牙を持て余した狼の苦悩


 チュンチュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。
 窓から差し込む光で、仗助は目を覚ました。
 学生服に着替えてリビングに向かうと、母――朋子が朝食の支度をしながら仗助に声をかける。

「おはようさん。誕生日おめでとう」
「おっす。もう俺も18歳かぁ~…」
「18歳んなってもアンタはガキね。ごはんできてるから、適当に食べちゃってー」
「おー」

 笑いながら、テーブルにつく。テーブルに運ばれている食器は二人分で、三人目はない。
 祖父のいない誕生日はこれが二回目だ。
 去年の誕生日は、ちょうどレッド・ホット・チリペッパーズを倒したり町内に潜む殺人鬼の存在を知った時期で、てんやわんやしていた。
 平穏は尊いことだが、胸の風穴を否が応でも認識させられる。喪失の痛手は癒えているはずだが、胸を透く空虚さというものがある。
 誰も座らない椅子を見つめる仗助のかすかな表情の変化を悟ったのか、朋子が仗助の肩を豪快に叩く。

「ほら、さっさとメシ食べなさい! そーんな間抜け面してたら、ちゃんにプレゼントもらえないわよォ!」
「まっ間抜け面なんかしてねぇよ!」
「もしかしたら『プレゼントはワタシ』なんて言ってくれるかもしれないのに」
「そーゆーこと親が言うな、親がっ」

 赤くなった頬をごまかすように、仗助はご飯をかっこんだ。
 青い空と元気一杯の太陽が暑苦しくもさわやかで、吹き抜ける風に今日はいい日になりそうだ――と家を出た仗助は思った。

 学校に近づいていくと、仗助に会う女生徒がみな嬉しそうに声をかける。

「きゃーっ! 仗助くん、誕生日おめでとう」
「仗助くんおめでとう!」
「おお、ありがとうな~」

 祝福の声に仗助は適当に手を振って返した。その様子を傍らで眺める億泰がケッ! とすねた声をあげた。

「お前ほんとうモテるよなぁ~。この前もラブレターもらってたしよぉ」
「仗助くん、人気だよねぇ」
「お、大声で言うなって……に聞かれたらどうすんだよ」

 確かに仗助に言い寄る女生徒は多い。
 しかし、仗助にはというれっきとした恋人がいる。
 しかしには要らぬ心配をかけたくはなかった。

 焦って声をひそめる仗助に、億泰は周囲を見渡しながら『なんていま居ねぇだろうが』と面倒くさそうにするのみだ。

「彼女が居てもモテるってどういうことだよ……クッソ~」
「そういうふうに飢えてンのがまるわかりだから女が寄ってこないんじゃあねぇの~」
「うるせぇッ! せっかく誕生日だから昼飯おごってやろうかと思ったのによ」
「あっマジか億泰! 俺、チキンヒレカツサンドで」
「あれ? 今日はさんと二人でご飯なんじゃないの?」
「約束はしてねぇけどそうなるんじゃねぇかな」
「おごらせるだけおごらせてイチャつく気かよ! ぜってぇおごってやんねー」

 下らない会話でゲラゲラと笑いながら下駄箱から上履きを取り出す。

「それにしても仗助の誕生日が今日だとはな。前もって言ってくれてたら、それなりに準備したのによォ」
「ね。今日知ってビックリしたよ」
「……言ってなかったかァ~? 俺」

 億泰と康一がコクコクとうなずく。誕生日が近い素振りは毛ほども見せなかったと。

「仗助くん、モテるから隠す理由もわかるよ。プレゼント攻撃で大変だもんね」
「そんな攻撃受けてみたいぜ。あーあ、プレゼントは愛しの彼女の分のだけで十分ってかぁ?」

 億泰がダルそうにのびをするのをみながら、仗助は冷や汗が伝うのがわかった。
 すなわち――は自身の誕生日を知っているのかと。
 気がかりは的中した。

「えッ今日仗助さんの誕生日なんですか! ご、ごめんなさい、わたし知らなくてなにも用意してないんです」

 廊下で出くわし、誕生日だと知るなり焦りだすに嘆息をこらえる。確かに言った記憶がないから知らないのは当然だ。

「教えてねぇから当然だよ。気にすんなって~」
「ごめんなさい」

 申し訳なさそうに視線をそらすがかわいいと思うのは惚れた弱味か。
 忘れさられていたわけではないから、別段悲しいとは思わない。期待がしぼんだ切なさはあるが。
 それよりもいまは、菩薩の笑みで肩を叩いてくる億泰がうざったい。
 ――とたんに元気になりやがって。
 仗助は親友の現金さにあきれるのであった。


