生まれた理由 共通意識

 道のりは多難、行く先は不安。
 すんなりと受け入れてもらえる……とは思っていなかったのだが。
 まさか自己紹介初日に首を絞められるとは思っていなかった。そう言えば甘いと言われるだろうか。はうなだれた。
 ワイリーナンバーズとろくに仲良く出来ない間に、もう一ヶ月が経とうとしている。

 ――ワイリーナンバーズの方々……特にメタルマンさまと、打ち解けたいのですが。

 仲良くなりたい。すくなくとも敵意は解いてもらいたい。
 信用出来ない相手――自分のことだ――を大切な人のそばに置くということ。それがどれほどストレスになることなのかは想像に難くない。

 ――ワタシがワイリーさまの敵ではないと、早く知ってほしい。

 廃棄される運命にあった自分がいまこうして、掃除に生きがいを見出せるのは奇跡のようなもので……やはり、疑われても仕方がないのだ。
 溜息を吐きながら、は今日も家事に精を出す。
 メタルマンや他のナンバーズにいくら家庭用と罵られようと、にとってはこれが人生の目的であり、存在理由なのだ。

 一方その頃、メタルマンはメンテナンスルームにて、ワイリーによる定期メンテナンスを受けていた。
 メタルマンがワイリーの異変に気付いたのは、メンテナンスが終了した時だった。
 心なしかワイリーの頬が赤く、汗ばんでいるように見える。

「博士、どうしたのですか。顔が赤いようですが」
「ええい寄るなメタル、暑苦しい」

 いつも通りの憎まれ口。だが、そこには決定的な違和感がある。
 メンテナンスルームの室温は、人間が肌寒さを感じる程度に調節してあるはずなのだが。

「暑い、と言いましたか博士? しかし今の気温は――博士っ!?」

 不意にワイリーの頭が揺れ、床に倒れこんでしまう。メタルマンは慌てて身体につながるケーブルを引っこ抜き、ワイリーの身体を抱き起す。 

「博士、どうしましたか!? ……体温上昇、38度? 人間の平熱は36前後のはずだが……これはっ?」
「おーメタルーどしたー?」
「フラッシュ! 博士が倒れたっ!!」
「は、博士が倒れただとうーーー!!!???」

 フラッシュマンのその叫びは大地を揺るがした……。

 ΩΩΩ<な、なんだってー!!?

 叫び声を聞いたほかのセカンド・サード・セブンスナンバーズがメンテナンスルームにどたどたと押し入ってきた。
 なお、アルバイターズは労働任務、フォルテはロックマンを追い掛け回しているのでこの場にはいない。
 総勢24体のロボットが入れるわけはないので、多くのロボットは扉の前でもみくちゃになっている。
 みな一様に博士の危機に驚き、戸惑っている。

「お、お、お、お、お、おい、ジジィっ、とうとう死ぬのかっ!?」
「おいフラッシュ、縁起でもないことを言うな!」
「けどメタルよぉ……あ、これ、もしかして『風邪』ってやつじゃねえのかっ!?」
「『カゼ』だとっ!? フラッシュ、なんだそれは」
「そう言えば夏にエアーシュータで微風を送ってくれと頼まれたことがあるんだが、その時『強すぎると風邪を引く』から極限まで弱くしろと言われた。風邪とは病気らしい」
「で、カゼってなんですカー? どういう症状デース?」

 エアーマンの言葉に、スプリングマンが首を傾げた。
 反動で頭がびっくり箱のおもちゃのようにびよんびよんと揺れ、その頭を無言のターボマンが掴んで止めた。
 エアーマンは顎に手を当て、考えるそぶりをする。

「確か、体内の免疫力が低下して、発熱や眩暈などの諸症状が表れる……と博士は言っていたな」
「オーバーヒートってこと?」

 扉の前で他のナンバーズに踏まれながらのスパークマン。
 おそらくそういうことになる、とエアーマンは頷いた。

「場合によっては、鼻水や痰がつまり、ベッドから出られなくなってしまうという」
「寝たきりってコトデースカー!? 冗談じゃナイデース。muuu……治療法ハ?」
「残念だが、治療法までは聞いていない……さほど重い病気ではないそうなのだが」
「お、オーバーヒートが重くない、だと? そこらの安物のパソコンじゃあ回路が焼き切れる危険だってあるってのに……」

 ごくり。
 ジェミニマンが口内にたまった潤滑液を飲み込んだ。

「これは……お手上げかもしれませんねぇ。病院に行けば即・逮捕ですし……」
「かといってライトナンバーズに頼むのはプライドがゆるさないジャン」

 スラッシュマンがシェードマンに続く。
 しかし、だからと言ってこのまま放置すればワイリー博士は……。
 沈黙の中にひそむ不安は、みな同じだった。
 一同は不安げに顔を見合わせた。
 戦闘用ロボットである彼らは、人間やロボットの負傷具合を瞬時に判別できる。だが、病気の治療法など彼らのデータバンクには登録されていないのだ。
 くっ……! と、彼らは苦悶の表情を浮かべた。
 普段は鉄面皮の無表情を崩さないクイックマンなども、ワイリーの急変にはすくなからず動揺しているようだ。

 ――なにか……なにかないのか!?

