岸辺露伴は他人の色恋沙汰に興味なし

 岸辺露伴は苛立っていた。漫画の描画作業が妨害されているからだ。
 高級茶葉の芳醇な香りも、苛立ちを助長しかさせない。
 言うまでもなく、我が物顔で岸辺家の客間に居座るアホ面によって。

「……でよォ~それでコイツがアホなことを」
「今日の授業中に『アメリカの首都はニューヨークだろ?』とかぬかしたやつに言われたくはないわね」
「アメリカの首都は誰だって間違えるだろォ~!?」
「ちょっと、なに勝手にお茶請け食べようとしてんのよ!」

 露伴がトレイに載せた紅茶を客間まで運ぶと、露伴が席に着くより先に億泰がお茶請けに手を伸ばす。
 包装をはがしてチョコレートを口に含んだところで、気付いたが億泰の頭をスパーンとはたいた。
 容赦のない一撃に顔をしかめる億泰に、ざまあみろと露伴は思った。

「すみません露伴先生、こんなやつ連れてきて」
「ん……まあ億泰は、気をつけるように」

 心底申し訳なさそうなに免じて、露伴は苛立ちを抑えてやる。

 億泰のことは、仗助に対してほど嫌悪しているわけではない。だが理解力と思考力のないアホなので、さほど好きではなかった。
 取材旅行の土産にいい茶葉とお菓子が手に入ったから、学校帰りに寄るといい――そう誘ったのは康一とであって、億泰とではない。
 急用で康一が来れなくなったのは仕方がない。仕方がないが、なぜ代打と言わんばかりにが連れてきたのが億泰なのか。仗助よりはマシか。そういう問題ではない。
 ウマイ菓子が食えると聞いて、無理やり付いてきたに違いない。

 露伴の心中を知ってかしらずか、億泰はいつも通りの間抜け面だ。

「今日の授業といえば、コイツ家庭科の授業で大失敗して」
「それは、アンタが塩と砂糖間違えて渡すからじゃない!」
「すぐ気付いて事なきをえただろ~がよ~ッ。そういう問題じゃなく、お前の料理が下手すぎんだよ。この前俺んちに夕飯作り来た時とかよォ」
「うぐっ……あ、アレはたまたまよ。普段はもうちょっと美味しいんだから」
「ったくトニオさんの料理を見習えよ!」
「トニオさんレベルで料理がうまくなったら相応の金銭を要求するけど……。っていうか、トニオさんレベルを素人に求めないでよ! そりゃ、確かに料理下手だけどさ」
「露伴先生~、コイツに『料理がうまい』ってヘブンズ・ドアーで書いてくださいよ。コイツの料理、マジで宇宙一マズいんスッ!」
「ちょっと、露伴先生に変なこと頼まないでよ! アンタ、ホントデリカシーないわね!」

 羞恥に頬を染めたが億泰を突き飛ばした。革張りのソファがギシっと鳴る。

 億泰の言葉には遠慮がないし、それに対する突っ込みにも容赦がない。
 億泰とは、高校で再会した幼馴染らしい。女ッ気がない億泰にとっては貴重な女友達なので、もうすこし傍らの存在をありがたがってもよいものだが。

「そんなんだからモテないのよ」
「そりゃ俺だって女の子にゃあ丁重に扱うぜ~? でもここには女なんて居ねえだろ。ん、いるって? どこに? 俺には見えないぜ~」
「アンタほんと……」

 わざとらしく周囲を見渡す億泰に、がワナワナと震える。
 口に出すことはしないが、拗ねたように唇を尖らすは愛らしいものだ。
 恋する乙女は美しい――そんな言葉が脳裏をよぎる。

 の繊細な表情を見もしないから、億泰は寄せられる視線に気付かない。
 傍から見れば二人の夫婦漫才のようなやりとりはほほえましく映る。実際、秀才とアホのやりとりとして漫画の参考になる。
 だが、自分の気持ちにまったく気づいてもらえないはつらいものだろうなぁ、とぼんやり思う。


「もう知らない」
「すねんなって~。そういや、親父がお前に会いたがってたぜ。またウチ来いよ」
「そんなこと言って、勉強見てほしいだけでしょ」
「バレちまったか」
「もう……。夕飯はカレーがいいな」
「俺が作んのかよ」
「私の料理、宇宙一マズいんでしょ? 甘口の美味しいやつね!」
「しょうがね~な~。俺の幼馴染は注文がこまけぇからな~っ」