   ***


 放課後、帰り道をと歩く。
 億泰や康一らは仗助に遠慮して別行動なので、仗助はありがたくと二人きりだ。
 傍らのの緊張が伝わってきて、仗助はもどかしい気持ちになった。
 付き合いはじめて半年あまりが経つが、二人の間に進展はない。せいぜい手を繋げるようになったぐらいのことで、キスはおろか抱き締めることもできていないのだ。
 ――ガキのままごとじゃねえってんだよな。ああ、でも、いちいち反応がカワイすぎて困るんだよな~ッ。
 いまだってできることなら手を繋ぎたいが、が学生鞄を両手で持っているためできないのが現状だ。
 いっその鞄をひったくって自分が持って、宙に浮いた手をさらってしまうか。
 悶々と思考するものの実行ができないのは、目を見開いたあと恥じ入ってうつむくを想像するだけで鼓動が大変なことになるからだ。
 青少年はいつだって恋人への愛情を持てあましている。

 ふいにが立ち止まる。

「わたし……今日は予定があるので。ここでお別れです」
「お、おう……そうかァ。帰り気ぃつけろよ」
「仗助さんもお気をつけくださいね。それではまた明日。……誕生日のお祝い、待っててくださいね。それでは」
「お~期待してるぜ~。じゃあな」

 手を振りながら別れる。
 せっかく億泰や康一が気を使って二人にしてくれるというのに、なにもできない自分がすこし情けなかった。康一には苦笑され、億泰には笑われる。
 ――でもよ、実際あんなカワイイ反応されたら、おさまりがつかなくなっちまうんだっつうの。色々と!
 唇を尖らせ、ブツクサ言いながら仗助は路傍の石を蹴っ飛ばした。


   ***


 その日の夜。夕飯を食べていると家の電話が鳴った。こんな時間に誰だ、と思いながらも近い位置にいた仗助が受話器をとる。

「ハイ、東方っス」
「夜分遅くに申し訳ありません、わたしぶどうが丘高校二年の――」
か!?」
「あ、仗助さん?」

 思いがけない人物からの電話にすっとんきょうな声が出る。朋子がめざとく反応するものだから、にやける口許を手で隠した。

「お、おう……俺だよ。どうした?」
「こんな遅くにごめんなさい。えぇと、その……」

 歯切れの悪い声が聞こえる。緊張すると口ごもってうめいてしまうのは、の悪癖だ。顔を赤らめて視線をあちらこちらにやるはかわいいので、気にしたことはあまりないが。

「じょ、仗助さんっていつも何時ごろ寝ますか」
「へ? ま、まぁ基本日付変わるまでには寝てるけど……」
「そ、そうですか」
「おう」

 の言葉がなくなるので、仗助は黙った。それがどうかしたのだろうか。
 まさか声が聞きたくて用もないのに電話したとか。いや、それならその旨をキチンと言うだろうし、食事の時間帯は避けるはずだ。
 首をかしげていると、背後から朋子が声をひそめて笑う声が聞こえた。

「ククッ……青春ね」
「あっお袋、俺のオカズ……!」

 いつのまにかなくなっている唐揚げを見て仗助はうめいた。それが聞こえてしまったのか、の慌てた声がする。

「ごめんなさい! お食事中でしたよね。失礼しま――」
「ああ、まどろこっこしい!」

 の声を遮って、音割れするほどの大声が受話器から聞こえてきた。
 思わず受話器を離すと、遠い位置で怒鳴り声が聞こえる。の兄である露伴の声だ。
 さっきから――聞いていれば――電話代を持つのは僕なんだぞ――。くぐもって聞き取れないところはあれど、だいたいこのような意味だ。

「もしもし」
「は、ハイ」

 しばらくして、ハッキリと声が聞こえた。露伴が電話を奪い取ったらしい。
 不機嫌そうな声色に背筋がのびる。

「十時だ」
「は?」
「今日の夜十時に貴様の家に行く! いいか、十時だぞッ! 首を洗って玄関の前で待っていろッ!」
「え、えぇ? それはどういう――」
「ああうるさい! プレゼントを渡してやると言ってるんだッ! 十時だ。いいな」

