***


「で? ずいぶんと楽しんできたようじゃないか。どうだったんだ」
「あ、うん! 仗助さんがメリーゴーラウンド付き合ってくださいました」
「げっ……」
「仗助がメリーゴーラウンド?」

 茶ぐらい出してやる――そう言ったくせにに紅茶を煎れさせている露伴は、テーブルの向かい側に座る仗助の顔を凝視した。
 リーゼントの不良が白馬に揺られている様を想像でもしたのか、露伴がハンッと鼻を鳴らして笑う。仗助は羞恥に身を震わせた。
 露伴にだけは知られたくなかった……。あとで、に口止めしておかなければ。

「ずいぶんと頑張ったことじゃないか」
「俺も、あんたがメリーゴーラウンドに嬉々として乗るとは思ってませんでしたよ。から聞いたッス」
「漫画を描くには、子供の心を知ることも重要なことだからな」

 そう言いつつ、思うところはあるらしい。露伴は憮然として咳払いをした。 
 羞恥心というよりも、仗助に知られてしまったというのが大きいのかもしれない。

「色々、仗助さんにはアトラクション付き合わせちゃって。楽しかったです、ありがとうございます」
「いいってことよ。俺も観覧車に付き合ってもらったしな」
「乗ったのか、観覧車」

 露伴が眉をひそめ、仗助はしまったと頬をひきつらせた。

「……なにもしなかっただろうな」
「し、してねぇよ!」
「どうだか」

 正直、すこしだけ『したい』気持ちはあった。
 だが、高所恐怖症のが震えているのが心苦しく、服の裾をじっと握らせてやるにとどめたのだ。
 だからなにもしていないのは事実だ。ヘブンズドアーという便利なものがあるのだから、不安ならば読んでみればいい――と思うのだが、その他見られたくない部分も握られたくない弱みも山ほどあるので、仗助は言わないことにした。

「なにもされてませんよー。仗助さんは、わざと揺らしたりして怖がらせるような人じゃありません。お兄ちゃんと違って!」
「露伴、お前そんなことしてたのかよ」
「お前が高所恐怖症なのが悪いんだろう」

 すさまじい責任転嫁を悪びれず行いながら、露伴はが運んできた紅茶に口をつける。
 紅茶を傾けようとした露伴は見開いてうめいた。口に含んだものを吹き出そうとし、どうにかこらえる。

「ぐっ……! なんだ、この砂糖の量はッ! ぼくはストレート派だっての、知ってるだろ!」
「あ、私のと間違えちゃった。ゴメンナサイ」
「せっかくこのぼくが、絵本に閉じ込められた怒りをおさめて優しくしてやってるっていうのに、そんなに怒られたいのか」
「わーん、妹のお茶目なドジじゃないですか、許してよっ」
「ッたく……あとでお前のプリンもらうからな」
「あっ、ひどいっ、痛っ」

 を小突きながら露伴は呆れたため息を吐く。
 露伴が、先ほど口をつけた紅茶をのほうに押しやると。は文句を言いつつも自分の分の紅茶を露伴に差し出した。
 新しい紅茶で口直しをして、露伴は息を吐く。

 露伴とは兄妹だが、その関係は特殊だ。かつての露伴はを愛情と同時に嫌悪していたし、は露伴をうかがっていつもビクビクオドオドしていた。
 ぎくしゃくしていた二人がここまで気心知れたやり取りができるようになったのだと思うと、仗助も嬉しくなる。

 ふとと目があい、が頬を染めて視線をそらした。なんだか仗助も照れてしまう。
 二人の間に流れる空気を目ざとく察知した露伴が、仗助を指差して不快そうに表情をゆがめた。

「おい、なにウチの妹に色目使ってんだよ」
「つっ使ってねぇよ! ただ仲いいなって思って見てただけだよ、ウチ兄弟とかいねェからよ~」
「仲良くないさ、なんでこんなヤツなんかと」
「仲よくないです、なんでお兄ちゃんなんかと」
「ム!」
「え!」