 スネークマンは電子頭脳を回転させ、案を探す。せめて……なにか応急処置でも出来れば!
 その時スネークマンの電子頭脳をよぎるものがあった。今朝……居住区の台所での光景。食事用ネジをとりに来た時の映像。
 見慣れないメイド服の後ろ姿――料理中――家庭用ロボット!

「そうだっ!」
「どうした、スネークっ!?」

 人間で言うなら『アハ体験』とでも言うのか。そうだ、なぜ思い出さなかったのだろうか! 

「俺、カゼにはネギをケツから突っ込むと良いって聞いたことあるぜ!!」
「それだーーーーーーっっ!!」

 一筋の光明に一同が歓喜した。
 さすがはスネークマン、スネークマン万歳胴上げわっしょい。をしているひまはない。
 それにしてもどこからそんな知識持ってきたんだろうね。

「そう言えば、梅干を乳首に張るといいと聞いたことがあるでござるよ!」
「シャドーでかした! じゃあさっそくジジィをひん剥くぞ!」
「や、ま、待つんじゃ……そんなことしても……」

 昏倒していたワイリーも、自身の尊厳を無視して行われる会話に貞操の危機を感じた。
 フラッシュマンがズボンのベルトを外そうとするのを、必死に押しとどめる。
 しかしそこは人間とロボット、しかも病人である。抵抗はなんの意味もなさない。

「安心しろ、ジジィ。辛いのは最初だけだ。すぐにヨクなる(体調が)」

 なんということだろう。
 普段は嗜虐の笑みしか見せないフラッシュマンが、この時ばかりは天使のように優しげな目と笑みを浮かべているではないか。
 しかし包容力に溢れた優しげな言葉も、今のワイリーには死刑宣告のようであった。
 シェードマンがワイリーの手をとる。

「人間が排泄器官を人目に晒したくはないこと、わかっております。しかし我々とて悪戯にそこを暴き立てたいわけではない」
「このままでは博士がオーバーヒートで死んでしまう恐れがあります。羞恥心は捨ててください」
「い、いや、待つんじゃ……」

 シェードマンとメタルマンに言い聞かせられ、ワイリーは首を振る。しかし彼らはワイリーの気持ちを別の意味で捉えてしまうのだ。
 紅潮した頬や潤んだ瞳をして荒く呼吸するワイリーは痛ましい。
 その姿を見たナンバーズは『必ず博士を助ける』……そんな決意まで芽生えてしまう。
 戦闘用ロボットである彼らは、迷走していることを自覚しないままどこまでも突っ走る。

「クイック、冷蔵庫からネギを持ってきてくれ」
「いや、ま、さすがに勘弁……きゃー!」

 抵抗も空しくワイリーのベルトが外された。
 24体ものロボットに囲まれ、ズボンを外される……。ワイリーが美女であったなら、想像しただけで健全な男子高校生が前かがみになりそうなシチュエーションだが、もちろんワイリーはもうすぐ還暦のジジィで、ワイリーナンバーズももちろん官能目的ではないので、やっぱりげんなりするだけである。
 スネークマンがクイックマンからネギを受け取った。

「おいジジィ、抵抗すんな! おい、だれか押さえつけててくれ、いやいっそメタル服切って――」
「ワイリーさまはご無事ですかっ!」

 突如声をかけられ、スネークマンたちの動きが止まる。
 モーゼの十戒のように、部屋の前でもみくちゃになっていたナンバーズの群れがふたつに分かれていく。
 声の主はだった。
 全力疾走でもしてきたのか、荒々しく呼吸をしている。
 肩や腕にタオルなどが絡み付いているところを見ると、フラッシュマンの叫び声を聞いて急いで洗濯を放り出してきたのだろう。
 居住区からメンテナンスルームまでの距離は遠い。ロボットと言えど家庭用には時間がかかる距離だ。
 は呼吸を整えることすら忘れて、ワイリーを探すために周囲を見渡した。