 有無を言わさない口調でゴリゴリと押し潰すように言葉をねじこんだあと、勢いよく電話が切れる。
 仗助は呆然としながら受話器を見つめた。
 これはもしや、がプレゼントを渡しに来る……ということなのだろうか。露伴の声は引導でも渡されかねないほど鬼気迫る声だったが。
 折り返し電話をかけるのもはばかられ、またからかけ直してくることもなかったので、仗助は食卓について食事を再開した。

「甘酸っぱい青春だと思ったら、泥臭い修羅場? アンタもやるわねェ」
「やめてくれ……あながち間違ってねぇのが嫌なんだからよ。つうか、俺の唐揚げ食うんじゃねぇッ!」
「あっアタシの春巻!」

 春巻きを奪うと、朋子が素っ頓狂な声をあげた。ざまぁみろ! とどきどきをごまかすように仗助は笑った。


   ***


 食事を終え、自室でそわそわとしているとすぐ指定の時間になった。すこし早目に玄関を出て家の前で待つ。
 するとすぐに車がやってきた。素通りすると思ったが思いがけず家の前で停車する。助手席から出てきたが、居心地悪そうに曖昧に笑う。
 運転席の露伴に会釈をすると盛大に睨まれた。が車からおりると、露伴は車を走らせた。シルバーの高級車はすぐに小さくなって見えなくなっていく。

「こ、こんばんは。仗助さん」
「おう……」
「あ、あの……さっきはごめんなさい。色々と」
「いいってことよ」

 返す言葉がぎこちなくなる。の持つ鞄の中身が気になって仕方ない。

「夜に外にでさせてしまってごめんなさい。手短に終わらせますね。ええと、これ――」

 鞄を開けようとする手を掴んで止める。
 手短? 手短に済ませられてはたまらない。せっかく普段会えない時間に会っているのだから、許される限り一緒に居たい。

「仗助……さん?」
「せっかくだし……こ、公園でも散歩しようぜ。帰りは送ってくしよォ~」
「う……」

 困ったように頬を染め、は眉を下げた。仗助がの手を掴んだり好きだなどと言ってみたりすると、はいつも同じ反応をとる。心臓の動悸を抑えるように胸に手をやり、うつむいて消え入る声で「……はい」と呟くのだ。
 手を握ったまま平静を装って歩き出すと、の耳の赤みがいっそう強くなった。
 その様子を上から見やる度に、仗助は照れ屋なをもどかしく思いながらも、胸がいっぱいになってにやけてしまうのであった。


 広さだけが取り柄の公園には、遊具と言えばブランコと砂場しかない。
 仗助とはベンチに座ってそれらを眺め、ポツポツと会話をしていた。

「仗助さんは子供の頃、ここで遊んでらしたんですか?」
「おぉ~つっても遊具がねぇから鬼ごっことか缶けりぐらいしかすることなかったけどな」
「わたしのところでは花いちもんめとかで遊んでました」
「ああ、女がよくやってなぁ」

 は面白くもない公園をきょろきょろと見渡し、仗助は雲がかかった月を眺めていた。
 ついそわそわしてしまう。
 本題を切りだしたのはだった。

「えぇと……今日およびだてしたのは、誕生日のお祝いをしたくて」
「たッ誕生日なんて気にしなくてもよかったのによォ~ッ」
「気に入ってくださればいいんですけど……」

 は鞄からファンシーな模様の袋をふたつ取り出し、仗助に差し出す。
 仗助はニヤケそうになる口元を押さえながら、平静を装ってそれを受け取る。

「開けていいか?」
「も、もちろん」

 言いながらすでに紐に指をかけていた。不安げながらも許可を得たので、仗助はそっと紐解く。
 ふたつの袋のなかに入っていたのは携帯用のクシとコンパクトミラー、そしてサランラップに包まれた一片のチョコレートケーキだった。

「これは……手作りっスか?」
「は、はい。ホントはホールでお渡ししたかったんですけど、ケーキ用の紙袋が売ってなくて……だから抜き身でごめんなさい」

 ケーキはまだ暖かい。焼きたてのようで、熱と共にチョコレートの強い香りが胃袋を刺激する。
 サランラップを剥がすと、は驚いたようだった。だがなにも言わず、仗助の唇がケーキをかじる様子を固唾を飲んで見つめる。

「……うめぇっ」
「本当ですか!?」

 がぱっと顔を輝かせた。
 ケーキが口のなかでほぐれ、熱いチョコレートの甘さが舌の上に広がる。すこし焼きすぎのきらいがあるが、文句なしのうまさだ。
 パクパクと食いつく仗助を見て、は心底ほっとしたように肩を撫で下ろした。


