生まれた理由 ココに居る意味


「起きてください、ワイリーサマ」
「なんじゃ……後五分……」
「もう朝になります」

 首に手を回され、優しく身体を起こされる。布団にもぐりこむ暇もない。

「お目覚めの紅茶です。ロシアンティーですが構いませんか?」
「ばかもん……朝は緑茶に納豆に白米……」
「デハ、明日からはそのように致します」

 ロシアンティーが口元に運ばれ、ほのかな香りに促されるままに飲み下す。温かみが胃の中に広がり、ゆっくりと意識が覚醒していく。
 ……ん? 今ワシに話しかけているのはどいつじゃ?
 耳慣れない女性の声に、ワイリーはまだ重たいまぶたを開けて顔をあげた。

「朝食の用意が出来ております。お口にあうとよいのですが」
「だっ誰じゃおまえはー―――ッッ!!」

 目の前の女性型ロボットはアイセンサーをしばたかせたあと、首を真横にがくりと倒した。
 人間で言うなら『首を傾げた』ような動作だが、どうにも表現がオーバーだ。
 廊下のほうからバタバタと騒がしい音が駆けてくる。

「どうしたでござるかっワイリー博士!?」
「なにか一大事でも!?」

 ワイリーの悲鳴に、二人の隠密型ロボットが勢いよく寝室の扉を開けた。
 ベッドの傍らに立つメイドの格好をした女性型ロボットに、二人の目が点になる。

「あー…お前たちか、シェード、シャドウ……」

 ワイリーは頭を抱えながら起き上がり、溜め息を吐いた。先ほどの自分の悲鳴で、眠っていた頭が完璧に覚醒していた。
 メイド姿の彼女の名は。スクラップ廃棄場で死ぬところだった彼女をワイリーは助け、新しいボディを与えたのだ。
 ベッドの傍らに跪くはシェードマンとシャドーマンの姿を認めると、二人に向かって恭しくお辞儀をした。

「ハジメマシテ、お初にお目にかかります。ワタクシ、昨夜からご主人サマのお世話をさせていただくことになりました家庭用ロボットです。個体名と申します」

「メイドだと……?」
「ごっご主人様……!?」

 それぞれ違う場所に反応するシャドマンにシェードマン。
 その反応に、もう一度ワイリーは溜め息を吐いた。まあ、誰だって驚くだろう。

「まて。ワシャお前のマスターではないぞ」
「ですが一時的とは言えワタシのご主人サマであることには変わりありません」
「……その呼び方はやめろ、好かん」
「かしこまりました、ワイリーさま」

 こくりとが頷いた。
 いまだ面食らっているシャドーマンとシェードマンをちらりと見やる。

「あー、まあとにかくそういうことじゃ。なにかあったら頼むぞ」
「頼むぞ、と言われましても、いったいこれはどういうことですか?」
「そういえばこの前、家庭用ロボットの電子頭脳を持ち帰ってたでござるな」
「……最近ラボにこもりっきりだったのは、彼女のボディを造っていたからですか?」

 シャドーマンの言葉にシェードマンの眉間に作られたしわが深くなる。続けて質問するシェードマンの表情は険しい。
 なんだか雲行きが怪しくなってきた気がした。シェードは金遣いに厳しく、先日もワイリーの散財をとがめたばかりだ。

「私はてっきり、新しい戦闘用ロボットでも造っているのかと思っていましたが……」
「い、いや、そのつもりじゃったんじゃが……」
「もしかして、作りかけの戦闘用を流用したんですか?」

 ひきつった表情のシェードマンがワイリーを捉える。
 言葉に詰まったワイリーは、シェードマンに睨まれて冷や汗を流した。

「じゃっ、じゃってすぐに電子頭脳に組み合わせられるパーツがそれしかなかったんじゃもんっ。ほ、ほら、家庭用ロボットがおればお前らにわしの飯を作らせることもないかなーとかっ」
「っ貴方というお人は……!!」

 えへっと笑うワイリーに、シェードが切れた。

「あなたは、我々がどれほどの汗水を垂らして部品代を捻出していると思っているんです!? 戦闘用ロボット一体を作るのにかかる金がどれほどか、知らないとは言わせませんよ!? それをあなたは……!!」
「そ、そんなに怒るなシェード! また働けばええじゃないか!」
「働けばいい、ですって? 働くのは我々ですよ……?」

 低い声でわななくシェードマンの目が座っている。なにか言い返してやりたかったが、シェードマンの言うことはもっともなのでワイリーは押し黙るしかない。
 シェードマンに対して多少批判的な目線のシャドーマンも、今回ばかりはじっと黙っている。シャドーマンも、ワイリーの無駄遣いには呆れていたのだ。

