確かな実感



 形兆くんは最低一週間前に予定を取り付けるタイプだ。
 調和と安定を好み不測の事態を嫌う。そんな形兆くんにいきなり呼び出されるというのは、なかなかにない状況だ。
 あわてて形兆くんの家に行けば、わたしを自室に迎えた形兆くんは私を後ろから抱き締めて身じろぎしない。
 かたいベッドのシーツが熱をもってじんわりぬるくなる。それ以上に、背中に密着する形兆くんのからだがなまぬるい。肩口に唇を押し付けられているから、そこだけが形兆くんの呼気でしめって熱い。

「形兆くん?」

 無言。ひどいことを言われるよりも叩かれるよりも、わたしがなにより無音が怖いと知っての反応だ。ひどいよねぇ。素直じゃないんだ。

「形兆くん好きだよ」

 だからわたしは形兆くんに素直でありたい。

 善人か悪人かで言えば、形兆くんはきっと悪人ということになるのだろう。倫理観のその先に形兆くんの生きる目的はあって、それが許されないと知っていてなお一線を踏み越えた。
 だからやっぱり形兆くんは悪人だ。少なくとも形兆くんは自分のことを悪人だと理解していて、今さら日だまりのなかに戻れやしないと思っている。
 わたし……わたしはどうだろう。わたしは悪人だろうか。わからない。学校をおサボりすることもあれば感情に任せてうそをつく、言うなればありふれた人間だ。
 善人と言えるほど品行方正ではないけど、悪人と言えるほど人に背を向けているわけじゃない。ただ自覚しているのは、わたしはすごく利己的な人間で、その点だけをとってみればわたしは悪人ということになるのだろう。

「わたし、形兆くんが好き」

 後ろからのすがるような抱擁を感じながら、噛み締めるように呟く。伝わってくれる相手がいるうちに言いたいことを言っておかないと後悔する。わたしはそれを知っている。
 だからこの言葉もきっと自己満足で、わたしは形兆くんのことなんて見ていないのかもしれない。わたしはわたしの見たい形兆くんだけを見て、都合の悪いところは頭から抹消しているのかもしれない。
 そのことを悪びれもしないから、やはりわたしは利己的な人間だ。

「お前は……どうして。いつもそうなんだ」
「いつもそうってなにが?」
「……お前のそばに居ていいのかと、よく思う」

 わたしの肩口に唇を押し付けての言葉は震えていた。
 わたしをきれいな人間だと、形兆くんは言う。そうだろうか。わたしはありふれた人間で、形兆くんが思うような清廉で穢れない人物では決してない。
 もしかすると、形兆くんもほんとうはわたしなんて見ていないのかもしれない。でも、そんなこと大した問題じゃあないはずだ。
 形兆くんがわたしを穢れないというなら、わたしはすこしでもそう在りたい。大事なのはそう思えること。

「俺は人殺しだ……日だまりの下は歩けない」
「うん」
「おやじはあんなんだし」
「うん」
「億泰はばかだし」
「う――ん」

 思わず笑ってしまいそうになった。でも言葉から形兆くんの真剣さは強く伝わってきた。だからこらえる。

「でも好きなんだ……」
「うん」
「お前が」
「うん」

 形兆くんは、善人か悪人かで言えばやっぱり悪人だろう。
 弓と矢で人を殺し、増えたスタンド使いは無意識に騒動を引き寄せ巻き起こす。お父さんを死なせてやるためにと、進んで倫理の一線を踏み越えた。
 ――でも。それでも、潰しきれない『情』というものがあって、形兆くんはどれほど振り払おうとしても罪悪感を抱かずにはいられない。その点だけをとってみれば、形兆くんはきっと善人だ。

「形兆くんは優しい人だよ」
「なんど言われても、理解できねぇ。それ……」
「わからなくてもね、いいの。わたしがそう思ってるだけだから」

 好意の理由を説明することは難しい。わたしが伝えられるのは気持ちだけで、意味や理由は無理だ。意味や理由なんて――わたしだってわからないんだから。

 でも、誰もが形兆くんを悪人だという。なら、一人ぐらい形兆くんをいい人だと思う人がいてもいいんじゃないかと思う。
 贖罪に『充分』があるのかはわからないけど、形兆くんは十二分に自分を責めているように思える。表沙汰にならないできない犯罪だからこそ――他人に責めてもらえない犯罪だからこそ、形兆くんは自分の良心に責め立てられる。
 だからわたしぐらいは形兆くんを責めないでいたい。利己的だ。

 形兆くんを絡めとる恨みは、いつか形兆くんを殺してしまうだろう。それは因果応報だから、形兆くんへの報復を止める気はない。わたしは形兆くんが行ってきた悪事によくも悪くも無関係だから、形兆くんの行ってきた悪事に対して無責任いるつもりだ。
 形兆の悪事なんて無関係に、無責任に形兆くんを受け止めたい。
 形兆くんが辛いときにこうして体を貸して抱き枕になるだけの、肩の力を抜ける場所。そんなものでいい。なんて言って、単にわたしが形兆くんのそばにいたいだけだ。
 わたしが好きなのは頭に思い描いた理想の形兆くんかもしれないけど、わたしは確かに背中のぬくもりを愛しいと感じている。
 形兆くんもわたしを見ていないかもしれないけど、形兆くんはわたしを抱き締めてくれる。
 後ろから聞こえる形兆くんの呼吸音。伝わる心臓の音。届くぬくもり。それを感じていられるだけで、わたしはこの世界の形兆くんのすべてを受け入れられる。





2013/7/8:久遠晶

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萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望