「ケーキなんて作ったの久々だったから、心配だったんです」
「いやッ、最高にうまいぜ! これ、一個じゃ足りないぐらいだ」
「誉めてもなにも出ないですよ」

 は嬉しそうにはにかんだ。
 ケーキをあっという間に平らげた仗助は、指先についた粉をぺろりとなめなから手の中のクシとコンパクトミラーを見つめる。

「いつでも髪型のチェックができるようにって思ったんですけど……その、デザインとか大丈夫ですか」
「カッチョいいっすね、コレ。どこで買ったんすか」
「雑貨屋さんで……色々巡って……」

 放課後の予定というのはプレゼントを買うことだったらしい。
 仗助の好みをよく理解したデザインでいれて、控えめな配色がらしい。自分のために悩み抜いてくれたと思うと、胸がじんわりと熱くなる。

 抱き寄せたらは拒むだろうか。誕生日なのだからそれぐらいしても構わないのではないか。夜中の公園には仗助と以外いないので、誰かに見られる心配はない。
 いまだただようケーキの香りに誘われるように、仗助は傍らのに手を伸ばした。

「そうだッ。もうひとつプレゼントがあるんです」

 が急に立ち上がったものだから、仗助の手はむなしく宙を切る。
 知らず残念そうな表情になってしまって、それを見たは緊張に背筋を伸ばした。

「もう十分ってなぐらい嬉しいけど……まだなにかあんのか?」
「えっと……と、とっておき?」

 疑問符をつけて、は首をかしげる。その頬は赤く染まっていて、仗助もつられて息を止めた。

「目を……つむってもらえますか?」
「お、おう……」

 言われた通り目をつむると、おずおずと頬に触れられる。
 すこし汗ばんでいる指は熱くて、なにより小さかった。
 これは――もしや。期待に仗助の心臓が跳ねる。息を止めたまま、次のアクションを待ち望む。

「……ッ」

 ためらうような吐息が聞こえた。
 生ぬるい風が吹き、公園の緑をささやかに揺らす。
 息を止めているのが辛くなってきたころ――不意に気配が動いた。
 じゃり、と砂を踏みしめる音が響いて、チョコレートケーキの匂いが強くなる。
 唇に柔らかいものが当たる。湿り気があって、ぬるりとした弾力性に跳んだものだ。
 両頬を挟むの手が震えている。
 しばらくして、ぎこちなく感触は離れていく。
 目を開けると、今までになく顔を真っ赤に染めたが顔をそらして震えていた。

「わ、たしのはじめてなんて、希少価値ないかもしれないけど……」
「……ッ!」

 気がついたら手が伸びていた。
 胸の前で指を突き合わせる小さな手を掴んで引き寄せる。
 が反射的にベンチの背もたれに自由な方の手をついて踏ん張るのと、仗助が唇を奪ったのは同時だった。
 先程と同じ柔らかさが唇に触れる。
 お互いにとって二度目のキス。

 の頭を掻き抱くと肩をこわばらせるのがわかった。構わず、もみあわせるように唇を押し付ける。
 顎を掴んで、真一文字に結ばれた唇に親指で触れる。

「クチあけろよ」
「っや、仗助さ――」

 思ったより低い声が出て、がびくつく。制止の言葉は仗助の唇に遮られて宙に浮いた。
 舌をねじ込んで歯列をなぞると、チョコレートケーキの味がする。味見をした分がまだの口に残っていたのだろうか。
 押し退けるように肩を押されるが、ろくに力の入ってない抵抗はなんの意味もない。
 学ランを握りしめるの指が震えている。怯えさせているのかもしれない。だが止まらない。
 縮こまっている舌をからめとろうとうごめかせる。

「ふ……ぁ……っ」

 の体から力が抜けていく。それをいいことに腰を引き寄せて膝の上に乗せる。

 噛みつくようなキスを終えて、体を離す。から引き剥がす。
 は頬を染めて仗助を見つめている。

「い、いきなりすぎます……」
チャンに言われたくないっスね」

 恥じ入る声に拒絶が含まれていないことに安堵する。
 小さな体を包むと、の身体はビクついた。やはり怖がらせてしまっているらしい。だが、抵抗はされない。
 体重すべてを受け止めている実感に、いとおしさがこみあげてくる。