「家庭用ロボットを作るな、とは言いません。しかし我々の苦労もすこしは理解していただきたい! だいたい、貴方はいつも照明を付けっぱなしにしますよね!? こういう無駄が後々――」
「わ、ワタシは」

 白熱する怒りと文句を遮って、ワイリーとシェードマンのやり取りを見ていたメイドロボット――がぽつりと呟いた。

「ワタシは……ココに居てはいけませんか? このカラダ、お返しした方がいいですか?」
「う……」
「ほ、ほらお前のせいでこまっとるぞ」
「わ、私ですかっ?」

 かすかに目を伏せるの表情は決して明るくない。
 どうとも答えられないシェードマンの肘をつつきながらのワイリーの言葉に、少なからずシェードマンがうろたえる。
 返事をしない三人に焦れたらしいが窓を開け、窓枠に足をかける。

「ココに居てはいけないのであれば……!」
「わわわわわわわっ!? いきなりなにしだすんじゃっ!?」
「気をっ気を確かに!」
「そうでござるぞ! 冷静になるでござる!」

 ワイリーの自室は、拠点の最上階に位置する。窓から身投げしようとしたを、慌てて三人が止める。

「ご主人サマに必要とされないのなら、家庭用ロボットである私が活動する意味はありません……!!」

 窓枠に足をかけたまま腰をワイリーに抱きつかれ、両腕をシェードマンとシャドーマンに羽交い絞めにされた状態で、無表情に彼女は言った。
 表情がないのは、新しいボディの機構に慣れていないからだ。金属の顔だった彼女には、今まで表情を変える機能がなかったから。

「……貴方は今、必要とされないなら生きる意味はない、と言いましたか?」
「ええ。ワタシは人間のお役に立つ為に作られました」

 その返答にシェードマンは不可解なものを見つめるように目を細める。ワイリーナンバーズにとって受け入れがたい理論なのだ。

「納得してるのでござるか、お主は」
「元々廃棄された身です。仕方ありません」

 存在する理由がないのならば死ぬ。そのことになんの疑問ももたない。
 サーチアイにかすかに悲しみの色が見えるのは気のせいではないだろう。それでも、彼女は自己保存よりも人間に与えられた存在理由を優先している。それがロボットの通常であり人間がロボットに求めている姿なのだ。
 そんなの言葉にシャドーマンの目が静かに細くなる。
 シェードマンが声をひそめてワイリーに尋ねる。

「ワイリー博士。……彼女にワイリーチップを埋め込んではいないのですか?」
「思考プロテクトを破壊するチップは埋め込んだぞ。人間に都合の悪い思考と人間を攻撃できるようにした以外はほとんど以前と変わっとらんぞ」

 もっとも、以前のコイツを知らんからなんとも言えんけどな、とワイリーは言った。
 極力電子頭脳をいじらずに復活させた結果、彼女の電子頭脳に染み付いた思考が人間に迷惑をかけることを拒んでいるのだろう。思考プロテクトが機能していないとしても。

(イエローデビルMk-IIを造ったときは、元の電子頭脳を残したせいで散々な結果になったんでござるがなぁ……)

 シャドーマンはコアの部分に玩具用の電子頭脳を使ったせいで暴走――イエローデビルMk-IIにとっては、自分の母親を求めただけのことなのだが――した兄弟機を思い出し、溜息を吐いた。だが、自分が博士のそういうところに敬意を表しているのも事実だ。

「別に、ここに居てはダメとは言ってないでござるよ。博士は最近金遣いが荒かったでござるからな、ちょっとシェードの堪忍袋の緒が切れただけでござる。安心なされよ」
「ちょ、シャドーマンさんっ?」
「本当ですかっ?」

 が俯いていた顔を上げて、アイセンサーを開いた。
 シャドーマンに異議を申し立てようとしたシェードマンがうぐ、と言葉を詰まらせた。

「わしは好きにしろと言ったじゃろ。ここに居たいなら好きにせい」
「……ワイリーサマのお言葉は旧式の私にはよくわかりません。それでもワタシはアナタに仕えたい。人間のお役に立つことがワタシの使命です」

 自律思考型ロボットの、なんと模範的な回答であろうか。
 の頭脳に仕込まれていた、人間に害を成す思考を制限するプロテクトはワイリーチップによって破壊されている。
 だとするなら、その言葉はまぎれもない彼女の本心なのである。
 シェードマンは溜息を吐いた。

