彼女は愛のスペシャリスト

 辻綾は、己のエステサロンにやってきた女性を見て目を見開いた。
 思わず口を開け、二度見してしまう。

、仕事中は……」
「愛を見つけるメイクをして欲しいのっ! 綾っ!!」

 幼馴染が泣きはらした顔でそう叫び、受付のカウンターに身を乗り出した。マスカラとアイシャドウが黒く滲んでいる
 真昼間から予約もなしにやってきて、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらエステサロンにやってくる。
 深く聞かなくても、何が起きたのかは容易に察せるものだ。
 辻綾は首を振ってため息をつき、眉間に手をやった。

「フゥ……だから言ったじゃない、あの人はやめたほうがいいって」
「自分の男運のなさに腹がたつわ。予約あるなら、それまで待つから……飛び入り悪いけど、おねがいっ」

 両手を合わせて頼み込むに、辻綾は眉根を寄せた。
 の恋人の顔を思い出し、不愉快になった。見えている地雷のような男だったからだ。
 一応忠告はしていたが、まさに予想通りの結果になったらしいり
 包容力がありすぎるせいで、ダメな男に引っかかる。それでも、別れる時はスッパリ断ち切るのがのいいところだ。
 愚痴を聞いてくれと押しかけるのではなく、愛を掴むメイクをしてくれと言うところに好感が持てる。

 だから辻綾は立ち上がり、施術室への扉を開けた。幼馴染を中へと招いた。
「ちょうど予約はない時間帯よ。飛び入りは大歓迎だわ」
「やったぁ!」

 が笑った。マスカラをにじませてパンダになるほど泣いているのに、元気がいいことだ。空元気かもしれないが。
 受付から施術室へと入ると、は興味深げに辺りを見渡した。

「綾のお店、初めて来たわ。色々トロフィーあるのね」
「別に自慢ってわけじゃないのよ。信用の証明なの」
「わかるわ。こういう技術職だと特に大事よね」

 店内を見渡す彼女に、辻綾は少し緊張した。
 分野は異なるが、幼馴染も人に己の技術を用いる立場だ。同業者として、隙は見せらない。
 そうでなくとも──この美しい目鼻立をしたの親友に、恥ずかしいところは見せられない。

「まず説明するけれど、ここは普通のエステとは違うの」
「うん、知ってる。運勢がどうとか」

 まず顔写真を取り、コンピューターグラフィックで施術後のイメージを見せる。

「なんでもいいわ。綾が思ったようにやって」

 丸投げの姿勢だ。説明も話半分で、ろくに聞いていない。
 辻綾のエステを受ける大半の人間が、同じような反応をとる。このエステティックサロンに入店する女性はみな、辻綾の言葉を話半分に受け取り、どうせ詐欺か何かだろう、と決めつける。
 しかし彼女は違う。
 彼女が話を聞かないのは、辻綾への信頼ゆえだ。
 通常のエステや美容院などでは、このような丸投げの姿勢はかえって困るのかもしれない。
 しかし辻綾のエステは通常のエステではない。客の要望を聞いて仕上げるのではなく、運勢の向きをほんのすこしだけ上向きにするだけの魔法。ならばこそ、の態度は話が早くてやりやすくもあった。

「運勢なんてあまり信じていないけど、これで何かが少しでも変われるなら」
「私に全部委ねてくれるのね」
「もちろん。あ、契約書の話は真面目に聞くわよ?」

 がいたずらっぽく笑うので、辻綾も笑った。
 金の切れ目は縁の切れ目というが、どれだけ信頼関係ができていても、できているからこそ金銭関係はきっちりと確認せねばならないものだ。お互いのために。
 はそのことをよくわかっている。

「綾の施術は受けたことないし、体験談の話を聞くと正直アヤシイやつか? って感じがするけどさ」

 はっきり物を言う態度を、辻綾は学生時代から好んでいる。

「でも、さっさとあの男を忘れたいからね。禊の儀式を綾にお願いするわ」
「任せて」

 下着姿になったがベッドに横たわる。
 眠る我が子に絵本を読み聞かせるような姿勢で、辻綾は幼なじみの前髪をなでて横に流した。

「貴方を魔法にかけてあげるわ、シンデレラ」

 辻綾は祈りを込めて己のスタンドを発現させる。親友の顔を入れ替え、ほくろの位置を変え、眉の位置をずらし、運勢上の歪みを直す。
 が目を瞑っている間に、ほんの数秒で終わる『魔法』。
 慈しみを込めた施術が終わり、友人が目を開けた。
 鏡の前にはパンダ目の、泣きはらした顔の女性はいない。血色よく、目元の腫れもない。きらびやかで美しい表情をしたを前に、辻綾は誇らしい気分だった。
 は鏡越しに己の顔をしげしげと見つめ、頬に触れる。

「化粧が乗ってる感じが全然しないわ。これでほんとに愛が掴めるの?」
「魔法使いの言いつけを守られるならね」
「あはっ、ありがとう綾! ねえねえ、今日仕事終わったら一緒にラーメン食べに行かない?」

 その言葉に、辻綾は面食らう。
 愛を掴むメイクを施術させておいて、言うに事欠いてラーメンを食べに行くなどと。しかも誘う相手が自分なのだ。

「それはいいけど、効果は一日だけよ。せっかくなら私といないで出歩いたほうがいいんじゃないかしら」
「なに言ってるの」

 辻綾の言葉に、親友は笑う。目を細めて。

「愛も大事だけど、友情も大切よ。ありがとうね、綾」

 綺麗な笑みだ、と思った。活力に満ち溢れて美しい。シンデレラがすこしだけ運勢を変えた効果が、早速現れているのかもしれない。
 だが、この美しい人は、シンデレラの魔法がなくとも光り輝いている。

 会計を済ませて楽しげにサロンを出て行く親友を見送って、ため息をつく。

「魔法使いも大変だわ」

 嘆くつもりはないが、時折寂しくなる。魔法使いは恋をできない。灰かぶり姫に魔法をかけ、真実の愛を見つける手伝いをするだけの役割なのだから。
 願わくば己のかけた魔法で、彼女がとびきりの王子様と出会えますように。
 魔法使いが悪い心をもてないぐらい清廉で潔白の王子様と結ばれて、結婚して欲しい。
 逸る心臓を押さえて、辻綾は己の失恋を願った。





2017/11/11:久遠晶
 アンケートに『辻綾の百合夢』と書いてくださった方に届け~。R18とのことでしたが、まずは習作ということで。
 辻綾さんの百合夢は考えたことがなかったので、すごく新鮮で楽しかったです!
 このあとは、結局ろくでもない男と結婚した幼馴染がものの数年でボロボロになっていて、それに気づいた辻綾が怒りにかられながら「魔法使いの言いつけを守っていれば、きっと素敵な王子様と結ばれていたのに」って怒りながら、いや王子様になんか渡せない、旦那のもとにも返せない、と家に連れ込んで保護してそのまま……なんやかんや……みたいなものを考えてます。
 こんな感じでよさげでしたら続きも頑張りたいです。
 コメントありがとうございました!


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