「ワイリーサマのご容……態はっ……!」

 言葉が止まる。
 ワイリーを脱がそうとしているスネークマンと、服を切ろうとしているメタルマンを見て、は頬の人工筋肉を引きつらせた。

≪状況の解析不能≫
≪エラー≫

 把握不能な事態に電子頭脳がシャットダウンしかけるが、どうにかは意識を掴み取る。フリーズしている場合ではないのだ。

「おお、お前か。なんかジジィがオーバーヒート寸前らしくてよ、それでちょっくら……」
「ならば何故、こんなところでワイリーサマを脱がしておられるのですか?」

 いぶかしげには言う。
 客観的に見てこの状況は明らかに異常だ。
 周囲を取り囲むロボット全員が全員、真剣な顔をしているのだから余計に始末に終えない。

「何って、ケツからネギ入れようとしてんだよ」
「……なるほど、意味はわかりませんが状況は把握しました。お止めください、みなさま……」

 は頭を押さえた。
 きっと、どうにかしてワイリーを介抱しようとしたのだろう。
 ワイリーナンバーズの思考プロセスをたどることは容易ではなかったが、とりあえず好意的に現状を解釈する。
 無知は罪、そんな言葉をふと思い出す。
 戦闘用ロボットである彼らには家庭用ロボットや人間の常識は通用しない。逆もまたしかりなのだろうが。
 生まれた時に持っているプログラムからして違うのだ。仕方がないのだろう。
 今は彼らの民間療法への誤解を解いている場合ではない。

 ワイリーの元に座り込んだはスネークマンの腕からワイリーを引っ手繰った――しかし、ワイリーの身体に負担のないよう、優しく。
 は腕の中でかほそく息をするワイリーの額に手を当てる。
 体温、38・6度。呼吸音からすると痰がからんでいるようだ。鼻炎にもなっているかもしれない。それに目も赤い。

「おお……か……」
「ワイリーさま、もう安心なさってください。家庭用ロボット・が責任を持ってあなたを介抱します」

 は自分ができるかぎりの優しい笑みを、顔に浮かべた。
 熱が辛いのか、ワイリーは苦しげに眉をよせ……しかしは静かに目を閉じた。眠りに落ちたのだ。
 先ほどまで貞操の危機だったワイリーにとって、は聖母のように見えたことだろう。
 は意識を集中させ、ワイリーの体調を診断していく。

「おい、なにを――」
「桶を」
「は?」
「氷と水を張った桶を。それとタオル。あとどなたか薬局で冷却シートと卵を至急買って来てください」
「おい、どういうことだ――」
「いいですから、早く!」

 をワイリーから引き剥がそうとするメタルマン達にが語気を強くして言う。
 その剣幕に、スネークマンは「お……おぅ」と曖昧に頷いた。
 もとより彼女は家庭用ロボット。自分達より、こういう事態には強いはずだ――スネークマンはそう納得する。

「わかった。おいフリーズ、氷作れ! 俺は桶を――ってクイック、さすがに早ぇな……」

 電光石火の速さで水の張った桶をタオルを持ってきたクイックマンが、無言でうなずいた。
 フリーズマンも慌てて頷き、氷を精製して桶に入れ始める。

「おい。冷却シートと卵、それだけでいいのか?」
「それ以外にも日本酒と林檎、スポーツ飲料水をお願いします。日本酒はロボット用ではなくて、人間用のモノを」
「……了解した。五分で戻ってこよう」
「ならば私に乗るといい。公道につけば私の方が早いだろう」
「お手数をおかけしますが、なるべく急いでくださいませ」
「ターボ、クイック、行ってらっしゃ~い」

 タップマンに見送られつつ、ターボマンとクイックマンが窓から飛び立つ。
 ワイリーの体調を確認していたは、ワイリーの背中と膝裏に手を回して抱き上げ、立ち上がった。

「おい貴様、ワイリー博士をどうするつもりだ!?」
「ワイリーサマのお身体に障ります、どうかお静かに」

 に小声で言われ、メタルマンは慌てて口をつぐむ。
 の言葉は正論なのだが、か弱い家庭用ロボットに従うのはメタルマンの矜持に関わる……だが、主の為だと思えば仕方がない。
 しぶしぶと言った表情のメタルマンを見て、はすこし困ったような表情をした。

「寝室でお休みしていただくだけです。汗で濡れた服を着替えていただくのも、まずはそれから」
「ならば俺が連れて行く」
「あなたが抱き上げたら、手首のブレードでワイリーサマが負傷します」

 その通りだった。反論出来ず、メタルマンは曖昧にうめいたのだった。

「ワイリーサマが回復されるまでは、どうか」

 そう言うと、メタルマンはすこしだけアイセンサーを開いた。
 メタルマンの返事はなかった。





2010/12/30:久遠晶
 中編終了です。私はワイリーが好きです。