「いいんですか、仮にも世界征服をたくらむ悪の科学者が人間博愛主義のロボットをそばに置いて」
「ウチのアルバイターズ共も、ある意味人間博愛主義のロボットだと思うが」

 それもそうだ。
 シェードマンはもう一度溜息を吐いた。ワイリーは駄々っ子のような性格だがその実、権力――自らがワイリーナンバーズの主であること――をひけらかして、ワイリーナンバーズを制御しようとはしない。そんなところに、シャドーマンと同様にシェードマンも惚れこんでいるのだ。

「仕方ない……ですね。もとより、この殺風景なワイリー城に美しい花が添えられるのは大歓迎ですよ。先ほどは失礼致しました。博士の後先考えない行動にはほとほと呆れていまして。半分は貴方をダシにしてしまったようなものなのです」
「さり気なく酷いこと言っとらんか、お前」
「私はシェードマンと申します、以後お見知りおきを」
と申します。何か御用がありましたらなんなりとお申し付けください、シェードマンサマ」
「様付けだなんてとんでもない、気軽にシェードと呼んで下さい」
「あいっかわらずの気障でござるな……」

 ワイリーの突っ込みを華麗に無視したシェードマンがうやうやしくお辞儀をする。
 その様子にシャドーマンが顔をしかめた。日本のサムライスピリッツを受け継ぐ(?)彼としては、馴れ馴れしいとも言えるシェードマンの言動にはどうにも馴染めない。

「拙者はシャドーマン。好きなように呼ぶでござる。ところで……殿と博士に重大な質問があるのでござるが」
「なんじゃシャドー」
「どうかいたしましたか、シャドーマンさま?」
「そんな真剣な顔をして……なんです?」
殿のメイド服は博士の趣味でござるか?」

 ワイリーがすっかり冷めたロシアンティーを吹き出した。

「え、あの……この服はソンナにいけませんか? 徹夜で縫った勝負服なのですが……」
「いえいえ、そういう訳ではないのですがね。放っておいて構いませんよ。あ、私の分もロシアンティーいただけます?」
「はあ……かしこまりました」

 訳がわからないといいたげに瞳をぱちぱちまばたきし、は頷いた。

(しかし……アルバイターの皆さん達はともかく、セカンドナンバーズはさんを敵視しそうですねぇ……)

 純粋な戦闘用として作られたセカンドナンバーズには気性の荒い者が多い。人間の役に立つ為に作られた家庭用ロボットなどは蔑視の対象だ。
 思考プロテクトを外されているのにも関わらず人間を慕うがセカンドナンバーズの反感を買ってもおかしくはないのだ。

(博士がここにいることを認めてるわけですから、エアーさん達はしぶしぶでも納得してくれると思いますが……フラッシュさんは危ないですねぇ、あの人、身動き取れない人いたぶるの好きみたいですし……)
「どうかしましたか? シェードマンさま」
「……いえ、なんでも。さん、ここのロボットに存在否定されたぐらいでめげてるようじゃ博士の世話は出来ませんよ。気を強く持ってくださいね」
「はい……精一杯努力します。みなサマのお役に立てるよう尽力します」
「そうしてください」

 ここに居たいと願ったのは自身である以上、他のワイリーナンバーズとの接触は避けられない。
 が気に入られるか、それとも反感を買って破壊されるか――それは次第だ。

(博士のそばに居たい……か)

 それは彼女自身の、彼女だけの意思なのか、はたまた電子頭脳に染み付いたプロテクト解除前の思考の片鱗なのか。
 博士のそばに居たがるのが彼女が製造された理由によるものだとしたら、それは彼女自身の意思と呼べるのだろうか。
 設定された感情は本物なのか、偽物なのか。
 博士が人間ではなくロボットだとしたら、彼女は博士のそばに居たがっただろうか?
 彼女ではないシェードマンにはわかるよしもない。
 自分が無機物ではなく有機物――人間であったなら、答えが導き出せただろうか。
 彼女の感情に猜疑心を抱いているわけではない。ただ、シェードマンはほんのすこしの言葉から自らの命題へと疑問を結びつけてしまうのだ。

(どうして我々ロボットに……心はあるんでしょうね)

 シェードマンは考えてもしようのないことだと知りながら、それでも問いを続ける。
 博士に答えを求めるのは無意味だから、シェードマンは自らの中に答えを探す。
 自分の命が与えられたものである以上、自分の中に答えはないのだと知りながら。





2010/07/09:久遠晶
 ただたんにシャドーとシェードがメイドロボとの同居を認めるだけの話しなのに、何故こんなに長くなった。
 なんてこったい。