高校生には刺激が強い
DIOを倒すための旅。とうとうエジプトに上陸し──本丸に近づいてきた、という日の夜。
私はポルナレフさんを夜の広場へと呼び出していた。
薄暗い明りのなか、ベンチに腰掛けて彼を待つ。
約束の時間の五分前に現れたポルナレフさんは、私を見かけると手を上げ、小走りで駆け寄ってきた。
「悪いな。待たせたか」
「いいえ。呼び出してごめんなさい」
「いいってことよ。それで、どうしたんだ?」
キョロキョロと辺りを見回しながらポルナレフさんが問いかける。ホテルから遠い広場を選んだことの意図を察しているのだろうし、敵のスタンド使いを警戒してもいるのだろう。
「承太郎たちには聞かせたくない話なんだろう。一体どうした?」
「いや……そんな真剣な話でもないんだけど、話しておきたかったことがあって」
「おう、相談なら乗るぜ」
私がベンチから立ち上がったので、ポルナレフさんもベンチに座ることはしなかった。背中に隠した手をぎゅっと握り込んで、バレないように深呼吸。
「私、ポルナレフさんが好き」
「……おー?」
言った。言ってしまった。
ポルナレフさんの顔が見れない。どんな反応をしているだろう。
なにか言われる前に、先を続ける。
「あのっ、決戦前! って時に不謹慎なんだけど、でも、後悔したくなくってさ。言うだけ言っておきたかったの。気持ちの整理に付き合わせてごめんねポルナレフさん」
言い訳がましい言葉はだんだん早口になってしまう。見苦しいと思ってるのになかなか止められなかった。
一人で勝手に言うだけ言い切って、一礼して、踵を返す。逃げ出そうとしたところで手首を掴まれた。
「おいおい、言うだけ言って逃げるなよ。もう少し話そうぜ」
「ううっ」
ドがつく正論だ。正論だけど、そんなものはどうでもいいから逃げ出したい。とはいえ、振り払ってまで逃げるのは流石に不誠実すぎる。
玉砕覚悟で告白したのだから、私にはきちんと砕かれる義務があるのだ。
「まぁとりあえず隣座れよ」
ベンチにどっかと座り込んだポルナレフさんが背もたれに手を回しながら手招きする。
居心地が悪くなりながらベンチの隣に収まると、自然、肩を抱かれるような感じになってしまう。実際のところポルナレフさんは背もたれに腕を置いてるだけなので、違うのだけど。
へんな脂汗が出てきた。いや、さっきからずっと変な汗は出っぱなしだったろう。関係ないことを考えて、今すぐ叫びだして逃げたくなる気持ちを抑えつける。
「いやぁ、そうかぁ?まさかお前がオレを好きとはねぇ。意外なこともあるもんだなぁ」
ポルナレフさんが自分の顎を触りながらニヤニヤしている。私はと言うと胃が痛くて仕方ない。
クラスメイトの男子にラブレターを出して、それをみんなに言いふらされて回ったのは小学五年生の時だったか。あの時みたいに自分の真剣な気持ちを投げ捨てるように踏み躙られたら、ちょっと立ち直れそうにない。吐き気までしてきた。
「あ、あのう、ほんと、付き合いたいとかそんな大それたことは考えてないんで……」
「えっ、付き合わなくていいのか?」
「ええっ!?」
この人何言った。
反射的に隣を見ると、ポルナレフさんが思っていたより近くにいた。身体を私に向けているから当然ではあるんだけど、不意打ちにドキッとしてしまう。思わず身をのけぞらせると、その分ポルナレフさんが身を詰めてくる。
スカートの裾を握る手に、大きな手が重なった。
「付き合わなくていいのか、って……いま、ぽ、ポルナレフさん、言った? まって、じゃ、付き合いたい、って言っていいの?」
「逆に、何のために告白したんだよお前は」
「えぇ。い、いや、私17歳ですよ? 年の差とか……あるじゃないですか」
「いや、オレ24だし……。お前、あと3年で20歳だろ。大した年の差じゃあないと思うがね」
「そうなの? いや、どうだろう。頭がこんがらがってきた」
「日本人の感覚はわからねーが、オレは気にしない。待てばいいだけだしな」
「待ってくれるの!?」
思いがけない言葉に大きな声が出る。周囲に響いてしまって、私は慌てて口をつぐんだ。
ポルナレフさんはと言うと、私の反応によくわからなさそうな顔をして、首をかしげる。
