ヤドリギの意味


 ロボットを愛さずにはいられないサガなのだ、とかつては笑った。
 性。さが。生まれ持った性質。あらがえない本能――では、俺のサガはなんだろう。
 プログラムされた思考でしかない俺の『性』とは、なんだろうか。

 月のない夜を歩く。遠くから見えたの家に灯がともっているのが見えて、すこしほっとした。
 飛び上がって二階の窓を二回ノックする。
 机に突っ伏して寝ていたが、その音でびくりと身体をすくませた。

「寝ているとこ悪いな。失礼する」
「ブルース」

 勝手に窓を開ける俺に、部屋の主が眉をひそめた。不法侵入をとがめているのではない。俺のボディに走る傷を怒っているのだ。
 俺は冗談めかして肩をすくめた。

「メンテナンス頼めるかい」
「……いつになったら、メンテ料金払ってくれるのかしら」
「ツケといてくれ」

 俺が言うと、はあきれ果てたと言った様子で額に手をやった。

 民間のロボット修理工。それがの仕事だ。
 父の急死によって代々続く小さな工場の社長になったは、この不況のなか会社をいかに切り盛りしていくかで頭を悩ませている。
 ただでさえ大変な状況だと言うのに、こうして夜中に突然メンテナンスをせびっては負担を背負わせている。
 我ながら無体なことをしている自覚はある。
 文句を言いつつも受け入れてくれるの〝博愛主義〟に、甘えていると思う。
 工場の作業台に横たわって、の修理を受ける。
 の手つきは好きだ。慣れた手つきで内部機構に触り、部品を交換していく動きはよどみがなくて繊細だ。
 母親の腕に抱かれる赤ん坊はこんな気分になるのだろうか、とぼんやりと思う。
 安心できるのだ。
 彼女なら、知らぬ間に俺の内部機構に〝手を加え〟るようなまねはしない。するにしても俺に相談をしてくれるはずだ。
 そう思っているのに、修理の間はスリープモードに入れない。半ば本能的に、俺は身勝手な手術を恐れている。

「今日はまた……一段とひどいわね」

 ゴーグル越しにが顔をしかめた。熟達した修理工、といった雰囲気だ。
 当初は俺の内部機構に頭を抱え、おっかなびっくりと言った様子で手をほどこしていたは、いまや迷いなく俺の部品を取り換え、溶接し、組み替えることができる。
 俺のような高性能ロボットの修理をひとりでこなせるようになった。
 小さな工場の社長が持っている技術ではない。
 俺のためにすさまじい努力をしてくれたのだ。
 ――すさまじい努力。
 言葉で言うのは簡単だ。あまりにも呆気なく、軽々しいものにしかならない。
 俺はの言葉に、ふうと息を吐いた。

「いったいなにがあったの」
「ちょいと色々あってね」
「『色々』ね……」

 が静かに息を吐いた。
 はそれ以上なにも聞かなかったし、俺も言わなかった。
 ワイリーナンバーズとの戦闘。爆発。住民をかばい、守り、保護する。ロックマンを影ながらサポートする。
 なるべく水面下で動くようにしているとは言え、やはり戦闘は避けられない。巻き込まないためにも、には教えないほうがいいのだ。
 ロボットを愛してやまないは、戦いに行く俺をなにがなんでも止めようとするだろう。

「ブルースは」
「なんだ」
「傷つかずには居られない『サガ』なのかな」

 手を止めて、は作業台に横たわる俺を見据えた。責めるでもなく憐れむでもなく、ただ事実をのべている声色。

「なぜそう思う?」
「自分のロボットを痛めつけて喜ぶ人間もいるけど、ブルースの傷はロボット同士闘った……ってかんじ。命令されて戦わされてるようには思えないから」
「そう思うんだとしても、結局俺はロボットだからな。命令されたら逆らえない」
「そういうことを言ってるんじゃあないのよ。私は」

 がきゅっと眉を吊り上げて俺を見た。手に持った溶接用のバーナーを顎先に突きつけられるのが物騒だ。
 本気でやるとは思っていないから怖くはないが。いや、どうだろう。人間はロボットと違って三原則がついてないからな。
 脳内で茶化していると、真剣に受け止めていないことがばれたのかは不快そうに表情をゆがめた。

「私はきみに嫌味を言っているの」
「そうだったのか」
「わかってるくせに茶化す人間って大っきらいなのよねぇ、私……!」

 俺はロボットだ、などと言うと修理途中のまま外に放り出されそうなので黙る。

「私はきみを心配してるのよ」
「感謝はしているさ」
「茶化さないでと言ってるでしょう」

 茶化しているつもりはなかった。
 真剣に、には感謝している。ワイリーを裏切りライトのところにも戻れない。そんな俺にとって、なにも聞かず修理してくれるは唯一のセーフハウスのような場所だ。

「修理しても修理しても傷をつけて戻ってくるロボットなんて、修理工として許せないことよ」
「……悪いな」
「そう思うんだったら、もうすこし自分の身体を大事にしなさい」

 は泣きそうな顔で俺を睨んだ。
 俺はなにも聞こえなかったふりをして、天井の灯を見つめた。
 沈黙が怖くなって口笛を吹く。
 俺は傷つかずにはいられない性だ、とは言う。
 そうなんだろうか。
 なにがしたいんだろうか。俺は。
 ロックに強さを身につけさせ、フォルテを助け……そこには明確な目的があったはずなのに、俺はそれを思い出すことができない。
 電子頭脳は煙にまかれたかのように曖昧で、思考を言葉にすることが出来ない。
 死に向かっている――のだろうか。
 わからない。
 コアが痛くなるほど切望するモノがあるはずなのに、無理やり思考を切断されたように答えにたどり着けない。

 気がつけば修理は終わって、俺は工場のシャッターの前でと向き合っていた。

「いつも悪いな」
「ツケとくわ。次は必ず、払ってよね」

 俺のコートを控えめにつかむ指が震えている。
 無事に帰ってこいという懇願に気付かなかったふりをして、俺は夜の闇へ溶けて行く。
 わざわざ傷をつくってに会いに行って、なにも話せずに別れる俺は滑稽だろうか。
 口笛が夜の風に掻き消えて、俺のそばになにもない。






2013/6/27:久遠晶
アンケートでブルースに投票してくださった方々にとどけ~。