多分それは惚れた弱み
こいつの感覚は、いまいちわからない。
身じろぎするは大変愛らしい。困り果てたように眉を下げ、唇を手のひらで覆う表情を誰にも見せたくないと本気で思う。
腕の中に閉じ込めて好きなだけかわいがってめちゃくちゃにしてやりたい。そんな欲望が渦を巻く。
閉じ込めるところまではうまく行った。ベッドに押し倒すことも成功した。
だと言うのに、直前で臆病を発動されてはたまらない。生殺しだ。
形兆の不満げな吐息が、の指先にかかった。うう、とくぐもったのうめきは、指先を通り抜けて形兆の唇にかかって皮膚と粘膜をしめらせる。
せめてキス喰ぐらい許してほしい。それで止められる自信もないが。
「お前ってつくづくわかんねぇヤツ」
「だ、だって……ひゃっ」
背中に回した手を後頭部に滑らせて抱き寄せる。自然と目の前に寄った耳たぶをぺろりとなめあげた。
犬歯であまがみをすると腕のつけねにあたるの肩がピクピク震える。
そのまま舌を動かし、顎のつけねから首筋、肩まで降りる。
「ひんっ、や、そこ……」
「耳がよくて、こっちもよくて。……なんで唇はダメなんだよ」
唇を守る指先に触れる。
散らばる髪の毛と、重力に沿ってからだの立体を浮かび上がらせる服のシワがいやらしい。
は頬を薔薇色に染めて、涙目で形兆を見上げる。加虐心をそそる顔だ。
困り果てた顔が快楽に染まり、唇からよだれを垂らして形兆に許しをこう姿を見たい。すべてを支配しきって、自分が居なくては生きられないようにしてやりたい。
バッド・カンパニーという整然としたスタンドを持つ形兆に眠る支配欲がむくむくと沸き立つ。
もちろん無理強いする気はないが。ないのだが。 の髪を撫でながら、もう片方の手での冷たい膝小僧を撫で回す手が止まらない。
本当ならこんな時、もっと柔軟かつ優しく、心を解きほぐすべきなのだろう。待つべきである場面なのはわかる。だが……。
「おれたち、別にはじめてってわけじゃあねえだろう。なのになんで……」
「んんと、なんていうか……」
困った顔をして目をそらすに、形兆もむうとうなる。
彼女を抱いたことは一度や二度ではない。未踏だったつぼみは形兆に繰り返しこじ開けられ、少し触れるだけで蜜を吐きこぼすようになった。
の身体で、形兆が触れたことのない場所などない。
形兆だけが触れることを許された場所。行為。それは形兆が望んだ支配だ。
だが唇だけは形兆の支配を免れている。
「く、くちびるは……だめなの」
「だから、なんで」
かほそい声は子供がだだをこねるようなニュアンスを含んでいた。むっとしてすこし語気が荒くなる形兆も子供のようだ。
くわえろと言えば怒張をくわえてみせ、頼めば喉奥に怒張を押し込むこともよしとする。
全身を形兆に許し、あらゆる場所へのキスを許すのに、唯一唇へのキスは拒む。
まぶた、頬、鎖骨、胸、わき、背中、へその穴、みぞおち、わきばら、尻、太もも、膝の裏、指先、爪先の間……形兆の唇はのすべてを辿って愛したのに、唇の感触だけは知らない。
「だって……耳にキスしてもらったりとか。名前呼んでもらうだけでもふわーってして、どきどきで死にそうなのに……そんなとこキスされたら、ほんとに死んじゃう」
「なんだそりゃ」
思わず眉が変な風にねじまがる。
「それに、あんなにいやがってたのは虹村くんなのに……今さらだよ」
「まだ引きずってんのか、お前」
あきれた風を装いながら、内心ギクリとした。
唇にキスしてほしいという要望を、羞恥心やプライドが邪魔をしてはねのけ続けたのは形兆だ。
言葉に隠された感情を正確に感知するスタンド能力がにはある。だから形兆の愛情を疑わずに待ってくれたが、やはり寂しく思っていたのだろう。
「してくれるのはほんとに嬉しいけど、破壊力わかってる? キスなんてさ……爆発しちゃうよ、わたし」
顔をそらして恥じ入る恋人の破壊力もわかってほしい――と形兆は思った。
「ならさっさと爆発して死ねよ。俺がキスしてやるっていってんだよ」
「あっあっその言い方横暴だよ、もう」
「そんな俺が好きなんだろ」
唇を隠す両手をつかんで、無理矢理顔から引き剥がす。
紅潮した頬と、しっとりうるんだ紅い唇が露出した。
の意見を聞かず、熟れた果実のようなそれにむしゃぶりつこうとしたその時。
「虹村くん……」
名前を呼ばれて動きが止まる。
の呼び掛けは、決して形兆の横暴を咎めるものではなかった。
――ちゃんとがんばるから、もう少し待って?
苦手な食べ物を自ら克服しようとするような前向きさと、困り果てたニュアンスがある。
形兆が無理に唇を奪っても、決して怒りはしないだろう。はそういう女だ。
いかなる時も形兆の二歩後ろに付き従い、腕を差し出せばぎゅっと抱きついて寄り添う。無理強いはせず、形兆が歩み寄るまで辛抱強く待つ。
がそういう女だから、形兆は動けなくなる。
自分が過去に向き合い乗り越えるまでじっと待ち続けてくれたが相手だから、形兆も待たないわけにはいかない。
「……俺の敗けだ、わぁーったよ、もともとは無理強いする気はねえんだよ」
「うん、ありがとう。いやなわけじゃないんだよ?」
「知ってるさ、それくらい」
の体に触れると、は鼻にかかった甘い声をあげた。からだをいくら手なずけて支配したとしても、尻に敷かれているのは自分なのだから楽しみはとっておこう――と、形兆はため息を困った笑みに変えて吐き出した。
2014/9/25:久遠晶
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