殺人鬼の午後ティータイム
彼の目が私の手を捕らえた。瞬間彼の目によぎる恍惚の色に怖気がする。
反射的に、持っていた万年筆を手の甲に突き立てた。
肉に深くペン先が食い込んで、ごぷりと赤い血が流れる。その様子を見て彼は心底嫌そうに唇を歪めた。
「きみは本当に嫌がらせが好きだな」
「あなたもだ。吉影兄さん」
「そんなにも美しい手をしているのに」
「あなたに褒められてもうれしくないな」
会話中も肉に食い込む万年筆をぐりぐりとうごかして、肉を引き裂く。痛くないわけではない。が、痛みもなく殺されることを思えばこの程度安いものだった。
目の前の殺人鬼は私の努力を知ってか知らずか、残念そうな顔をする。
「きみが望めば、いくらでも『彼女』にしてやるのに」
「望んでないからこうしてる」
カフェ・ドウ・マゴのテラス席での会話。
私の奇行に人々が気付かず談笑を続けている。
彼の目から恍惚の色が過ぎ去ったのを確認して、私は万年筆を手の甲から抜いた。テーブル備え付けのナプキンを押し当てて止血をする。
「指先は綺麗だが心は醜い、の典型だなきみは」
「顔はいいけど性癖はアブノーマル、の吉良兄さんに言われたくはないな」
「性癖に関してはきみも人のことを言えないだろう」
「鏡見て自分のことを客観的に見てから物言えば?」
「……不愉快だ。きみといると」
ぶつくさと文句を言いながら、彼は私の目の前に座った。相席を許可した覚えはない。私は彼のこういうところが嫌いだが、彼の立場なら私もそうしたはずなので口をつぐむ。
「彼氏とはどうだい」
「うまくやってるよー? すっっっごくラブラブ。写真、見る?」
「よせ。見たくもない」
鞄に手を伸ばすと、彼はあからさまに嫌そうに声を荒げた。
彼とは嗜好がまったく噛みあわない。自慢の彼氏を見せ付けられず、私は唇をとがらせた。
「そっちはどう?」
「フフ……上々だ。この前はじめて彼女を家にあげたんだけどね、恥ずかしがる姿がかわいかったよ」
「へぇー。淑女趣味は相変わらずか」
「見るかい?」
「やめろよ気持ち悪い。見たくない」
懐に手を伸ばした彼に声を荒げる。自慢の彼女を見せ付けられなかった彼は目を細めた。
「吉良兄さんの趣味はマジで理解できない。女の手のどこがいいのかねー」
「きみの趣味も理解できないよ。目なんてどこがいいのか」
「まっすぐに見つめる目が好きなんだよ。吉良兄さんももうすこし純粋な目をしてたらなー」
「お断りだ」
「知ってる。パフェお願いしますー」
「おい、おごらないぞ」
「そんなこと言わないでよ会社員。これも親戚付き合いだよ」
「高校生とはいえ、親の小遣いがあるだろ?」
「親なんて居ないの知ってるくせにー」
お茶らけて笑うと、彼はあきれたように溜息をついた。親のいない元凶はどこのどいつだ、という表情。
親がいないことを持ち出しても平然としているから、彼のことは嫌いじゃあない。恋人にするのはお断りだけど。
「あ」
「あ」
テラスから見渡した道路にとても素敵な男の人がいて釘付けになった。
同時に彼の視線も道路の先に釘付けになる。どうせいい手がいたんだろう。
「いいなぁ」
「いいねー」
呟きも同時。なんだかムッとする。
「私、ナンパしてくる」
「わたしもそうしようああ、今日は素晴らしい日だ」
高い財布から札をぽんと取り出しながら、彼は恍惚の表情を浮かべた。自分に向けられたものではない限り、この目は実はそんなに嫌いじゃない。
お互い、嗜好は違えど思考は似ている。
いとしい相手とのデートプランを考えながら、私と彼はニヤつきそうになる頬を掌で隠した。
今日は晴天。神様に祝福されたような、素敵な日だ。
2013/8/29:久遠晶
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