「なんか話が噛み合ってねー気がするな……。あっ! もしかして好きって『そういう』好きじゃなかったか?」
私の手に触れていた大きな手がぱっと離れる。ポルナレフさんが気恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
「オレはてっきり男と女の愛の意味かと……」
「あっ、いや『そういう』意味、です、け、ど……」
恥ずかしくなってきてはっきりしゃべれない。どんどん尻すぼみになってしまう。
いつもの軽口のような調子でしゃべるポルナレフさんと、同じ意味の自信がない。
男と女の愛の意味での『好き』……その通りではあるのだけど、言葉が過激というか、ロマンチックで、子供の私が使ってはいけない響きがある。
ポルナレフさんは私の言葉に、そっか、と笑った。
「それならよかったぜ。オレだけ早とちりしちまったかと」
「ぽ、ポルナレフさんの付き合ってもいいよってのは、そ、そういう意味……?」
「もちろん! そういう意味だぜ」
「そうか、なるほど、いやどうだ?」
「うん?」
お互い困惑しあって、頭にハテナを浮かべながら確認しあう。
「お前はオレと付き合う気はないってことか?」
「いや付き合えるなら飛び上がるほど嬉しいですが……」
「じゃあなんの問題もねーな!」
ポルナレフさんがよし!と膝を打つと、背もたれにかけていた手で私の肩を抱いた。ぐっと引き寄せて、さらに顔を寄せる。
「早速恋人同士の誓いのキスと行こうか?」
「えっ! まっ、まっ、待ってください!」
息がかかるほど身を寄せられ、私は慌てて手を突っ張った。
分厚い胸板に手を添えて、控えめに抵抗する。
ポルナレフさんは不満そうにくちびるを尖らせる。ああもう、すごくかわいい。かっこいいのにかわいいなんて反則だと思う。ドキドキしてしまう。
「なんだ、だめか?」
「ダメって言うか、心臓に悪いって言うか、緊張するって言うか……その、ファーストキス、だし」
「おいおい、日本人は本当に奥手なんだな。いや、バカにしてんじゃないぜ。そういうところも可愛いさ」
「か、かわっ……」
他意はないんだろうけど、頬が熱くなる。我ながら単純だと思う。
「もしかして、からかってます? 誰に告白されてもオーケーしそうですよねポルナレフさん」
「からかってねーって! オレは冗談は言うが、色恋に関しては真剣だぜ、マジで」
「絶対からかってる」
「機嫌直せよ、悪かったって」
顔をそらすと、じゃれ付いた指先が頬をくすぐって、ひき結んだ唇を笑わせようとする。
「いや、マジで……お前に告白されたのは意外だけどさ、素直に嬉しいぜ。お前って気がきくし、優しいし、頼れる女だしな。お前に告白されて嬉しくないヤツはいないよ」
「ぐっ……そ、そういうこと言う……」
「なぁ、キスはダメって言ってたが、抱き締めるのは……ダメか。手を繋ぐのは?」
私の不機嫌が、形だけのものになったと察したポルナレフさんは、身を寄せながらそんなことを聞いてきた。私は少し悩んで、手なら、と答えた。
するとポルナレフさんは上機嫌に、膝においた私の手を包み、拳をほどくと、指先を絡ませてきた。
俗に言う恋人繋ぎである。フランス人の大きな手と日本人で子供の私なので、大きさの違いがすごい。私は指を目一杯開かないといけなくなる。
「ちっちゃい手だな、ほんと」
慈しむように言うものだから、たまらなくなってしまう。
当時高校生だったと言う、亡くなった妹さんのことを考えているのかな。
そんな予想をしってか知らずか、ポルナレフさんは言う。
「まぁ、今しばらくは手を繋ぐだけで我慢しとくぜ。ちょっとずつやっていこうか」
そんな風に言うものだから、私は「あ、本当に付き合う気があるんだな」と……他人事のようにぼんやり考えた。
「オレは決めた相手はマジで大切にするぜ。これからよろしくな、シニョール」
繋いだ手を持ち上げて、ポルナレフさんは私の手の甲にキスをした。さらにウインク。
顔を熱くして硬直する私に、「くちびるへのキスじゃないからセーフだろ?」と言ってのける。
全然セーフじゃないですアウトです、と言う言葉は、あまりの衝撃にぶっ飛んで出てこない。
でもそれは、恋人って言葉の意味を教えてくれるには充分だった。
2019/05/13:久遠晶