朝のひととき



 朝、台所の物音で目が覚める。警戒はしない。肉体と脳みそが本能的に、物音の主が誰かを知っていた。
 とんとんとん、ぱたぱたぱた、きゅきゅ、じゃー。
 身体を起こしながら物音に耳を澄ませて、今なにをしているのかを考える。食器棚から食器を二人分用意して……水をコップに入れて……。せわしなく台所を駆ける後姿を想像して悦に入る。
 だらしなく緩む表情を引き締めようとは思わなかった。
 静かにベッドから出ると服を着て、気配を消してリビングまで行く。

 想像通り、が台所で朝食を作っていた。
 俺には気付かず料理に没頭するをみていると、胸にこみあげる熱いものがあった。感極まって泣きそうになる。
 泣くよりは笑いたかったから、俺はそっとに近づいた。


「わっ!?」

 後ろから抱きしめると、おおげさなまでには驚いた。包丁を持つ手が揺れて危ないので、掴んで動きを止めてやる。

「形兆くん? びっくりしたよー」
「なに作ってるんだ?」
「ベーコンエッグ~。同居一日目だっていうのに楽してるって、思う?」
「新婚だろ」
「うっ」

 耳元で訂正してやるとはぴくりと肩を揺らした。俯く顔がじょじょに赤く染まっていく様子が楽しくて仕方ない。
 くっくと笑ってしまう。

「昨日は俺が無茶させちまったからなぁ~朝起きれただけでも大したもんだ」
「う……」

 先ほどよりもあからさまにの身体がこわばった。反応がわかりやすすぎて楽しい。
 を抱いたことは一度や二度ではないが、いつまで経ってもは慣れない。
 夜毎抱きながら愛を囁いて、感情を叩きつけるように伝えて、キスしてやる。そういう行為がにとっては恥ずかしい以外のなにものでもないらしい。
 恥じ入るように身じろぎをして、幸せすぎると首を振って泣いて俺にしがみつくしぐさがかわいくて、必要以上に攻め立ててしまうのも毎度の話だ。

 俺の言葉に恥じらいと抵抗を示して身じろぎするのに、イヤだと拒絶することはない。存在を受容されていると思うと嬉しくて、つい抱きしめる腕に力がこもる。
 くたりと密着するからだに心底安心する。
 の身体に触れていると、それだけで胸が熱くなる。しゅわしゅわと炭酸がはじけるように心のよどみが失せていく。
 以前はその感覚に、自分が自分でなくなるような不安を抱いた。
 バカなことだ。恋情を認めてしまえば、心地いいと認めてしまえば途方もない安寧に繋がるのに。

「んもぅ……お料理できないよ。形兆くん」

 いやいやをするように大きくが身じろぎした。
 は包丁をまな板に置くと俺の腕のなかで体をよじり、背伸びをして俺にキスをする。
 腹の前で交差する手に指先を添える仕草が可愛らしい。としては、早く離してという意味なんだろうが

 もうじゃなく虹村なんだよな。それを考えると心底胸がむずむずしてくる。お互い、名字に慣れるのには時間がかかりそうだ。

「なぁ、……」
「んー……?」
「いまここでしたいっつったら怒るか」
「えっ――は、うぅ……形兆く、息、やめ、」

 質問しているくせに答えを聞き入れる気がないことはもわかっているのだろう。
 じたばたしはじめる腕を両腕で押さえ込んで、耳たぶを唇で食んでなめあげる。ちゅっちゅと耳にキスをしていると、の背筋がぶるりと震えた。
「いいだろ……? お互い仕事はねぇし、せっかくの新婚なんだからよォ~……」
「そ、の声反則だって……せめてベッドで……」
「ダメだね。ここでする」

 服の裾をまくりあげて下っ腹やわき腹をまさぐる。もう片方の手は服越しに胸をたどって、もみあうように抱きしめた。
 だんだんとの息があがっていくのが楽しくて仕方ない。恨めしそうな吐息が好きで、どーしても俺はこいつに意地の悪いことしかできない。

「おい、旦那様って呼んでみろよ。なぁ」
「け、形兆くん……」
「あぁ?」
「すっごく楽しそうね……」
「お、れ、の、嫁さんがかわいすぎるからなぁ~」
「わたしはわたしの旦那さまが楽しそうでなによ――んぅっ」

 言葉の途中でへそのくぼみに人差し指をくじいれると、の身体がびくんと跳ねた。堪え切れなかったあえぎが鼻から抜けて、甘えるような吐息が俺の下半身を刺激してくる。
 だんだんとの身体が折れて台所にのしかかるような姿勢になっていく。合わせて俺も腰をの身体に押し付ける。

 世界でただひとり、俺だけを裏切らない……女。
 なんでも思い通りになるわけじゃあないが、俺を一番に考えてくれて、精一杯俺のために尽くしてくれる存在。
 やっと手に入れた唯一のもの。
 抱きしめて好き放題にしているとそれを実感出来て、思わず涙腺が緩みそうになってしまう。
 結婚式でも昨夜にも実感して泣きそうになったっていうのに、まだ泣く気か、俺の目は。
 我ながら情けない。でも、そういう部分を見せるのもだけだ。
 こいつにだけは見せていい。こいつにだけは見ていてほしい。
 俺の、弱い部分を。

「あー……マジで幸せだ。最高。お前と一緒になれてよかった……」

 出会ってから今まで散々世話になった。迷惑をかけた、と言うよりは、苦労をかけた、という言い方をしたい。
 俺の歩んできた道筋、絡んできた宿命……それの飛び火を迷惑などと言ったら、は怒って口をきいてくれなくなるだろう。
 これからも俺は、俺が行ってきたことの飛び火をにかけるのだろう。も、の道筋の飛び火を俺にかけるのだろう。
 それでいい。
 俺はを一番に考えて尽くす。一生掛けて愛情を伝えて恩を返して支えてやりたい。
 愛している相手が腕の中に居て微笑んでくれる。
 この景色だけで全身が震えそうなほど熱くなって、涙が出てくる。

「―-好きだ。……」
「……わたしもだよ。こんな日が来るなんて夢みたいだけど、お願いだからお手柔らかにね……?」

 頼み込むような心細いお願いは、たぶん聞き入れてやれないんだろうな。などと思いつつ、精一杯優しくの唇にキスをした。





2013/9/2:久遠晶
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萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望