 単なる幼馴染が、異性の家に夕飯を作りに来てくれたり夜遅くまで勉強を見てくれることに疑問はないらしい。
 億泰はのことを、本当に女子として意識していないようだ。
 は難儀な相手に恋をしたものだな、と他人事ながら思う。
 億泰の魅力がよくわからない露伴は首をかしげるしかないが、恋に理由はいらないということだろうか。
 とはいえ間近で片思いの夫婦漫才を見せつけられるのもたまらない。
 はともかく、億泰には早々に立ち去ってもらわなければ。露伴は漫画を書きたいのだ。

 仕方なしに、助け舟を出してやる。

「確かに僕のヘブンズ・ドアーなら『料理上手』と書きこめばその通りになるとは思うが」
「? ……ああ、だろッ露伴先生! いっちょ一肌脱いでくださいよ~」

 唐突に口を開いた露伴に首を傾げてから、先ほどの話題のことだと気付くと目を輝かせて億泰はテーブルに身を乗り出す。
 その拍子にテーブルの上の茶器が揺れる。露伴はあえてそれを無視し、続ける。

「だがな、それでくんの料理が美味くなったとする。それで億泰は納得できるかい」
「へ?」
「いいかい。技術を身につけるためには、相応の努力が必要だ。トニオさんだって、美味い料理を作るために血のにじむほどの修行をしただろう。あの人のスタンドは技術を磨いた結果だからな」
「そりゃ、そうだろうけどよ」
「ヘブンズ・ドアーでトニオさんと同レベルの技術を手に入れたとして、そこに価値はあるかな? 軽々しく『料理上手になるよう書きこんでくれ』なんて、努力してきたトニオさんに失礼だと僕は思うぜ」
「う……」

 億泰とはしゅんとしてうなだれた。
 まで消沈することはないと思うが、内心ちょっと期待していたんだろうか。
 トニオに並々ならぬ尊敬を抱く億泰にとって、先ほどの言葉は深く胸に突き刺さったらしい。予想以上の効果をあげたことに内心で驚きながら、露伴はお茶請けに手を伸ばした。

「……だから、お前が手伝ってやればいいじゃないか」
「え?」
「康一くんから聞いたが、億泰は自炊してるから料理うまいんだろう」
「まあ、それなりには」
「じゃ、一緒に料理作るなりアドバイスするなり出来るだろ。そういう協力をせずに文句ばっかり言うのはナシだぜ、億泰クン」

 億泰はと顔を見合わせ、うむむむと唸った。
 両腕を組み、首をかしげる。

「じゃあ……今度ウチで一緒にメシ作っかぁ。俺、分量とか適当だからちゃんと教えられっかはわかんねーけどな」
「え、いいの? 億泰は見かけに寄らず料理がうまいから、教えてくれるならありがたいけど」
「見かけに寄らず、は余計だッ!」
「うん……ありがとう」

 が素直に礼を言うと、億泰はすこし驚いたようだった。
 この程度の何気ない礼で驚くとは、普段のど突き合いが目に浮かぶようだ。
 露伴のはからいに気付いたが、ありがとうございますと会釈する。露伴は気にするなと目配せをかえしてやる。

 一緒に料理を作ることになったところで、進展するかどうかは二人次第だ。そこに首を突っ込んでやるほど露伴は暇でも下世話でもない。
 ――億泰があの調子じゃあ、正攻法じゃ何年かかっても気づきそうにないがな。
 二人で作る料理の献立を考えている間抜け面を見ながら、露伴は苦笑した。

「決まりだな。じゃ、帰った帰った」
「えっ。なにも今日メシ作るわけじゃあ……まだ菓子も食べきってねぇし」
「そんだけ食べてまだ食べようとするの? すみません露伴先生、長々居座っちゃって」
「僕はこれから用事があるんだよ。あぁ、くん、ぜひまた来てくれよ。億泰は来なくていい」
「ヒデー!」
「自業自得でしょ、アンタ……」

 億泰とをさっさと家から追い出したかったのは漫画原稿を書く為だが、そんな気分にもならなくなっている。
 なぜだか急に、知り合いに会いたくなった。
 二人を見送ったら、即刻呼び出そう。あるいは自分が知り合いの元へ出向くのもいいかもしれない。
 突然家に押しかけたら、生意気なあの女は驚くだろうか。ため息をついたあと、茶を出してくれるだろうか。迷惑かもしれないな。
 いや、迷惑のはすがない。当然嬉しがるだろう。そうでなくては困る。
 なぜなら自分は岸辺露伴なのだから。
 人知れず微笑んで、人気漫画家は身支度を整えた。





2013/5/26:久遠晶
露伴が会おうとしている相手は恋人とか気になっている相手でお願いしやす
 もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!
萌えたよ このキャラの夢もっと読みたい! 誤字あったよ 続編希望