迎合できない女
メンテナンスルームに入るなり視界に入った人間を見て、クラッシュマンは思いきり顔を歪めた。
「なぜ貴様がここにいる」
「そりゃあ、私がワイリー博士の名誉助手だからさ」
女は満面の笑みで両手を広げた。白衣の裾が翻ってすぐ戻る。
ますます不機嫌そうな表情になるクラッシュマンを見て、女は困ったように苦笑した。
「つれないねえ。もっとも、戦闘用のきみたちが人間の私を容易に受け入れるとは思っていないさ」
「当たり前だ」
クラッシュマンたちにとって、人間など破壊対象のひとつでしかない。泣いても心は痛まない。清々すらする。
女は肩を竦める。とりあえず座りなさい、とメンテナンス台を指し示す。
「だが私がワイリー博士の敵じゃないことは理解してほしいな。私が資金を提供し、きみらのメンテナンス業務を請け負うことで、あの人は心置きなく新型を開発できるのだから」
「……だろうな」
そんな利害などとっくに理解している。だからクラッシュマンはしぶしぶメンテナンス台に身体を横たわらせた。
女を気にくわないと感じるのは、クラッシュマンの感情の部分だ。
メタルマンを筆頭とするセカンドナンバーズは、DWNのなかで最も純粋な戦闘用ロボットである。サードのように隠密や他の目的を加味されておらず、フィフスのように資金不足下で造られたわけでもない。
巨額の資金と時間を投じて作られた戦闘用ロボットであることに、誇りを抱いている。戦闘兵器としての能力と思考が、目の前の人間と状況を拒絶するのだ。
全身武器庫と呼ばれるクラッシュマンは、ことさらに兵器としての側面が強い。人間に反発するのは当然だ。
「……ま、きみらにとっては複雑な心境だろうな、兄弟が増えるのは」
「知った方な口を」
クラッシュマンは眉をしかめた。人間で言えば『苦虫を噛み潰した』ような表情になる。
次世代のDWNが作られる理由は、要するに前世代がロックマン破壊に失敗したからだ。
枯渇していく資金のなか、新たなロボットが増えていく。その様子を最初期から見つめ続けるのは苦痛であり屈辱だ。
それでもワイリーは、決して戦いに負けた彼らを失敗作とは言わない。
ポンコツと罵ることはあっても、結局はまた、ワイリーの手で直してくれる。
そうであったのに――。
これからはこの女がメンテナンスや修理を請け負い、ワイリーはロボット製造に注力するという。
確かに効率的だ。
だが納得はできなかった。
ワイリーの決定にとやかく言う気はクラッシュマンにはない。だがやはり、目の前の女は気に入らなかった。
彼女はパソコンをカタカタと打ち込みながら、大の字で横たわるクラッシュマンのボディに配線をつなげていく。
「ご協力感謝する。あ、もちろん意識はそのままで構わないよ、信用してくれるまではな」
女が余裕ぶって微笑んでいるのも、納得がいかない。人間が戦闘兵器を見る目は、もっと恐怖と絶望に満ちていないといけないはずだ。
ときおり周囲の機械が音を立て、女は真剣な顔でモニターを覗き込んでいる。
怪しい行動はなにもないまま時間が経ち、メンテナンス終了を告げる機械音が響く。
解放されたクラッシュマンは静かに女を呼んだ。
「貴様」
「うん、なんだい?」
「俺達に殺されるとは考えないのか?」
胸倉をつかみ、もう片方の手をミサイルの発射口へと変型させる。ぐりぐりと頬に押し付けた。
間近で睨んでも女の表情は変わらない。平然とした態度がクラッシュマンの苛立ちを加速させる。
「殺されるなら、その時なんだと思うよ」
「……気に入らんな」
「期待に添えずすまないね」
突き放すように女から手を離す。ハンドパーツを元のカタチに戻しながら、ワイリー博士と女の会話を思い出す。
二人の会話によるところでは、目の前の科学者は人間ではなくロボットにしか恋愛感情を抱けないのだと言う。
くだらない――と、心から思う。
自然と悪態がクラッシュマンの口を吐いた。
「お前、ロボットが好きなんだって? ロボットに殺されるなら本望だと言う事か」
「まあ、そうなるのかな。死にたいわけじゃないけどね」
「あいにく俺は人間なんぞ――」
「フッ」
女が不意に笑った。クラッシュマンの言葉は途中で止まる。
笑みは瞬く間に大きくなり、女は喉を伸ばし顔をあげ、大声でけたたましく笑った。息が切れると、腹を押さえて杯から絞り出すように笑う。
女は、必死に笑いを噛み殺しながらすまない、と言った。
「あいにくだけど、私にも好みってものがあるさ。心配しないでいい」
目に涙をためての言葉。そこでやっと、『お断りだ』と言われていることに気付いた。
思わず鼻を鳴らす。
「不愉快だ、貴様」
「そこはもうお互い様だろう? きみの侮辱は予想通りの効果を発したよ。だがね」
女は肩をすくめた。メンテナンスルームの扉を開け、廊下に出る寸前で振り返る。
「言われ慣れてることには傷つかないよ」
人を食ったような笑みがひどくはかないものに見えたのは、目が潤んでいたからだ。
目が潤んでいたのは先ほど腹を抱えて笑っていたからだが、胸にぐさりと来るなにかがあった。
――罪の意識を感じている? 俺が?
無意識のうちに自問してしまい、クラッシュマンはその考えを首を振って振り払った。
メンテナンス中、気付かれないうちに意識下に手を加えられたのかもしれない。そう結論付けて、クラッシュマンもメンテナンスルームを後にしたのだった。
2014/9/27:久遠晶