言葉の酸素

 ロボットは呼吸をしない。当然だ。生きていないのだから。
 だが、は今……ロボットなら感じないはずの息苦しさを感じていた。

 台所に立ち、夕食の準備をする。ワイリー城の内部はいまだは把握しきれていないが、台所の配置はすでに覚えている。
 右も左もわからないステージのなかで、唯一勝手がわかるここはのちいさな城であり、安息の地でもある。
 ……だが今は、息は抜けそうにない。
 メタルマンの刺すような視線を背中に感じながら、は背筋を伸ばした。

 ――俺達やワイリー博士の邪魔になったら、すぐに殺す――

 首を絞められながらの言葉を思い出す。
 調味料を取る拍子に、テーブルに、頬杖をつくメタルマンと目があって、はぺこりと頭を下げた。だが無言で顔をそむけられる。あからさまな無視だ。
 は無表情の下でしょんぼりした。だがめげたりはしない。

「メタルマンさま、ネジでもお食べになりますか?」
「要らん」

 ホウレンソウのおひたしとつけものを食卓に運びながらの提案は短く却下される。

「では、E缶はいかがでしょう」
「要らん」
「テレビでも――」
「要、ら、な、い」

 くだらないことで話しかけるな、と言わんばかりのつっけんどんな声。マスクでメタルマンの口元はわからないが、目もとがあからさまに歪んでいる。
 不愉快さを隠さないメタルマンに、はうう、とうなった。

「媚びようとしても無駄だ」
「そ、そういうわけでは……」

 としては気を遣ったつもりなのだ。
 メタルマンはとことん家庭用ロボット――のことだ――が嫌いらしい。
 ワイリーが風邪を引いた一件以降メタルマンが居住区を訪れることが増えたが、それはうち解けたからではない。
 監視の為だ。が家庭用ロボットとして、彼ら戦闘用ロボットにはこなせない任務を遂行しているのかどうか。
 だからは息苦しい。メタルマンに鋭く見つめられると、酸素を必要としないはずの身体がきしむ。
 疑われていることが悲しかった。

 しょんぼりしながら視線を落とすと、いいから仕事をしろ、と投げやりな声がかかった。
 そばにいると首を絞められそうなので、はなにも言わずに料理へと戻った。いい具合に肉じゃがが煮え、周囲に甘い香りを放っている。

「……ん? おい、この……黄色いものはなんだ」
「たくわんのことですか? だいこんを漬け物にした食べ物ですよ」
「そうじゃなくて、切り方だ。なんだこの不規則な切り方は」

 メタルマンが覗きこむ輪切りのたくわんは、確かに幅がまばらでぶかっこうなものだった。
 が意図的にやったものだが、メタルマンにはそれが怠慢に映ったのかもしれない。声に非難の色が見える。

「ワイリー様はことお料理に関しては『手作り』のそぼくな物を好むようです。以前、食材を精密に等分割していたら『家庭料理の温かみがない』ともらしていらしたので」
「博士の指示ということか?」
「ご命令されてはありませんが、ご要望であると判断しました。わたしのような旧式には、このようにまばらに切るほうが難しいのですが……うまくまばらに切れていますか?」
「みすぼらしくてぐちゃぐちゃで、汚らしいな。こんな要望を出すなど、博士の感性はわからない」

 メタルマンがちっと舌うちをするので、はまたなにか失言をしてしまったかとどきりとした。
 些細なひと言でメタルマンを怒らせてしまったことは一度や二度ではない。

「家庭用にも向上心というものはあるんだな」
「え?」
「うるさい」

 ため息とともに吐き出された言葉を、は思わず聞き返した。
 ぱちぱちときをし、メタルマンを見つめる。
 メタルマンは相変わらず不愉快そうにしていて、それが『追いだすネタが見つからない』ことが原因だとは、先ほどのことばでうっすらとわかった。
 どこまでも嫌われていると思うと、うち解ける日が来るのだろうかと気が遠くなってくる。
 だが今はそれ以上に。

「もしかしてメタルマンさま、いまわたしのこと見直してくださいました?」
「……バグったか」

 今はそれ以上に、嫌みなその言葉を素直に嬉しくなっておこうと思った。
 息苦しさは、すこし解消されていた。





2013/5/27:久遠晶
メタルマンがすごく姑然としていて我ながら戸惑います。