 仗助への返答とうめきが重なる。
 ムッとした表情の二人がしばし視線を合わせる。不意にが嬉しそうに笑った。

「なに笑ってんだよ、。仗助もだ」
「えへへ」
「そういうとこが仲いいって言ってんだよ……こういうやりとりが出来るのは素直に羨ましいぜ! ウチ、ひとりっこだからよぉ~」
「フン」

 憮然として鼻を鳴らす露伴とは対照的に、は幸せそうだ。
 は、露伴の悪態に悪態で返せるほど関係が修復するなどと、かつては思いもよらなかったのだろう。
 露伴のうるさいお小言も、煩わしくはあるけれどまんざらでもない、というのが本音なのかもしれない。
 思い人との逢瀬を邪魔される仗助からすると、勘弁してほしいというのが偽らざる本心なのだが。

「オレ、そろそろおいとまするっスよ」
「なら玄関まで見送りますね」

 玄関前で、が深々と頭を下げて本日何度目かの「今日はありがとうございます」を言った。

「身体を動かしたい気分だ。仗助、途中まで送っていってやるよ」
「え、あ……じゃあ、お願いするッス」

 断ろうとしたら睨まれ、仗助は思わずそう言っていた。


   ***


 自宅への道を二人で歩くきながら、思わず仗助は居住まいを正した。
 先ほどの和やかムードというものが、が居なくなった瞬間に雲散霧消した気配がしたからだ。
 露伴が眉をひそめて仗助を見つめる。

「よっぽど『遊園地』が楽しかったようだな、家帰ってもはしゃぎっぱなしだ」
「い、イベントがやってたんすよ……好きなキャラが来てるとかで」
「イベント中に遊園地行くことなんて、僕とでもあるさ。じゃあなにか、僕と一緒じゃは楽しくないってか」

 睨まれ、仗助は言葉に詰まった。
 じゃあどう言えばいいんだよッ! と叫びたい気分に襲われる。なにを言っても、露伴は嫌味で返してくるのだろうが。
 露伴にとって仗助は妹に手を出す悪い虫で、個人的にも嫌いな人間だ。
 仗助も露伴は嫌いだ。だが、仮にも思い人の兄だ。出来ることなら仲良くやりたい。

「……が」

 そっぽを向いた露伴が、ぽつりと呟いた。
 遠い目で、夜の帳の降りた街並みを見つめる。

「あんなに楽しそうだったのは久しぶりだ」

 には仲のいい友人が今まで居なかった、と、仗助は本人から聞いている。
 取材の手伝いで駆り出さない限り、休日は家で読書か勉強ばかりの妹が、内心心配だったのだろう。
 ふくれっつらの瞳の奥には、安堵も見える。

『認めたくはないが、妹の大事な友達だからな』
 嫌味か皮肉かと思っていたが、これは案外素直な気持ちなのかもしれない。
 露伴の妹思いの一面を垣間見た気がして、仗助は微笑した。

 T字路で露伴が立ち止まる。送ってやるのはここまでだ、ということなのだろう。
 それぞれの道を背にして向き合う。
 なんとなく、今日はと露伴との仲が縮まった気がする。
 妙に照れた気分になって、仗助は笑いながら憎まれ口を叩いた。

「送ってくれてありがとよ。……でも、ここまで送ってくれるなんて、あんたらしくねぇよな。どういう風の吹き回しだよ?」
「ま、あいつがぼくに逆らったのははじめてだったからな。少なからず心動かされるものはあったのさ。まあ強いて言うなら」

 露伴が不意に仗助との距離を詰めた。同時に仗助は胸ぐらを捕まれ、露伴に引き寄せられる。

「――送り狼さ」

 鼻先を突き合わせて露伴は不敵に笑う。
 刺すように睨んでくる瞳に、仗助は『やっぱりコイツ嫌いだ』――と、盛大に舌打ちをしたのだった。





2013/5/21:久遠晶
『露伴とは兄妹だが、その関係は特殊だ』
 などの文言がちらほら出ますが、それはこの話が書き途中の続き物を前提にした短編だからです。妹のスタンド使い設定もそうです。
 とりあえず妹に独占欲丸だしな露伴が書けたので満足。
 もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!
萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望