「こんなグレートなモンもらっちまって、俺はお前の誕生日に何をやれば返せるんだよ……」

 声がかすれる。
 ぎゅうっと強く抱きしめて肩口に顔をうずめると、柔らかな香りがした。ケーキ作りでしみついたチョコレートの香りではなくて、もっと根源的な深い部分から立ちのぼってくる香りだ。その心地よさに心が穏やかになると同時に、どくりと胸が脈打つ。
 は困ったようにうめいていた。おずおずと仗助の背中に手を回し、耳元に唇を寄せる。

「えっと……その時は、じゃあ、もっとすごいコト……してください……」

 震えた声が仗助の耳をくすぐる。
 意味を把握するのに時間がかかる。
 すごいコト。もっと。してください?
 それは――つまり。

「そ、その時には……私も心の準備をしておくので……っ」

 仗助と同じように、が仗助の肩に顔を押しつけた。
 息を吐いて、仗助は身体を離した。頬を染めながら、すこし残念そうな顔で伺うような上目遣いでは仗助を見つめる。
 この瞳を計算でやっているのだとしたらすさまじい小悪魔だ。
 心底、誘われているとしか思えない。今すぐ押し倒してほしいのではないかと、そうしてやりたいと本能が叫ぶ。

 頬に指をすべらせてそのまま髪をすくと、は身じろぎした。顔を赤くしたまま引き結ばれる唇にそっと指をかける。
 すこしずつ顔を近づけていく。は戸惑ったように息を吐きだしたが、やがて目を閉じた。
 無言の受け入れに気を良くして、仗助は唇をふれ合わせた。
 感触を堪能するように唇を動かし、互いの呼気を交換する。角度を変えて何度も唇をついばんでいると、の唇がおずおずと動く。
 ぎこちなく唇を唇で挟まれた。
 キスを受け入れるだけでいっぱいいっぱいなはずなのに、それでもなお仗助に応えようとしてくれている。
 たまらなくなって、仗助は噛みつくようにキスをした。

「なぁ……舌、いれていいか?」
「ひぅっ……そ、ゆの、は、聞かな――」

 唇を舐めると、驚いたように一度唇が閉じて、ややあってぎこちなく開く。
 ざらついた舌と舌を重ねて、粘膜をこすり合わせる。スマートなくちづけが出来ないのはお互い様だ。
 たどたどしいウブなやりとりを双方心地よく思っているのだと、二人の熱っぽい吐息から伝わってくる。

 腰を抱いての体を支えながら、もう片方の手が無意識のうちにの体に触れていた。
 弛緩していたの体が今までになくこわばる。硬直する全身のなかで、乳房の膨らみだけはとろけるようにやわらかい。服と下着越しでもわかる繊細な感触に、仗助は喉を鳴らした。
 このまま手をすべらせ、素肌で触れ合いたい。そんな欲望を押しとどめて身を離す。
 間近のの瞳は揺れていた。
 酸欠でうるんだ瞳のなかに、同じ表情をした仗助が映っている。

「恥ずかしいのと幸せなので、今すぐ死にそう……」
「……俺もだよ」

 ぎゅっと抱きしめて、耳元で言う。面と向かっては言えなかった。
 胸の中のが身じろぎして、胸板に顔を押しつける。吐息がむわりと服ごしに伝わってくる。

「来年」
「……? はい」
「来年の誕生日……覚悟しとけよ、マジで。グレートな思い出にしてやっから……!」
「っ……よろしくです……!」

 ぎゅっと抱きしめ返してくれるは小さい。が両手を精一杯広げても仗助の背中で腕が回らないのだ。
 仗助の背中で指先をうごめかせる手つきがむずがゆくて、思わず笑ってしまう。 
 このカワイイ生き物をどうしてくれようか。
 いじくり倒して構い倒したい。
 しかしそれをするには時間は真夜中すぎて、自分はまだまだ若造すぎる。
 の誕生日は先日終わったばかりだから、グレートな思い出作りは一年後だ。それまで初体験はお預けということになる。
 とはいえ、今日だけで抱擁にファーストキスにディープキスまで進んだのだ。ここから先はまた以前と同じようにスローテンポでもいいはずだ。
 の信頼を裏切るような真似はしたくない。
 捕食者になりきれない狼は牙を持てあまして、そんな自分に苦笑した。





2014/11/30:久遠晶
去年の誕生日シーズンに書き上げていたのにいまのいままでUPを忘れていたという……仗助くんほんとごめんね。
 もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!
萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望