花京院典明の腹のなか
どんな女と付き合いたい? とポルナレフが唐突に言い出した。賑やかし役のポルナレフはどんな時でも明るく、笑顔を絶やさないが、時たま突拍子もないことを言い出す。現地の食事をつついていた旅の一行はすこし目を瞬かせ、それから笑った。
「やはりワシはスージー・Qかのう。長年連れ添った妻には頭が上がらんわい」
「おお、見せつけてくれるぜ、ジョースターさん」
あごひげを触りながらのジョセフの言葉に、ポルナレフが嬉しそうに歯を見せた。
スパゲッティをフォークに巻き付けながら、承太朗は関心なさげに息をつく。
「俺は物静かな女がいい」
まったく承太朗らしい発言だ。彼はクールな性格だが、雑談やバカ騒ぎを悪とする人間ではない。むしろ、たばこ五本を口の中に隠してコーラを飲む――謎の芸を隠し持つ辺り、実は意外に陽気な男なのである。
「お前は、どうだよ、アヴドゥル」矛先がアヴドゥルに向いた。
「私か? 私の仕事――占いに理解をしてくれる、穏やかな女性であれば言うことはないな」
「なんだよ、お前ら! 見た目の好みはないのか? 性格も大事だけどよ」
「見た目も性格も大事だと思いますが」
和気あいあいとしたやり取りのそのなかで、不意に花京院が口を挟んだ。
「スタンドが見える子がいい」
コーラーを飲み干しながらそう言った。
ポルナレフが一瞬面くらい、首を傾げる。
「スタンドぉ?」
「ああ。じゃないと前提からして成り立たないだろう。お互いに理解しあうのが恋人なんだから」
花京院が肩をすくめた拍子に、彼の前髪がふわりと揺れた。
彼の主張に、ポルナレフは納得がいかなかったらしい。ミートソースのついたフォークを花京院に突きつけながら、言い返す。
「スタンド使いじゃなくても理解しあえるだろ~。俺の妹、シェリーは一般人だったが、チャリオッツを理解してくれてたぜ」
「わかってないな」
花京院はあきれたようにため息をついた。紙ナプキンで汚れた口元を拭う。
「それは兄妹だからだよ」
スタンドが見えない一般人とスタンド使いは、前提からして異なっている、と花京院は言う。
「スタンドは、いわば自分の半身だ。それを見えてくれない人と、心からつながれるだろうか?」
その意見は、妹という理解者がいたポルナレフにも、後天的なスタンド使いである承太郎やジョセフにも理解しづらいのだ。
だがアヴドゥルには、花京院の言いたいことはよくわかる。賛同できるかは別として、彼がそう言った思想を持つに至ったことに、理解ができる。
「そんなことはないと思うがのう~……」
「まあ、恋人に求める条件は人それぞれですから。ポルナレフはどんな女性と付き合いたいかを考える前に自分を見つめ直したほうがいいぞ」
「おい、誰がモテないって!?」
「本当のことだろ。ごちそうさまでした、ぼくは先にホテルに戻ってますね」
花京院が立ち上がる。この場の財布係であるジョースターさんに頭を下げて、店を出て行った。
「話は終わってねえぞー! ――ったく、あいつ、たまにズレたこと言うよなあ」
ポルナレフが椅子に座り直し、テーブルに肘をついた。食べかけのスパゲッティを再び食べ始める。
「ポルナレフがモテそうにないのは事実じゃがのう」
「そっちじゃなくて! ジョースターさんまでやめてくれよ」
当然、ジョセフもポルナレフの言いたいことはわかっている。
アヴドゥルは苦笑した。
「私にはわかります。私も昔はスタンドのコントロールが聞かず、周囲から悪魔の子などと言われてきましたから」
迫害された己の過去に対し、恨みや悲しみはないが、やはり生まれつきのスタンド使いは不当な扱いを受けやすい。アヴドゥルは幸いにして村の呪い師が保護してくれ、性根がねじ曲がらずに済んだが、スタンド能力ゆえに迫害され、悪の道に走るものは多い。
そうでなくとも、アヴドゥルはスタンド能力に精神がついていけずに死に至る者は何人も見てきた、
「私は占い師になり自分の能力を認めることができましたが、彼はスタンドという自分自身の超自然的なパワーを認める機会がなかったのかもしれませんね」
「――そんなもんだろうか」
承太郎はぽつりとつぶやいた。
「そんなものだ、承太朗。他人とちがう、ということを認め、肯定することは勇気が必要なものだ」
***
昔……昔のことを思い出した。
ほんの一ヶ月も経っていないのに、ずいぶんと昔のことのように思える。
花京院とアヴドゥル、イギーが生きていたあの頃が、ひどく懐かしい。
承太郎は花京院のことをよく知らない。
五十日間の旅のなかで、自分達は誰よりも深くお互いを知ったが、裏を返せば50日間で見えた花京院のことしか知らないのだ。
家族構成やアドレス帳の登録人数も、女生徒に告白されたときの反応も、承太郎はなにも知らない。
「典明くんが返ってきたら渡そうと思ってたのに」
花京院の亡骸に少女がすがり付く。
向かいの家に幼馴染みが住んでいて毎朝一緒に登校していたことも、承太郎は知らなかった。
花京院は家や友人の話題になったとき、いつもにっこり笑って聞き手に回った。残してきた親に罪悪感があるのだと語っていた。
スタンド使いであることの孤独感。孤高さ。それらを承太郎は知らない。
スタープラチナが発現したてのころ、スタンドが操作不能だった承太郎は周囲を守るために刑務所へと入った。近づいてきた友人にスタープラチナの豪腕が振るわれ、あばらを何本も骨折させた時には軽いめまいがした。
スタンド能力の目覚めに、心ならずも友人を傷つけたエピソードが付随しているから、生まれながらにスタンドを持っていた花京院のことはすこしだけうらやましかった。
DIOの残党の撃退を続けるなかで承太郎が感じる孤独は、花京院が生来抱いていたものとは違うはずだ。
「典明くん――」
少女の背中は思わず抱き締めたくなるほど儚い。
スタンドを知らずとも泣いてくれる人間がいる――それは彼の救いにはならないのだろうか。空いた花京院の腹のうちはわからない。
2018/02/25:久遠晶